新緑の華
いいね、ブクマ、ありがとうございます。
(聞いてない! ゲームでもファンブックでもこんな情報なかった! なんでこの二人がここにいるの!?)
幾ら考えても二人が若い頃にアーディー王国に来たことがあると描かれるシーンは思い出せない。
ド忘れ? 見落とし?
幼馴染み組と違って学園組は今の時代では会わないからと油断していたとはいえ、ファンとして物語の隅から隅までやり込んでいたつもりだったんだけど……。
(いや、まあ、クロ約では二人がバルカン領に来てようが来てまいが変わりないストーリーだったし、だから触れられなかったのかも……?
え、これ大丈夫? 大丈夫だよね? だってアマーリエ断罪のきっかけは求婚拒否だったし……あ、でも私今フィリベルトの求婚断っちゃったじゃん!?
……違う違う違う、ゲームでは私が断ったんじゃなくて、私が断われたことによって起きた逆恨みが原因だから。今回はアマーリエ断罪には関係ない……ハズ!!)
混乱する頭を落ち着かせようとしていて――パチリ、と目が合った。
私と同じ色なのに、燃えるよう強さを放っているトラヴィスの赤い瞳はキラキラと輝いて見える。
長く濃い睫毛が一度、そしてもう一度、ゆっくりと瞬きを繰り返す。そしてその視線が私を捉えたとたん、スッと細い眉が潜められた。
「……貴女は……」
「ど、どうも……」
イーロンの背から前に出て、気まずさ全開で返した私に、彼女――いや、彼は、すっとドレスの裾を摘みながら一礼する。
「お初にお目にかかります。わたくしは、ヴィーと申します。こちらのルト様に仕えております従者でございます」
ヴィーはトラヴィスが女の格好をしている時の彼の名だ。やっぱり、あのトラヴィスで間違いない。まあ、こんな唯一無二なナリの人、他にいないよね。
「バルカン公爵家当主、アマーリエ・バルカン様とお見受けいたします。先日は我が主――ルト様をお救いくださり、誠にありがとうございました」
完璧すぎる所作と礼節。美しいその姿に、思わずこちらも背筋を伸ばす――。
その時だった。
「しかしながら」
「ひっ」
ギロッ! と効果音が響くような視線が私に突き刺さる。言葉を返そうとした口から小さな悲鳴が漏れ、再びイーロンの背中へと避難した。
「アタクシがルト様の為に、ルト様の愛らしさを表現して、アタシの心と想いを込めて、ルト様にお渡しした花束を、どうして貴女が持っていらっしゃるのかしらぁあん?」
(ひええええええええーーーー!?)
豹変。
慎み深い淑女が一転、羅刹女に進化した。
一応、私の方が立場上なんだけど、そんなことはトラヴィスの前では意味はないようだ。
癒し効果の高いはずの新緑色がハバネロの緑に見えてきた……。
(ん? てかこれって……)
「まさか……奪ったわけじゃありませんわよねぇっ? そんなの、許されませんわ! 即刻、ルト様にお返しなさい!」
「違うよ、ヴィー! 僕がアマーリエ様に渡したんだ!」
詰め寄るトラヴィスと私たちの間に、フィリベルトが割って入った。
途端に鬼から人間に戻ったトラヴィス。まるで早送りで枯れていく花のように萎んでいく。
「わ、わたした……? ルト様から……?」
「うん、ヴィーが作ってくれた花束、とっても綺麗だったからアマーリエ様にあげたんだ。アマーリエ様も凄く喜んでくれたよ。流石ヴィーだよ! ありがとう」
目を見開き、口元をわななかせながらの呟き。ショックを受けているのは目に見えてわかるのだが、無邪気な笑顔で私を見上げるルトは、泣きそうになっているトラヴィスに気付かない。
いや、これは駄目でしょ。
「る、ルト様が喜んでくださったのならアタシは……」
「ちょっと待って、ルト」
私はルトの前にしゃがむと彼と視線を合わせ、小さな肩に手を置いた。
「素晴らしい贈り物をくれたのはとても嬉しいよ。でも、私はこれを受け取れない」
ルトはきょとんと目を丸くした後、驚いたように目を見張ったが何か言われる前に話を続ける。
「だってこれは、ヴィーがルトを想って作った、ルトに受け取ってほしい贈り物だったんだよ? それを考えもしないで赤の他人に簡単に渡すのは、良くないと思うよ」
そう言いながらチラリと視線をトラヴィスに向ける。つられて視線を移したフィリベルトは、慌てて目尻を拭って顔を背けるトラヴィスを見てはっとしていた。
「ヴィー……泣いてる……?」
「る、ルト様、これは……!」
まぁね。贈り物を受け取った当人が、自分の物となったそれをどうしようと勝手だと私は思ってる。でもこの花束は、そんな安易にやり取りしてはいけないものだ。
「人の気持ちを無碍にしてはいけないよ、ルト。私はこの花束に込められた想いを受け止める資格も度量もない。だからこれは返すね」
花束を差し出す。
ルトはそれを優しく受け取り、数秒見つめた後、宝物を抱えるように抱き締めながら走り出した。
「ご、ごめん、ヴィー! 僕、ヴィーの気持ちも考えずに……! ごめんなさい!」
「ルト様……!」
トラヴィスは感激のあまりに花束ごとフィリベルトを抱き締めた。なんだかあそこだけ空間が輝いてる……丸く収まったようでよかった。
「いやはや、お見事でございます、アマーリエ様」
「ちょっとイーロン。もっとこう全面的に助けてくれてもよくない? 一応私護衛対象よ?」
「いやあ、女性同士の喧嘩に男はしゃしゃり出るなと妻に言われていましたので……」
「減給」
「申し訳ありません! 真面目に答えさせていただきますと、彼女からは悪意や敵意は感じませんでしたので、様子を見させていただいておりました。勿論、有事の際は前に出るつもりでしたよ?」
いやトラヴィス女じゃないけどね。センシティブなことだから突っ込みたくても突っ込めない~!
