第63話 告白
俺達は診療所を前で出発の支度を始める。
脅威は去っていない。
それどころか最初の段階より何倍も悪化して迫りつつあった。
周囲への被害も加味すると、なるべく早期に解決しなければならない。
(あんなバケモノを祓えるのか……?)
悩めば悩むほど胃がキリキリと痛む。
しかし俺には考える義務がある。
肩を落として唸っていると、後ろから亜門に話しかけられた。
「胃薬いるか。合法のヤツだぞ」
「えっと、有料ですよね」
「特別に三万で譲ってやる」
「やっぱり高い……」
「がはは、冗談だ」
亜門が胃薬を押し付けてくる。
ドラッグストアで見かけるごく一般的な薬だった。
彼なりの優しさと思って飲んでおく。
亜門はしばらく無言で葉巻を吹かしていた。
やがて彼は俺を見て告げる。
「お前さん、もうすぐ死ぬぞ。不味い事態なのは分かってんだろ」
「それは棺崎さんの作戦のせいで」
「誤魔化すな。医者に嘘をつく気か?」
亜門が顔を近付けてくる。
ヤクザ顔負けの迫力のある眼力だった。
俺が何も言い返せずにいると、亜門は葉巻を吸いながら言う。
「最期まで醜く足掻き続けろ。血反吐を垂らして這い進め。後悔しない選択をしろ。そうすりゃ……せめて後悔せずに逝けるかもな」
「いやだから死にたくないんですって!」
「そこは運次第だろ。まあ頑張れよっ!」
思わず突っ込んだ俺に対し、亜門は大笑いで応じる。
励ましたいのか脅したいのか、ただふざけているのか分からなかった。
呆れた分だけ気持ちは少し軽くなった気がする。
俺は亜門に礼を言い、停めてある車のもとへ向かった。
車の前で安藤と棺崎が会話をしていた。
棺崎が新聞紙に包んだクドウシバマサを手渡そうとしている。
「本当にいらないのかね。恐怖心のない君とは相性抜群だよ」
「結構です。僕のやり方とは合わないようなので」
「それなら仕方ないね」
断られた棺崎は残念そうにクドウシバマサを仕舞う。
入れ替わるように現れた佐奈が安藤の手を握った。
そして興奮気味に懇願する。
「安藤さん! また今度インタビューさせてください! 安藤さんのクライムファイターぶりを漫画にしたいんです……ッ!」
「匿名ならお受けしますよ」
「やったー! ぜひぜひお願いします!」
歓喜する佐奈の隣で、安藤がこちらを向いた。
どんな時でも揺らぎを感じさせない瞳は、不吉な狂気を秘めている。
利害の一致で味方となれたことが何よりの幸運と言えよう。
俺は安藤に尋ねる。
「また別行動ですか?」
「いえ、僕は新村さんの案件から離脱します。本部から呼び出されました。ここからは協力できません」
安藤は淡々と事情を述べる。
驚きは少なかった。
彼の立場を考えれば当然のことである。
むしろここまでよく手助けしてくれたものだ。
須王会の壊滅を筆頭に、傘下組織にも一斉捜査が行われているらしいので、今の警察は大忙しだろう。
その中でここまでサポートしてくれたのだから文句もなかった。
「半端な形になってしまいすみません。できれば引き続き同行したかったのですが」
「安藤さんには十分に助けられました。本当にありがとうございます」
「少しでもお役に立てたのなら幸いです」
そう言って安藤は、片腕のギプスから粘土のような物体と小さなリモコンを取り出す。
彼はそれを差し出してきた。
「祟りビルを破壊したプラスチック爆弾です。威力が高いので取り扱いに注意してください」
「え!? いや、別にこれは……」
「備えは多いに越したことはありません。村木さんなら使いこなせるでしょう」
遠慮する俺を無視して、安藤はさっさと車に乗って去ってしまった。
俺は残されたプラスチック爆弾を慎重に鞄に入れておく。
どうせ美夜子には通じないだろうが、もしかすると使い道があるかもしれない。
その後、俺達は亜門の診療所から出発した。
移動は佐奈の車で、俺は狭苦しい後部座席に押し込められている。
さっそく安藤に戻ってきてほしくなったが、頼んだところで叶わないだろう。
助手席の棺崎が振り返って俺に訊く。
「さて、新村美夜子さんの過去を調べるわけだが、何か手がかりはないかね。彼女に関する情報ならなんでも歓迎だよ」
「実家を、知っています」
車の揺れに難儀しつつ俺は答えた。
こうなったらバレるのも時間の問題だ。
今のうちに正直に打ち明けた方がいいだろう。
俺の決意を察したのか、棺崎が目の色を変える。
「珍しいね。ストーカーの個人情報を把握しているなんて」
「――ストーカーではありません。俺と美夜子は恋人関係でした」
俺は隠してきた真実を告白した。




