先延ばし
実はランキングにちょこちょこ入ってたんですね…新機能で知りました。
皆様のお陰です、ありがとうございます!
「緊急の用件にて失礼致します!」
「騒々しい、何事です! ノックもしないなんてこれだから田舎者は……!」
「いいから、キャロライン。どうした?」
入ってきたのは執事補佐の一人だった。怒鳴るキャロラインを制し、続きを促すと執事補佐が勢いよく頭を下げる。
「ぶ、無作法をお許しください! じ、実は……!」
彼の故郷はバルカン領東部、片道十日弱程の所に山間の町なのだが、その地方を治める代官と町民の間で前々からイザコザが起きており、今回に至っては一触即発の事態に陥っているのだという。代官の眼を掻い潜り、町長は何度も陳述書を送っていたようだが、そんな報告は一切聞いていない。
以前ヨーキリス領からの助けの手紙を放置して反省したのを踏まえ、手紙や報告書の扱いを厳重にするようになったのだから、紛失や見落としは絶対無い! ……はず。うん、無いと信じる。
「……領内で前々からそんなことが起きているなんて全く聞いていないんだけど。ノース?」
「い、いえ、私の方もそのような報告書は見ておりません。配達中に何か……もしかしたら、問題の中心となっている代官が隠蔽謀ったのではないでしょうか?」
「ああ……」
代官というのは町の治安維持や徴税なんかを領主に変わって勤めてくれる領主代理人だ。そんな立場の人間が中心となっているのならあり得ない話ではない。
『領民を無下にする非道の領主』に一歩踏み入れてるのは不味い。町民たちの溜まりにたまった怒りが爆発する前に、急ぎ事を治めなければ。
「一旦、ニーヴェルの件は保留にしよう。公爵領の緊急事案が優先だ。私が現地に赴き、一連の騒動に対処する。ノース、兵を集めて急ぎ出発の準備を」
「何を仰られるのですアマーリエ様!? 何故貴女様が自ら行かれるのです! その男の嘘かもしれないではないですか!」
「は?」
「争いがあった等と言ってアマーリエ様を外に連れ出し、不埒な事を考えているやもしれません! 万が一本当の話だったとしても、アマーリエ様がここを離れる必要はありませんわ!」
「不埒……」
「何てことを言うんですか、キャロライン様! 僕は嘘なんか言っていません! どうして僕が嘘を吐かなければならないんですか!」
「おだまり! 田舎者がアマーリエ様を顎で使おうなどと無礼にも程がある!」
「そんなつもりはありません! 僕は故郷の皆を助けたいだけです! 奥様、お願いします! 僕の家族や友人たちを助けてください!」
キャロラインの発想は突飛だが、言われてみたら彼の言う町長からの手紙が無い現在は嘘か信かの判断は難しい。
でも、執事補佐の言う通り彼が私に嘘を吐く必要は………………多分、単なる身代金目的の誘拐から敵国の介入まで幅広く可能性はあるな……。
だからといって民の言葉を蔑ろにするのは捨て置けない。
「落ち着け、キャロライン。嘘か信かは行けばわかるし、共に行くのは王国の精鋭だ。何かあっても必ず守ってくれる。勿論、私自身も警戒を怠らないようにするよ」
「か弱い貴女様に何ができましょうか! 大事な御身に何かあったらどうするのです! バレンシア様が悲しまれます!」
か弱い……? と内心突っ込んでしまったがそれはさておき。
初めて聞いたが聞き馴染みのある名前の人物は、アマーリエ・バルカンの実母である側妃バレンシア・アーディーのことだ。もう五年近く交流もないし、なんなら城に居たときだって冷えきった母子関係になってる人の名前を出されてもね。
「私は領主だ。領民の問題解決に動くの間違ってないだろう。これは領主の私の決定だ、キャロライン。これ以上の問答は認めない」
「なっ……。……わ、わかりました……」
「現地に出向く間、ヨーキリス母子は館内に滞在させる。しかし、それは完全に受け入れた訳ではなく、あくまで保留ということにする」
私の下した決断に、苦虫を噛み潰したような顔で嫌々了承を示したキャロラインだが、ヨーキリス母子の処遇を聞いて更に眼を鋭くさせた。
「……それでは実質的には受け入れているのと変わりませんか?」
「……………………」
ばれたか。
アレコレ考えず、直感で考えると、やっぱりクソガキといえど一人の子供として保護してやりたい気持ちが強い。行って帰ってくる間の短期間でも預かれないかと勢いで丸め込めこもうと思ったが流石に誤魔化せなかったようだ。
その時、私たちの様子を伺っていたノースが口を開いた。
「……奥様。提案なのですが、令息を客人としてではなく、労働者として滞在させるのはいかがでしょうか?」
「労働者? で、でも、ニーヴェルはまだ十歳だし……」
「他家の子息が教育を兼ねて従者見習い、書記補佐、雑用見習いなどに就くことはままあります。滞在の大義名分としては十分に筋が通るかと思います。保護対象であるが労働の対価として滞在しているという体裁であれば、公的には『受け入れた』とは見なされにくいかと存じます。……それに、平民の子は物心つくかつかないかの頃から働いて賃金を稼いでおります」
「あ……」
最後の言葉が胸に刺さる。
ノースは男爵家の出身だが、名ばかり貴族だったらしくて、苦労していたのは想像にがたくない。
労働者と聞いて、ゲームでの子供たちの奴隷生活が頭を過って無意識に否定的な言葉が出たのだが、そんな事情が彼の知る訳もない。
呆れとも諦めともいえる複雑なその表情は、苦労知らずの元王女様のようなセリフを発した私に向けられているのかと思うと、恥ずかしさで顔が熱くなる。
「す、すまない、ノース。悪気があって言った訳じゃない。そ、そうだね、ノースの意見を採用させてもらうよ。キャロラインもいいよね?」
「……下働きとして扱うというなら、納得致しましょう。あれらを客人”と呼ぶのは、虫唾が走りますから」
言い方ぁ! でもこちらが無理を通して貰ってるのだし、スルーする。
「そ、それじゃあノースは出発の準備をお願い。ついでに廊下にいるヨーキリス母子を中に入るよう伝えてくれない?」
「畏まりました」
恭しく頭を下げ、退出するノース。
入れ替わりにヨーキリス母子が入ってきたので決定を伝えた。
「ということで、今はまず町の対応を優先します。令息の扱いについては、一先ずは短期間の雇用。戻ってから再度会議ということに決まりました。異論はありますか?」
「短い間でも匿って頂けるのですから、ありがたいことでございます! 本当にありがとうございます! これでもう大丈夫よ、ニーヴェル。あなたもきちんとお礼を言いなさい」
「あ、ありがとうございます……」
安堵の喜びを顕にするヨランダに対し、ニーヴェルは笑顔をひきつらせている。そりゃあ、自分が働かせられるなんて考えてもなかっただろう。
ニーヴェルにお家の乗っ取りをさせない方法としてもかなり有効だったんじゃないか? あとでノースに臨時ボーナス支給しなきゃね。
「夫人はどうします? ご希望とあらば夫人も雇いますが……」
「お気持ちはありがたいのですが、今回の件を父に伝えに一旦戻ります。奥様のご帰還にあわせてまたこちらに伺わせていただきます」
「わかった」
こうして、何の因果か再び現れたニーヴェルは働き手という名目で再び屋敷に屋敷に留まることとなる。
彼の本性を見抜いたまま、あえて目をつぶったままで、私はその日のうちに山間の町へと出立することになったのであった。
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