第55話 餌
何も言えずに固まっていると、後ろから黒服に突き飛ばされた。
つんのめって倒れそうになるも、どうにか踏みとどまる。
正面から禍舞明神が歩み寄ってくる。
揺れる向日葵に臓腑のドレス。
ゲームのボスキャラみたいな外見だ。
もしくは悪夢そのものか。
何にしても現実に存在してはいけない姿なのは確かだった。
俺は後ずさりながら引き攣った笑いを洩らす。
「は、ははっ……」
俺は腰を抜かして尻餅をつく。
その瞬間、骨の槍が頭上すれすれを通過していった。
棒立ちしていたら直撃する軌道だったろう。
禍舞明神は骨の槍を振りかぶり、二撃目を放とうとしている。
俺は即座に立ち上がって舌打ちする。
「ふざけんなよ、馬鹿だろ……」
骨の槍が振り下ろされたのを見て、俺は全力で床を転がった。
無茶な動きをしたせいで足首をひねったが、またギリギリで槍を躱すことができた。
俺は後ろを向いて逃げ出す。
こっちは丸腰だ。
いや、仮に武器があっても絶対に敵わない。
須王会はこんなにヤバい霊を所有しているのに、どうして美夜子まで欲するのか。
絶対に過剰戦力だろ。
ズルじゃないか。
須王と黒服はエレベーターに乗り込もうとしていた。
俺は精一杯に手を伸ばして呼びかける。
「ま、待って……!」
足元に銃弾が炸裂し、反射的に足を止める。
黒服が発砲してきたのだ。
須王が勝ち誇った顔で述べる。
「君の役目は禍舞明神に殺されることだ。ドロップアウトは禁止だよ」
須王達はさっさとエレベーターで立ち去ってしまった。
きっと捕獲した美夜子のもとへ戻り、どうにか飼い馴らすのだろう。
別にそれは構わないので、俺とバケモノを二人きりにするのはやめてくれ。
エレベーターに縋り付いた俺はボタンを連打する。
しかし何の反応もない。
勝手に使えないようにロックされているようだ。
俺はエレベーターの扉を蹴りまくる。
(棺崎達はどこだ!? さっさと来いよ!)
背後から気配を感じた。
振り向くと同時に、骨の槍が俺の胴体を突き破る。
痛みはない。
傷や出血もない。
ただ芯まで冷えるような痺れと脱力感が広がっていく。
骨の槍が引き抜かれると、先端に淡い光がくっついていた。
光は向日葵の頭部の中に吸い込まれて消える。
一連の動作を見た俺は気付く。
(あっ、魂を喰ったんだ)
骨の槍に物理的な殺傷力はない。
ただし、何度も攻撃されたら魂を根こそぎ持っていかれるのだ。
それが慰霊碑の養分になるということなのだろう。
禍舞明神が骨の槍で刺突を繰り出す。
俺は再び紙一重で回避し、急いで距離を取った。
打つ手がない以上、棺崎達が来てくれるまで逃げ回るしかない。
あとは他の脱出手段だ。
一見すると何もなさそうだが、階段があるかもしれない。
覚悟を決めたところで、頭上からくぐもった爆発音が聞こえた。
音は連続し、だんだんと大きくなっていく。
そして天井に亀裂が走る。
崩落と共に乱入してきたのは、黒いドロドロと鎖を纏う美夜子だった。




