宴
いいね、ブクマ、誤字脱字報告、ありがとうございます(^∇^)!!
町長の案内に従って、集会所から広場へと足を進めていく。
通りに並ぶ小さな家々の軒先は色とりどりの布が揺れ、壁には本物の花や手作り感のある花が飾られている。山々に囲まれた小さな田舎町が丸ごと結婚式会場となっているようだった。
通りには人は殆どないが、みんな今日の〆の宴会場である広場にいるのだろう。
近付くににつれて、笑い声と音楽が響いてきて、宴の楽しい空気が伝わってくる。
広場では、中心にいる新郎新婦を囲むように食事の乗ったテーブルが並び、さながら小さなバイキング会場となっていた。
「ご領主様だ……!」 「本当にいらしてくださった……!」「領主様ー!」「領主様、ホントにありがとう!」「騎士様たちもありがとうー! 超かっこいいーー!」
私たちが一歩足を踏み入れた瞬間、人々の視線が自然と集まってきた。左右に別れて道を開けてくれる人々が私たちに歓声を送ってくる。
嬉しいけどめっちゃ恥ずかしい。感謝されるのは好きだけど、それを理由に注目されるの実は苦手なんだよね。でも、笑顔を向けてくれる人たちにブスッと返すのはよくない。固くはなったけど笑顔を作って人々に手を振って応え続ける。
「アマーリエ様、凄い人気ですね! 流石です!」
私と手を繋いだままのフィリベルトは興奮している様子だ。彼自身女性たちの視線を浴びて黄色い声援を貰って手を振り返していた。
「いや、人気ってわけじゃないよ。これはただ『悪代官に裁きを下した人』だから感謝されてるだけ。一時的なものだよ」
「そんなことないですよ。アマーリエ様はとても美しいですし、優しいです。嫌いになるわけありません」
「はは、ありがとう、ルト。でも私がここに来るまでは、私のことを『悪代官を放置して仕事をしない駄目領主』って思ってた筈だよ」
実際そうだったし。
「たった一回良いことをしたくらいじゃ、人からの好感は高められない。なんていうのかな、遠方の初対面の人からすら好印象を持たれて慕われるようになって、始めて本当の人気者になると思うんだよね。そうなれるように、領民の為に善行を積んでいけたらと思うよ」
そうすれば悪逆非道の女領主じゃなくなるからね!
そんな私情込めまくりな話をしていると広場中心に到着する。私を見つけた花嫁と花婿が、満面の笑みで近寄ってきた。
「領主様! こんなに幸せな日が来るなんて、私、夢にも思わなかったです! 本当に、本当にありがとうございました……!」
「妻の言う通りです。ご領主様には感謝してもしきれません」
顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら言う愛らしい花嫁と、そんな妻の肩を抱いて支える理知的な花婿。そんな微笑ましい光景を見せられながらお礼を言われたら嬉しくない訳がない。
……勿論、めっちゃ羨ましいですけどなにか?
「今日は結婚式というめでたい日に呼んでくれてありがとう。でも、今日という日はあなた方の行動があってこそ。これからも同じ町に産まれ育った者同士、仲良く過ごせるよう頑張ってほしい。あなた方に祝福を」
私の言葉に、花嫁の涙腺は更に崩壊、涙ぐむ花婿と一緒に深々と頭を下げられる。
何処からともなく小さな拍手が聞こえた。かと思ったら増えていく拍手の数。大きな声で言ったつもりはないが、周りに聞かれていたようだ。
(うっわ、めっちゃ恥ずい……!!)
私にまで向けられる温かな目から逃れるように若夫婦の前を辞する。
町長に案内されたのは白いクロスが引かれたテーブル席。先に話が通っていたのかフィリベルトとトラヴィスの分も用意されていた。まあ、トラヴィスは座らずフィリベルトの後ろに控えたけど。
私とフィリベルトが座るや否や、町人が次々と押し寄せ、各々食べてくれと言いながら自慢の手料理をテーブルに置いていく。テーブルはあっという間に料理だらけになっていた。
「うわ、凄い美味しそう! じゃあ、いただきます」
「お待ちください、奥様」
食事の基本は野菜から! 木製のフォークを使って手近なサラダに手を伸ばす。
しかし刺す直前で背後に控えるイーロンに止められた。
「こちらの料理にはナッツが入っております。食べてはなりません」
「え? ナッツ? なんで?」
「お忘れですか? 貴方はナッツを口にすると体調を崩す体質なのですよ?」
そうなの?! アマーリエ・バルカンってナッツアレルギーだったってこと? 初耳なんですが!
「昔、ナッツ入りのパンを食べて死にかけたことをお忘れですか?」
「い、いや、そんなこともあったような、なかったような~……ごめん、ド忘れ! ナッツ入りのものを食べないように気を付けます」
「いえ、まずは部下に毒味させますから食べないでください。町の者を疑うわけではありませんが、これは義務ですからね」
うへぇ、マジか。今までは殆ど屋敷の料理人で作ったものを食べてたから気にしなかったけど、やっぱこういう場では毒味役が必要なんだなぁ。面倒くさいけど、仕方がないか……。
イーロンの一声で騎士達がそれぞれ料理を口にし出す。一口食べては「美味い!」と声が上がり、見ていた町人たちはホッとしている様子だ。
そうして私もようやく料理にフォークを伸ばす。ちなみに、フィリベルトはと言えば、トラヴィスが味見――いや、毒味したものを食べていた。
食事中、私は護衛騎士たちにも一時の自由行動を許可していた。イーロンだけは姿を見せぬまま、どこかで警戒を続けてくれているようだけど、他の騎士たちは町の人々と酒を酌み交わしたり、輪になって踊ったりと宴を楽しんでいる。
フィリベルトもまた町の子どもたちに誘われ、テーブル近くで囲まれるように座り込んでいた。どんな話をしているかまではわからないが、周囲の女の子たちが熱のこもった眼差しを向けているのが遠目にもわかる。
そうして実質、私は一人で食事を堪能していると、
「アマーリエ様」
フローラルな花の香りと共に、隣に立つ人の気配。顔を向ければ、そこにいたのはトラヴィスだった。
(いつの間に……)
夕日に照らされるトラヴィスは、まるで最初からそこにいたかのような自然な佇まいだ。驚く私に、彼は目をつ、と細め柔らかな笑顔を向けてくる……。
「少しだけ、お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
……え? ちょ、ちょっと待った!
トラヴィスが今日会ったばかりの人間にこんな美しくも優しい笑顔を見せれるなんて知らないんだけど! ちょっとドキッとしちゃったじゃん!
……ま、まさか、ゲーム同様、フィリベルトに好かれた私が気に入らないから敵認定された……!?
これから私、トラヴィスに命狙われちゃうの!? 怖いんですけど!?
「……ええ、勿論。どうぞ、お座りになってください」
――……かといって、わざわざイーロンに許可もらってまで話をしようとする礼儀正しさを拒否できる勇気は私にない。
心の動揺をひた隠しにしながら、私はフィリベルトが座っていた席に促した。
お読みいただき、ありがとうございました!




