第50話 塗り潰される不安
諦めた俺は一人で車を出ると、祟りビルを目指して歩く。
棺崎達はどうするのだろうか。
詳しい作戦は教えてもらえなかった。
俺が余計なことを意識しないためらしい。
はっきり言って不安だ。
ヤクザの本拠地に向かっているのだから当然だろう。
誰だって恐ろしいに決まっている。
美夜子の問題がなければ絶対に来なかったはずだ。
警戒されるといけないので今の俺は丸腰だった。
もし相手が攻撃してきたら終わりである。
だから気合を入れてやり遂げるしかなかった。
なるべく平静を装って歩く
踏み出す旅に違和感があるのは、切断された指のせいか。
倒れるほどではないものの、微妙にバランスが取りにくい。
何もかも済んだら病院に行かなければ。
もしかするとどうにかなるかもしれない。
そう、ポジティブにいこう。
じゃないと前に進めなくなる。
徐々に迫る祟りビルを見上げてみる。
心なしか陰鬱な空気が漂っている。
俺の霊感が何かを感じ取ったのだろうか。
近付く気力が削がれるので、これ以上の考察はやめておく。
道端に自販機がある。
俺は財布を取り出したところで、値段が少し高いことに気付いた。
少し迷ってから財布をポケットに戻す。
これから一億円を稼ぐのに数十円をケチるなんて。
己の金銭感覚を笑う俺は、手が滑って小銭を落としてしまった。
すぐに拾おうと屈んだところで凍り付く。
自販機の隙間に美夜子が潜んでいた。
僅かなスペースで半ば潰れながら俺を見上げている。
独特の腐臭が立ち込めてきた。
それは喰呪荘で嗅いだ臭いだった。
転がった小銭は自販機の下に入った。
さすがに拾う気になれず、俺はそのまま立ち上がる。
息を呑んで美夜子を一瞥した後、俺は強がって告げる。
「……上等だ。ついてこいよ」
心臓がうるさい。
さっきまでより何倍も速くなっている。
ただし不安は吹っ飛んでいた。
膨らむ恐怖を見ないようにして早足で進む。
ヤクザがなんだ。
美夜子の方が何百倍も怖いだろ。
いざとなったら道連れにしてやればいい。
そうだ、皆殺しにしてやる。
妙なテンションになった俺は、威勢よく階段を上がってビルのエントランスに向かう。
自動ドアの前には守衛らしき黒服の男が二人立っていた。
鋭い視線にも臆さず、俺は堂々と言い放つ。
「死んだ闇金の件で来ました」




