第4話 交渉成立
「霊を殺す……そんなことできるんですか」
「うん。除霊とか魔術とかの類だね。国や宗派で違いはあるけど、ようするに霊能力で倒すって感じさ」
棺崎はジェスチャーを交えて説明する。
にわかには信じ難いが、俺の身に起きたことを考えれば、そういう世界があっても不思議ではなかった。
こうして俺達が話している間にも、人知れず霊と戦う者がいるのだろう。
まるで映画やマンガの話ようだ。
今までに見た作品を思い出していると、棺崎が声のボリュームを落として付け加える。
「ただし、霊との対決には相当なリスクが伴う。必然的に依頼料は跳ね上がるよ」
「ちなみにいくらですか?」
俺は恐る恐る尋ねた。
棺崎は待ってましたとばかりにピースサインを作る。
「最低でも二百万。一括払いしか受け付けない。あと状況次第で追加料金を貰うかな」
「そ、そんな大金ないですよ」
「じゃあ別の手段で解決しようか」
手を打った棺崎はさっさと話を進める。
俺が渋るのは想定済みだったらしい。
なんとなく悔しかったが、二百万円を支払えないのは事実なので仕方ない。
棺崎は白衣のポケットからマッチ箱を取り出した。
それをテーブルの上に置く。
「新村美夜子さんの死体を燃やして埋葬する。これで霊の力を奪えるはずだ。荒っぽい手段だけど直接対決よりは安全かつ堅実だね」
「この場合だと料金はどうなりますか」
「君一人で死体を捜して、私が電話で助言する形で二十万。さっきよりもリーズナブルだね。さあ、どっちにする?」
「……二十万円でお願いします」
俺は悩んだ末に答えた。
二十万円でもまだ高いが、それでもギリギリ払えるレベルだ。
ここまで来て何も依頼できずに帰るという選択肢はない。
俺にできるのは、この棺崎という霊能力者を信じることだけだった。
俺が承諾したことで、棺崎は嬉しそうに指を鳴らした。
「よし、助言の期限はひとまず二週間としよう。その後は一週間につき五万円の延長料金を請求させてもらう」
「結構高いですね……」
「慈善事業じゃないからね。不満なら他に頼んでも構わないよ」
「いえ、棺崎さんにお願いしたいです」
俺は食い気味に言う。
ここで断られたらもう終わりだ。
美夜子の怪奇現象を耐えながら、新たな解決法を探す気力はなかった。
俺は鞄から紙幣の束を出して棺崎に見せる。
その額はぴったり二十万円。
バイトで貯めたほぼ全財産であり、今回の依頼のためにすべて持ち出したのだ。
鞄にはあと数万円しか残っていなかった。
紙幣を受け取った棺崎は感心する。
「準備がいいね」
「一刻も早くどうにかしないと、頭がおかしくなりそうで……」
「そんな君にサービスしよう。しっかり前払いができたご褒美だ」
棺崎がテーブルの下から小さなガラス瓶を出した。
彼女は俺の肩を撫でると、何かをすくうような動作をする。
その手はガラス瓶へと移動し、今度は液体を注ぐような動きをした。
もちろん俺の目には何も見えない。
棺崎はガラス瓶に針を入れてからコルクで栓をした。
針は瓶の底でくるくると回転し、やがて赤く塗られた先端が特定の方向を指し示す。
まるで方位磁針のようだった。
「君に憑いた新村美夜子さんの霊気を集めた。針の示す方角に死体があるよ。これで見つけやすくなる。追加料金は取らないから遠慮せず持っていくといい」
「ありがとうございます。助かります」
半信半疑だがとりあえず礼を言っておく。
つまりこのガラス瓶と針は、霊を探知するアイテムらしい。
俺は渡された瓶をゆっくりも傾けてみる。
針の向きは変わらず一つの方向だけを指していた。
棺崎はメモ用紙に電話番号を走り書きして俺に押し付ける。
「困ったらいつでも連絡するといい。最適な助言をしよう。今すぐに出発するのかな?」
「山に入る支度をしてから向かおうと思います」
「くれぐれも注意したまえ。君はいつでも狙われている。これから新村美夜子さんの行動はエスカレートするだろう」
「……肝に銘じます」
しっかり脅されながら、俺は霊能探偵の事務所を後にする。
言いようのない不安は依然として胸に残っていた。




