新たなフラグ
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男が立ち上がる。それに気付いたイーロンが、「奥様、あそこの席が空きそうです。あちらに行きましょう」と言うので付いていく。
だが、フードの男は当然のごとく避けるでもなく立ち塞がった。イーロンが何か言う前に、男が口を開く。
「アマーリエ・バルカン……か?」
「あ、はい。あなたは、ルトのお仲間の方ですよね?」
「あ、ああ……」
名乗ったっけ? と思ったけど、トラヴィスも知ってたんだからこの人も知っててもおかしくないか。
「奥様、この男とは知り合いで?」
「いや……ルトの知り合いということしか……。イーロンは覚えてる? グレッグ・フーリンの人質事件の時に私を助けてくれた……」
「勿論、覚えております。……奥様、もしや、この男の素性をご存知でない?」
「素性?」
ひそひそとイーロンと話しているとそんな事を言われた。
素性……は、確かに知らない。ゲームにこんな男前出てなかったから、関係ない人だろうと思って、聞きも調べもしなかった。
イーロンがそう言ってくるってことは、有名な人か?
「知らないけど……イーロンは知ってるの?」
「……奥様」
「……再婚、したのか……?」
「は?」
私の質問に、呆れた様子のイーロンが答えを返す前に、男からぶっ飛んだ発言を投げ付けられた。
「違いますよ。彼は私の護衛だし、この子は……ちょっとの間だけ預かってる知り合いの子です」
「そ、そうか……」
再婚て、歳の差えぐいぞ? と突っ込みたかったけど、富裕社会ではそんなのざらでしたわ。
それでもこんな大きな子供を前にそれはないだろうと呆れながら返すと、男は何故かホッとしたようだ。
しばし沈黙が落ちた。男は何かを言いたげにこちらを見つめている。
その視線に耐えかねて、私から口を開いた。
「……あの、立ち話も何ですし。少し腰を下ろしませんか?」
「奥様!?」
即座にイーロンが制した。低い声で、警戒色を隠そうともしない。
「どちらにしろ、ここでヨツバたちを待たなきゃいけないでしょ?」
「そ、それはそうですが……」
男の座っていたベンチに腰を下ろす。ミツバを抱っこしているのも疲れてきたので、ベンチの端にミツバを座らせ、イーロンが露骨に不満げな顔で男を睨みながら、私の背後に付く。
男も再びベンチに戻った。
「あの、改めまして、以前はありがとうございました」
「こちらこそ、ルトを助けてくれてありがとう。……ルトのことは知っていると、トラヴィスに聞いたが?」
「ええ、 まあ……」
「そうか……。ルトが、世話になった」
「いえ。今日、ルトたちは一緒じゃないのですか?」
「この町にはいる。だが、別行動中だ」
「なるほど。ルトやヴィーは元気ですか?」
「ああ」
「探し人はまだ見付からずで?」
「……ああ」
「そうですか……。早く見付かるといいですね」
「ああ、ありがとう」
「……」
「……」
会話が続かない……。
座って話をしようとは言ったけど、共通の話題がフィリベルトらのことしか無いから、それが尽きたらこちらから話すことはもうない。
「……その子が、お前の子でないということは、例の隠し子か?」
「そうですね。噂になってるんですか?」
「ああ……調べた」
ふうん? まあ、隠してるつもりはないから調べたら知られるよね。
男の視線がミツバに注がれる。
暇そうに足をぶらぶらさせていたミツバは、男の視線に気付いて大きく肩を揺らした後、私の陰に隠れた。
「あ……すまん。怖がらせるつもりはなかったんだが……」
あら可愛い。大の男がしゅんと肩を落とす。
「この子恥ずかしがり屋なので、気にしないでください……ん?」
言いながらミツバを見下ろすと、私に隠れながらボリボリと顔を掻いていた。よく見れば、掻いているその腕にもポツポツと湿疹らしきものが出ている。
「み、ミツバ、それどうしたの?」
「? わかんない。かゆい」
言いながらミツバは掻く手を止めない。その所為、湿疹が裂けて血が出始めたので、その手を掴んで止める。
「ちょ、待て、血が出てるから掻かないの!」
「んんんー! かーゆーいー!」
「あ、暴れないで! 掻いたらヤバイから!」
掻きたくても掻けないジレンマからジタバタと暴れ出したミツバ。抱き上げたくとも、手を離したらまた掻き出してしまうだろう。
「い、イーロン。ミツバを病院に」
「待て。この症状は恐らく、俺が知っている。対処するからちょっと待っていろ」
「え」
そう言うや否や、男は懐から取り出したハンカチを噴水に浸し、軽く搾ったそれをミツバの患部に密着させた。冷やされたお陰か暴れるのは止めたが、普通にまだ痒そうだ。
「応急措置だが……。お嬢ちゃん、痒みだけか? 気持ち悪かったりしないか? ……なら、そこまで酷い症状じゃなさそうだな。痒みや発疹はすぐに収まる」
恐る恐る頷くミツバに、男は訳知り顔で頷いていた。え、この人もしかして医者だったり?
