執事と侍女の険悪
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私の中では最早お馴染みとなっている、おやつとティーセットを乗せたカートを押しながら、にっこにこの笑顔で入ってきた。
最初こそ私の豹変ぶりにショックを受けていたようなキャロラインだったが、諦めたのか受け入れたのか、次に顔を合わせた時には特に言及する事無く接してくれた。それは良かったんだけど……。
「失礼いたします。アマーリエ様、そろそろ休憩なさってくださいな。今日はアマーリエ様の大好物のアップルパイですよ」
「あ、ああ、ありがとう、キャロライン……」
アップルパイかぁ。嫌いじゃないけど、どっちかと言えばリキュール系やビター系の大人の味が好物だし、それ以前にこの世界のおやつは前世の同じものより甘々で、ちょっと苦手だったり。
私が領主仕事を始めて忙しくなったにも関わらず、キャロラインは以前のアマーリエとの日課らしき予告無し時刻関係無し制限無しの三無しティータイムを仕掛けてくるのでちょっと困っている。
疲れてるところに甘いものが来るのは大歓迎だが、手伝ってくれるわけでも無し。せめて資料探してくれたり、誤字脱字探してくれたり、簡単な事でも手伝ってくれたらいいんだけど、本当にただ居てお茶をしているだけ。
かと言って邪魔をするわけでもなく、ソファーから母親の如く見守られ、時にはいいタイミングでお茶を出してくれるので、止めてくれとも言い辛い。
とはいえ、真面目なパーシーは良い顔をしない。
「……キャロライン、まだ休憩の時間ではないようですが?」
「あらあら、あまり根を詰めてアマーリエ様の体調を崩されたらどうするのですか? 旦那様が亡くなったばかりだというのに、こんなにも頑張っているのですよ? わたくしたちが体調を気遣わなければ、誰が気遣うのです?」
カーン! とゴングの幻聴。気難しい顔のパーシーVS笑顔のキャロライン、ファイッ! と腕を振るレフェリーの幻が二人の間に見えた。
「全く、いつもの事だというのに、いつまでグチグチと文句をいうのかしら、この執事は」
「旦那様が亡くなって、領主としての自覚を目覚めさせた奥様を、以前同様に甘やかしている貴方もどうかと思いますが?」
「まあ、甘やかすなど滅相もない。わたくしはアマーリエ様に仕える者として、アマーリエ様を第一に考えれば当然のことをしているまで。それを甘やかす等というのであれば、それは貴方がアマーリエ様を無下になさっているからでは?」
「私のどこが奥様を無下にしていると?」
「貴方の忠義がトリスタン公爵家にあり、アマーリエ様に無いことは周知の事実ですもの。旦那様亡き今、早急にトリスタン公爵家に帰りたかったでしょうに、アマーリエ様がバルカン領を継いで、さぞや悔しかったでしょうね」
「そんなことはございません。私が仕えるのはご当主のアマーリエ・バルカン様であり、帰る場所はこのバルカン公爵領だけ。貴女こそ、本当は王都に戻りたいと思っていることを知らない者はおりませんよ」
「まあまあ、一体誰がそのような事を?」
「おや、嘘だと否定しないのですね。流石の貴女も奥様を前に嘘は吐けませんか」
「アマーリエ様が王都から離れたこの地にいることに不満がないと言えば嘘になりましょう。しかし、わたくしとてアマーリエ様に仕え、アマーリエ様と共にいることがこの身の幸せ。貴方のように命じられるまま仕えている者とは格が違うのよ」
「成程、物は言いようですね。流石、男爵家の出でありながら王からの覚えも目出度く乳母にまで成り上がっただけはありますね」
「あら、今我が家は伯爵家よ? 確か貴方の家は子爵家でなかったかしら?」
バチバチぃ! と、二人の間に飛び散る火花。
一つ屋根の下で暮らしてわかったのだが、どうやらアマーリエが王都から連れてきたキャロラインら女性陣と、ライニールが公爵領から連れてきたパーシーら男性陣の間には、なかなか埋められない深い溝があるようだ。
それぞれの派閥が顔を合わせると場の温度が一気に下がるので、館内はあちこちでピリピリしている。
直接聞いたことがないから理由は知らないけど、都会者と田舎者が各々同じ職場で働くのが嫌、みたいな? 公爵領を田舎扱いしてはいけないと思うけど、多分そんな感じだと思う。
もう同じ職場にいるんだから仲良くしろよ! と、館の主として使用人を纏めたりしなきゃいけないのだろうが、色々忙しいし、下から改善を求められることもないし、私の生活に支障があるわけでもなかったので、一先ず横に置いてる。
