第77話 混沌の塔
遠くで破裂音が鳴り響く。
俺は口から涎を垂らしながら目を覚ました。
「んあ……?」
「おはよう。君は相変わらずよく眠るね。天才的な図太さだ」
ハンドルを握る棺崎からいきなり皮肉をぶつけられた。
俺は「それはどうも」と呟いてから周囲を見る。
車がゆっくりと進むのは廃屋が並ぶ寂れた場所だった。
錆び切った車両が放置され、生え放題の草木が周辺を覆い尽くしており、誰も住んでいないのが一目で分かる。
カーナビの表記だと現在地は森の中だった。
(不気味な場所だな)
瓶の中の針がカタカタと音を立てて振動している。
針の先端は前方を指していた。
進路は間違っていないようである。
棺崎が瓶を白衣のポケットに押し込んで言った。
「この先には淀離協会の本部がある。そこから新村美夜子さんの死体を奪って火葬するのが我々の目的だ」
「色々と危険すぎるんですが……」
「では諦めるかね」
「やりますよ。ここで逃げても美夜子に殺されるだけですし」
俺は眼帯を指で掻く。
佐奈に憑いた状態の美夜子を撃ち殺したが、きっとあれでは消滅していない。
今も目の疼きは止まらず、車が進むほど強まるのだ。
やはり死体を処理しなければいけないらしい。
(上等だ。今度こそ完全にぶっ殺してやる)
自らを鼓舞しつつ、俺はふと閃いた案を口にする。
「念のために確認したいんですが、淀離協会とは話し合いで解決とかはできませんよね……」
「無理だね。新村美夜子さんの火葬は淀離協会の目的と相反する。加えて私が淀離協会と敵対関係だからね」
「え? それはどういう」
尋ねようとした瞬間、前方で爆発が起きた。
草木の向こう側――コンクリートの建物から黒煙が上がっている。
あそこが淀離協会の本部だろう。
まだ遠いので全貌は見えないが、かなりの高さがありそうだ。
さらにけたたましい銃声が続く。
俺が眠りから覚める時に聞いた破裂音はこれだったようだ。
俺は身を縮こませて進路を睨む。
「棺崎さん」
「何だね」
「なんか……ヤバいことになってません?」
「そうだね。既に戦闘が始まっているようだ」
美夜子の霊が暴走しているのか。
淀離協会が死体を持ち出したことに怒ったのかもしれない。
(勝手に潰し合ってくれないかなぁ……)
徐々に近付く本部を前に、俺はこっそりと祈った。