「あ、ありがとうございます。あの、これっ原因はなんなんですか?」
「特定のものに触れたり口にしたりすると出てくることがある。重度になると、息が出来なくなったり、熱が出たりする危ないものだが……嬢ちゃんは軽度の症状でよかった。下手したら大変なことになるからな」
そう言って男はミツバを慰めるように、小さな頭をがしがしと撫でていた。
ってかそれ……いわゆる“アレルギー症状”って奴じゃあ……?
あ、もしかして元の世界では名称付いてたけど、こっちでは症状に名前が付いてない感じ?
「嬢ちゃん、何か思い当たるものはあるか?」
「……おばあちゃんから、ハチミツたべちゃダメっていわれてた」
頭を撫でられて心を許したのか、男の質問にミツバは小さく答えていた。
さっき飲ませたハチミツレモンジュースか……!
「そういう食べたりしちゃいけないものがあるなら先に言ってよ……」
「……君も蜂蜜が駄目なのか?」
頭を抱えている私を他所に、男がミツバに問い掛けていた。
その声のトーンが、さっき私と会話していた時よりも低くなっているような気がしたのは気の所為だろうか――なんて思ってたその時だ。
「アマーリエ様ああああ!!」
甲高い声と共に現れたヨツバが男を突き飛ばした。
呆気に取られたのは私だけでない。突然のことに、ミツバもイーロンもポカンとなっている。突き飛ばされた当の本人も転がったまま目をパチクリさせていた。
かと思ったらヨツバが尻餅ついてる男に股がってポカポカと叩き始めた。
「ちょ、ヨツバ! 何してるの!」
「だって! この人、アマーリエ様にプロポーズしてた! アマーリエ様取られる! あっちいけええ!」
「プロポーズ!? 待って、それはない! 誤解だ誤解!」
今度は必死に泣きわめくヨツバからとんでもない発言が放たれる。
察するに、ヨツバが来た方から見たらベンチに座る私の前で、男が跪いていた様に見えたのだろう。それで何故プロポーズになるのかは意味がわからんが!
ポカポカやってるヨツバを抱き上げて男から引き離す。一瞬、動きを止めたヨツバと目があったかと思ったら、「アマーリエ様!」と小さな手を首に巻き付けるように抱きついてきた。
「ぐえっ!」
「アマーリエ様! アマーリエ様、結婚しないよね?! 何処にも行かないよね!?」
「んぐ……い、行がない、行がない……まだ相手もいないじ……だから落ちづいで……」
「ふえ……」
「み、ミツバ様!」
ヨツバが泣いてるのを見て感化されたミツバもぐずり始める。だが、追い付いてきたニーヴェルがあやし始めた……ナイスタイミングだ執事見習い!
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになったヨツバが私の肩口に顔を埋めてぐずぐずいっている。
首が解放されたので、はぁっ! と大きく息を吐いていると、立ち上がった男と目があった。
「す、すいません! 怪我はありませんでしたか?」
「……大事ない。……随分と好かれてるんだな」
「ええ、まあ、なんでこんなに懐かれたかは知りませんが……。ヨツバ、お兄さんにごめんなさいは?」
「……ゴメンナサイ……」
「構わん。大好きなお前を取られたくなかったのだろう。素直な良い子だ。……それに、なかなか良い勘だ」
「は?」
「俺はこれで失礼する。……近い内に、また会うことになるだろう」
男はそう言い残し、踵を返して静かに去っていった。
……近い内って……なんのフラグ……?
「……イーロン。今の人って何者なの?」
あの男をちゃんと認知して、対策を講じておくべきだなとようやく男の素性を尋ねる。
「え? あ、ああ……彼はデンゼル・ヴァレンタイン。リンドブルム大公国の現大公の弟で、ヴァレンタイン公爵家の当主です」
「大公の弟? あれ? 恋の病に掛かって衰弱中じゃ……?」
「それは兄のことです」
「あ、そっか。……デンゼル・ヴァレンタインね……」
あの言葉の所為で、胸の奥に新たな小さな不安が生まれてしまったのは言うまでもない。
お読みいただき、ありがとうございました(*^^*)




