第44話 回復、のちに
話し声が聞こえる。
目を開けると俺は破れたソファで横になっていた。
傍らには棺崎が座っている。
彼女はいつも通りの微笑で言った。
「気分はどうかね」
「……目と手足が痛いです」
俺は右手と右足を見る。
どちらも過剰なくらいに包帯が巻かれており、先端に血が滲んでいた。
視界も半分くらい黒くなっている。
痛みは痺れのように残っているが、さほど気にならないレベルだった。
(あれは夢じゃなかったんだ……)
気絶前の出来事がフラッシュバックする。
思い出しただけで背筋が凍る。
まるで悪趣味なスプラッター映画のようだった。
今後、あの瞬間の苦痛を忘れることは決してないだろう。
憂鬱になった俺はため息を漏らす。
すると棺崎が不思議そうに尋ねてきた。
「なぜ落ち込むんだ。全身が腐って死ぬよりいいだろう?」
「それは確かにそうですけど」
「贅沢を言ってはいけないね。気を失う前より体調も良くなっているはずだよ」
言われてみれば意識がはっきりとしている。
身体の変色もすっかり消えていた。
あの処置で呪いは除去されたようだ。
棺崎が手鏡を渡してきたので自分の顔を確認する。
眼帯を着けていることを除けば健康に見えた。
「眼球もくり抜いてあるよ。呪いの汚染が濃かったそうでね」
「はあ……」
俺は気の抜けた相槌を返す。
なんとなく予感はしていたのでショックは少なかった。
いや、単純に泣き喚くだけの余裕がないのかもしれない。
手鏡に映る顔は絶望を通り越して情けない半笑いを浮かべていた。
部屋の奥から闇医者の男が歩いてくる。
よく見ると胸にネームプレートが貼ってある。
そこには角張った手書きの文字で「亜門」と記されていた。
葉巻をくわえた亜門は、不敵な笑みで俺を見下ろす。
「起きたか小僧」
「どうも……」
「おう、元気ねえな。そんなに俺の治療が不満だったか」
「そ、そんなわけでは」
俺は目をそらす。
亜門の迫力に怯んだことに加えて、彼の指摘が図星だったからだ。
誤魔化しても意味がないと悟った俺は控えめに訊く。
「どうして目と指を……」
「その三箇所が呪いの通り道だからよ」
亜門の背後から声がした。
顔を出したのは佐奈だ。
佐奈は俺の眼帯をぐりぐりと指で押しながら言う。
「勢いの強い場所に穴を開けるのが手っ取り早いの。そうですよね、亜門さん」
「ああ、よく憶えてんじゃねえか」
「素晴らしい説明だったので理解しやすかったです!」
喜ぶ佐奈はメモ帳を持っていた。
俺が眠っている間に、亜門から治療に関する話でも聞いていたのだろう。
そして漫画のネタにするのだ。
もう別に驚きはしないが、その好奇心と行動力には感心するしかなかった。
ひとしきり佐奈を褒めた後、亜門が手を打つ。
「そうだ、忘れねえうちに貰っておかんとな」
「え、何をですか?」
「治療費だよ。初診料を含めて一億円。三日以内に払わないと、体内に仕込んだ毒でお前は死ぬ」
俺は全身の血の気が引くのを感じた。




