第35話 警告
棺崎が俺の肩を叩きながら丑宮に用件を告げる。
「彼に憑いた霊を葬りに来た。通してくれるかな」
「もちろんです。私がここにいるのは、霊や呪いと無縁の方を止めるためですから」
「無縁だと駄目なんですか?」
質問する佐奈の手には出刃包丁が握られていた。
丑宮は神妙な表情で答える。
「餌を持たない者は、喰呪荘に魂を奪われます。だから興味本位で近寄る人間を追い払わねばならないのです」
「なるほど、捕食には優先順位がある……と」
佐奈は顎を撫でつつ嬉しそうに考察する。
何でもかんでも作品のネタにするのは職業病だろうか。
これからその危険に立ち向かうというのに。
楽しげにメモを取る佐奈からは不安や恐怖が感じられなかった。
その様子に思うところがあったのか、丑宮は念押しで言う。
「喰呪荘は非常に危険な場所です。除霊が済んだら速やかに脱出してください」
「ああ、忠告ありがとう」
棺崎が応じながら歩き出した。
素早く避けた丑宮の横を颯爽と通り過ぎ、佐奈も早足でついていく。
俺も続こうとしたその時、丑宮が小声で呟いた。
「――選択を間違えないように」
「え?」
立ち止まって振り返るが、丑宮は既に家屋へ戻っていた。
閉じた扉の裏から何重にも施錠する音が聞こえる。
もうこちらと関わるつもりはないらしい。
霊能力者のようだし、美夜子が周囲を巻き込むタイプの霊だと察知したのかもしれない。
それならあの反応も納得だ。
むしろ親切に忠告してくれるのだから相当なお人好しである。
丑宮と別れた俺達は廃旅館の前までやってくる。
硫黄の臭いは一段と酷くなっていた。
呼吸をするのが苦しいレベルだ。
入口にある看板は文字が潰れて読めなかった。
さすがに喰呪荘は通称だろうから、本当の名前が書かれていたのだと思われる。
棺崎は涼しい笑みで腰に手を当てた。
「さて、ここからは魔境だ。オプションが欲しければ遠慮なく言いたまえ」
「はい、先生! 武器はあるので身を守るグッズをお願いします!」
「分かった。いくつか渡しておこう」
「ありがとうございますっ!」
佐奈は棺崎からお札やら首飾りを貰っている。
それを見て「俺も何か……」と言いかけた瞬間、佐奈にすごい顔で睨まれた。
やっぱり俺に金は貸してくれないらしい。
(くそ、ベッドでは俺の方が強いのに)
喉元まで出かかった愚痴を堪える。
これを言えば股間を蹴られるのが目に見えていた。




