第22話 自殺神社
「自殺神社……?」
「土地の特性からそう呼ぼれているのだよ。捻りのないネーミングだが、分かりやすくていいじゃないか」
棺崎は楽しそうに語る。
彼女はカラスの死骸を指差して言う。
「このカラスはわざと落下し、頭を打って死んでいる。つまり我々は既に自殺神社の影響下にいるわけだ。長居すると死にたくなるかもしれないね」
「ちょ、ちょっと! 危なすぎるじゃないですか!」
「だから好都合なのだよ。君が自殺に走れば新村美夜子さんが現れ、原因の霊と争うだろう。それで力を削ぐという寸法さ」
棺崎は軽やかな足取りで進み出した。
俺と安藤もそれについていく。
畦道には数メートルおきに猫やカラスの死骸があった。
イタズラでなければ、これが自殺神社の効力なのだろう。
「三か所の心霊スポットで連戦すれば、新村美夜子さんが強力な悪霊でも厳しいと思うよ。まあ、いきなり自殺神社に負ける可能性もあるがね」
「どちらに転んでも損はない……ということですか」
「その通り。実にスマートな除霊だろう」
棺崎は両手を広げて笑った。
彼女がさらに喋ろうとしたところで安藤が質問を挟む。
「なぜ早めに車を降りたのですか。神社までもっと近づくことはできたと思いますが」
「霊に車を潰されると面倒だからね。離れた場所に停めておく方が安全なのだよ」
「そうですか」
特に表情を変えることなく、安藤はギプスを気にし始める。
ここまでずっと片腕で運転していたが、あまり状態が良くないのだろうか。
俺は遠慮がちに尋ねる。
「あの、大丈夫ですか?」
「平気ですよ。少し痛むだけです」
安藤はギプスを着けた腕を少しだけ動かす。
何重にも包帯が任せているので、中がどうなっているかは分からない。
遠くを見つめる安藤は懐かしそうに述べる。
「以前、少し元気なお爺さんと揉め事になりまして。腕の傷はその時のものです」
「揉め事……って何か事件とかですか」
「そうですね。向こうも負傷したので当分は会うこともないと思います」
なんだか奇妙な言い回しだった。
詳しく訊いてみたいが、興味本位で深入りしてはいけない気がした。
真顔に等しい安藤の目が、ほんの一瞬だけ光って見えた。
その光がとても恐ろしく感じたのである。
俺が言葉に詰まったことで会話は終わり、そこからは黙々と道を進んでいく。
あれだけうるさかったカエルの鳴き声が次第に鎮まり、やがて一つも聞こえなくなってしまった。
先導する棺崎が足を止める。
田園地帯が途切れ、進路に小さな山が現れる。
山の中へ続く道には赤い鳥居がそびえ立っていた。
鳥居を目にした瞬間、俺は滝のような汗を流す。
全身が小刻みに震えて止まらなくなり、両目から涙も出てきた。
ただただ何かが恐ろしい。
"それ"の正体は理解できず、恐怖だけが頭を埋め尽くそうとしている。
(やばいやばい絶対にやばい)
俺は無意識のうちに後ずさる。
ようやく口から出てきたのは情けない弱音だった。
「えっ、あの本当にまじで、進むんですか……こ、この先に……」
「当たり前じゃないか。怯えていないで歩きたまえ」
「ま、待ってくださいよ……あっ」
頭から何かが落ちる。
それは棺崎から買ったハチマキだった。
黒ずんだハチマキは不自然に湿っていた。