とはいえ、今家の事を知り尽くしている執事のパーシーに抜けられたら仕事滞るのは目に見えてるし、なんだかんだ言ってキャロラインの『アマーリエ様も頑張ってる』発言とかにも励まされたりしてるから、どちらも抜けてほしくないんだよなぁ。飴と鞭のバランスが良い状態。
申し訳ないけど、子供たちの事が片付いて、私が領主仕事に慣れて、パーシーやキャロラインの後継が見つかるまでは現状維持をしてもらいたいのよね。
いやほんと、上に立つ人間ってあれこれ考えなきゃいけないからしんどいわ……。
「あ、あの、奥様……?」
「ん?」
そんなことを考えていると、パーシーが恐る恐ると言った体で声を掛けてきた。視線を向けると、パーシーもキャロラインも喧嘩を止めて大人しく並んでいる。
「ああ、話終わった?」
「も、申し訳ありません。奥様の前で言い争うなど、お見苦しい所を……」
「いや、別の事考えてたから、気にしないで」
「あ、アマーリエ様、怒っていらっしゃるのでは……?」
「は?」
なんで? 黙ってたから怒ってると思われたかな? 心なしか二人とも顔が青い。
そんな顔怖かったかなと思って窓を見てみるが、緩くウェーブの掛かった黒髪をポニーテールにした疲れ切った顔が映るばかり。パーシーは仕方がないとしても、アマーリエの成長を見守り続けたキャロラインまでビビるような顔はしてないと思うんだけど。
……ん? そう言えば。
「キャロラインって、王都生まれの王都育ちだよね?」
「え? ええ、はい、そうです」
「じゃあ、王都の貴族のこととか詳しい?」
「どうでしょう。都を離れて早三年。入る情報は少々古いものばかりになりますが、噂程度のものなら耳に入れてはおります」
「あ、いや、直近の情報は要らない。十年位前に、社交界から姿を消した若い貴族の男を知らない?」
「そうですね……思い出せるのは、ホーンバック公爵家の一人息子でしょうか」
「っしゃ! ビンゴ!」
「は?」
「いえなんでも。その事について詳しく」
待ちに待ったワードに、思わず立ち上がって勝利のポーズ。ポカンとされたので慌てて座り直して続きを促す。
「え? でも、こんな話、姫様のお耳汚しですので……」
「そういうのはいいから。これからの私の人生設計の為にとっても重要な情報なんだ」
「は、はあ……? ええと確か、現当主にして宰相エドモンド・ホーンバック公爵様の御子息エンリケ様が、年上の平民女に騙されて金品を持ち出して行方を眩ませたという話です。詳しくと申されましたが、公爵家が根回ししたようで一部にしか話が出回らないまま、すぐに聞かなくなりました」
「有難う、キャロライン。補填情報を十二分にゲットできた。パーシー、図書室からエンリケ・ホーンバックが載っている貴族名鑑持ってきて。その間に私はホーンバック公爵家に手紙を書く。その後、内容の添削をお願い」
「かしこまりました」
「あの、姫様?」
一気に仕事モードに。パーシーはすぐさま図書室に向かって部屋を出る。私も便箋を取り出して、公爵宛の手紙を書こうとしたが、戸惑った様子のキャロラインに声を掛けられる。
ケイレブ母子の実態はまだパーシーしか知らないので、いきなりホーンバック公爵家の話題が出ても彼女にはチンプンカンプンだろう。しかし、あまり他家のことを口外するのは良くないだろうから黙っておくことにする。
「キャロライン。悪いけど、急な仕事が入ったのでお茶はまた後で。そうそう、アップルパイもいいけど、出来たら甘過ぎないビター系かリキュール系のデザートだったらもっと仕事頑張れると思うんで宜しく」
ついでの勢いで次からのおやつをリクエストしておいて執筆に取りかかる。
集中し過ぎていたのだろうパーシーが戻って来て声を掛けられたときには、キャロラインは居なくなっていた。
内容は行方不明の息子さんのことと子供たちのこと、その関連性について。相手は五指に入る名公爵家。失礼の無いように言葉を選んで書き、パーシーのOKサインが出ると早速ホーンバック公爵家に送る。
ラッキーなことに、ホーンバック公爵領は我が領地の二つ隣だがそう遠くはない。うまくいけば三日くらいで届くらしい。しかしながら、当主のエドモンドは宰相として王都にいる。バルカン公爵領から王都までは片道約半月程、ぶっ飛ばして十日くらいかかるらしいので、 直接王都に出すより、ホーンバック家へ出して彼の家の伝書鳩に仕事してもらった方が早くやり取りが出来るでしょう。と、パーシー。
今か今かと返事を待った結果、予想外の早さと返答がやってきたので、証拠を揃えた私は、マーガレットとケイレブに遣いをやって呼び付けた。