「まあ、盾にはなってくれてたし、そうしてくれてるとは思ってたけどさぁ。怒った美人を目の前にすると心臓に悪いんだからね」
「アマーリエ様も負けないくらい美人ですよ」
「この会話の流れで言われてもなあ……」
「失礼します。奥様、町長がおいでです」
そんな軽口をイーロンと叩いていると、バルコニー出入口の方から声が掛けられる。先程トラヴィスに押しきられていた若い騎士が口髭豊かな壮年の男を連れてきていた。
「ご歓談中失礼します、ご領主様。下からお姿が見えなかったもので、お帰りになられてしまったたのかと思いました」
「知り合いと偶然再会しまして、話し込んでおりました。どうかしましたか?」
「これから広場で宴会が始まります。ご領主様や騎士の皆様方も是非ご参加くださいませ」
「お気遣いありがとうございます。しかし、私のようなものがいると気を遣うでしょう? 私は代官館に戻りますので、あとは町の皆様だけでお楽しみください」
「何を仰いますやら。ご領主様のお陰で我々は平和な生活を取り戻せたのです。立役者であるご領主様は必ず連れてきてほしいと本日の主役である娘に言われておるのです。娘の晴れ舞台を最後まで見送ってやってくださいませんか?」
「流石、町長殿は口が上手い。では、花嫁の引き立て役にでもなりに行かせてもらいましょうか」
「いやいや、飾りのない質素な催しを、ご領主様のお美しさで彩っていただきたいのです。どうか、皆様で我が娘と婿の門出を祝ってやってくださいませ」
「イーロン聞いた? 褒めるっていうのはこういうことだよ」
「え、自分も同じことを言いましたよね?」
「うーん……」
女たちに囲まれて生活してたのにちょいと天然過ぎやしないかこの人。それともこの鈍感さが女系家庭で生き残るスキルなのか?
「あ、ルトとヴィーも一緒にどうです?」
振り返ると、ルトとトラヴィスは先程までの抱擁の余韻を収めてこちらを見ていた。
別れの挨拶をするか、それとも気づかれないように立ち去るか。そんな雰囲気が二人の間に漂っていたが、そう声をかけるとルトの顔がぱあっと華やぐ。
「ぼ、僕たちも行ってもいいんですか?」
「勿論。いいですよね、町長?」
「はい、是非。喜びを分かち合う人は多ければ多いほど有難いものです。ご参加していただいて、宴に花を添えてやってくださいまし」
「やったぁ! アマーリエ様、ありがとうございます!!」
喜びを全身から溢れ出し飛び跳ねながら私の手を取るフィリベルト。
突然手を取られてちょっとびっくりしたけど、彼の満面の笑顔に釣られて微笑みを返した。
トラヴィスはと言えば、その様子を見てつんと唇を尖らせたが、すぐにふうっと肩を落としている。私の視線に気付くと、ふっ、と艶や、かに微笑んで見せた。
「では、町長さん、お言葉に甘えてルト様共々お呼ばれさていただきます。アマーリエ様、お誘いありがとうございます。お供させていただきますわ」
そう言ってドレスの裾をさばく仕草は、ゲームでよく見た通りに、大輪の花を咲かせたように実に優雅で優美だった。
お読みいただき、ありがとうございました。




