第52話 破格の条件
「霊って……」
「隠さなくてもいいよ。既に調べは付いている。余計な問答に時間をかけるのはやめよう」
須王は手を打って俺の言葉を遮る。
会話の主導権をずっと握られている感覚だった。
須王は射抜くような目つきで悠々と語る。
「闇金の事務所には監視カメラがあった。見えない何かが事務所にいた二人を惨殺し、君が金を盗む瞬間も記録されている。他にも電車や高速道路の件も羅列しておこうか」
「いえ、もう大丈夫です」
「本当は君を拉致するつもりだったのだがね。あの刑事が厄介だったなあ。地元の警察は買収しているのだけど、一体あれは何者なのだろう」
須王は少し困った顔で苦笑する。
拉致が失敗したことについてあまり気にしていないようだ。
結果的に俺が来訪し、当初の計画に狂いがないからか。
或いは失敗すらも楽しんでいるのかもしれない。
仮面のような笑顔からは真意を窺えそうになかった。
そんな須王は改めて提案をする。
「さて、霊を譲ってもらえるかな。もちろん無償とは言わない。言い値で買い取ろう」
「……たとえば一億円でもいいんですか」
「君が望むなら二億でも三億でも構わない。それだけの価値があるからね」
それを聞いた俺の心は大いに揺らぐ。
破格の条件だった。
美代子を押し付けた上で大金を貰えるなんて、あまりに都合が良すぎる提案だ。
須王にとって霊の所有はそれだけ価値があるらしい。
つまり利害が完璧に一致しているわけである。
(ここで提案に乗ればすべて解決じゃないか?)
もう美夜子に悩まされない日常が戻り、亜門に支払う一億円も手に入る。
要求する金額を少し増やしておけば、目や指の治療だってできるはずだ。
安藤の目的は須王会の壊滅らしいが、俺は無関係なので考慮しない。
俺の問題が片付いてから勝手に殺し合えばいいじゃないか。
棺崎だって依頼が早く終わって喜ぶと思う。
佐奈は中途半端な幕切れで怒るだろうな。
まあそれでも美夜子に怯えなくて済むならオーケーだ。
意志が固まった俺は須王に告げる。
「俺に憑いている霊……美夜子を二億円でお譲りします。ただ、執着が強すぎて引き離せないかもしれません」
「ほう、それは興味深いな。君と霊はどのような関係なのかな」
「…………」
「言いたくないなら構わないよ。こちらとしては取引さえ成立すればいいんだ」
須王が嬉しそうに指を鳴らす。
部屋の扉が開き、ものの数秒で十数人の黒服が集結した。
窓の外や天井からも足音がする。
たぶん見えない場所にも待機しているのだろう。
黒服達は拳銃の他に数珠や十字架、護符等を持っている。
それらは見るからに心霊系の道具だった。
立ち上がった須王は俺から離れながら言う。
「我々は霊を捕縛する手段を持っている。本当に引き離せないかどうか確かめてみよう。まずは君の霊を出してもらえるかな」
「美夜子は俺の言うことを聞きません。勝手に出たり消えたりするだけで……すみません」
「いや、想定していたパターンだから問題ない。きちんと対策も考えてあるよ」
須王が軽く手を挙げた。
その瞬間、黒服達が俺の拳銃を向けてくる。
須王の笑みが一段と深まった。
「君に危害を加えれば出てくるかな」
「……え?」
「撃て」
黒服達が一斉に発砲した。




