第74話 嘯く
片目の疼きが際限なく増していく。
堪らず俺は眼帯をずらす。
佐奈の姿に重なるように美夜子が佇んでいた。
その光景にどうしようもない絶望感が伸しかかってくる
(……佐奈は、美夜子に憑かれたんだ)
伝わってくる霊気で理解した。
今の一瞬で肉体を奪われたのだ。
呪具を身に着けているのになぜ防げなかったのか。
それとも佐奈自身に原因があったのか。
疑問が脳裏を巡る中、佐奈の肉体を借りた美夜子が穴に飛び降りてきた。
その細い腕が俺の首の後ろで交差し、互いの身体が密着する。
「修二君」
耳元で囁かれた直後、流れるように押し倒された。
両手が今度は俺の首を捉えてゆっくりと絞めてくる。
息ができなくなって俺は目を見開いた。
「うっ……か、はぁ……ッ!?」
反射的に抵抗するが、首にかかった手はびくともしない。
すごい力だ。
視界が急速に狭まり、ちかちかと明滅しながら暗くなっていく。
目の前にいるのはもう佐奈ではない。
美夜子が俺を殺そうとしていた。
「修二君。修二君。修二君」
美夜子が俺の名を呼ぶ。
抑揚がなく機械のように連呼している。
どんな顔で首を絞めてくるのか気になったが、視界がぼやけてきたので分からなかった。
死にたくない。
その一心で俺は懸命に腕を伸ばす。
手探りで石を掴むと、渾身の力で美夜子の頭を殴り付けた。
鈍い音と感触がして美夜子が倒れる。
俺は激しく咳き込みながら立ち上がった。
唾を吐いて頭を振る。
視界がだんだんと明瞭になってきた。
美夜子は額から血を流して座っている。
虚ろな顔は僅かな苦痛も訴えず、こちらをじっと見つめていた。
「修二君」
「うるせえよ! 黙って死ね!」
怒りで恐怖を塗り潰した俺は、隠し持っていた拳銃で美夜子を撃つ。
乱射した弾の大半は至近距離にも関わらず外したが、何発かは美夜子に命中した。
ぐったりと横たわる美夜子の胸や顔には穴が開いている。
服に真っ赤な染みがじわじわと広がっていった。
あの虚ろな目はもう俺を見ていない。
そのことに爽快感を覚えかけた瞬間、俺は我に返る。
血塗れになって死んでいるのは、美夜子ではなく佐奈だった。
俺は拳銃を捨てて、恐る恐る近寄る。
震える手で肩を揺り動かした。
「佐奈。おい、起きろって」
死体は動かない。
ただ血を流すだけだった。
俺はその場で嘔吐した。
涙を流して絶叫するも心は落ち着かない。
絶望と後悔、そしてぶり返した恐怖が押し寄せてくる。
俺は耐え切れずに叫び続けることしかでしかできなかった。
そのうち雨が降り始めて泥水が穴の中に流れ込む。
目を腫らす俺は崩れかけた穴を苦労してよじ登った。
「べ、別にただのセフレだし……」
口からこぼれ出たのは、言い訳にもならない最低な言葉だった。
佐奈の死体は、間もなく泥水に呑まれて見えなくなった。




