法の壁
いいね、ブクマ、誤字脱字報告、ありがとうございます!
誤字脱字がやばすぎて自分でもびっくり…。
そういえば、ニーヴェルめっちゃおとなしくない?
以前の彼であれば入ってきた側から傲慢な声をあげてきそうなものだったが……そう思いながら二ーヴェルを見れば、彼はヨランダの影に隠れるように立っている。
「随分と静かだな、ヨーキリス令息? 以前の元気はどうした?」
「っお、奥様っ! その節は息子がとんだご無礼を……」
「いや、夫人からの謝罪はもう結構です。だけど、お前からはまだだったな?」
声を掛けると、ヨランダが庇うように前へ出てきた。なんだかんだあっても、未だに息子には甘いのか……ヨランダを下がらせ、揶揄するように問いかける。もちろん、もう怒ってはいない。彼が今回のことについてどう思っているか、話すきっかけを作ろうと軽く声をかけたつもりだった。
「その節は、本当に申し訳ございませんでした」
しかし、返ってきたのは想像以上に真摯な謝罪だった。
ヨランダの後ろから前に踏み出した二ーヴェルは、私に謝罪を述べたあと、深く頭を下げてきた。
以前とは180°異なる彼の態度に言葉を失い、一体何があったんだとヨランダを見るが、彼女自身も目を丸くして息子を見下ろしている。織り込み済みだったわけではないということ? ってことは、自主的に改心したのだろうか?
「あ、頭を上げていいよ、令息。謝罪を受け入れる。この短期間で、礼儀を叩き込まれたようだね?」
「はい、奥様のお陰です」
穏やかな声と、口元にカーブを描きながら、そんな答えが返ってくる。
まるでお手本のような所作と返答。さすが家庭教師をしている母を持つ子供だと一瞬感心しそうになった。
――だけど、気づいてしまう。
少年の隠しきれない感情が、目に宿っていた。
それは元OL時代に、会社や飲みの場でよく見た光景だ。二ーヴェルの表情は、『いけ好かない上司ながら出世のためにゴマをする部下の表情』であり、その笑っていない目が語るのは相手を軽んじ、格下認定しているということ。
つまるところ、二ーヴェルは依然『自分は皇帝の息子であり、この場で一番高貴な血筋である』と思い込んでいるクソガキのままで、バルカン家の乗っ取りを諦めていないようだ。
(そりゃ子供といえどこんな短期間での更生なんて無理だよね〜。危ない危ない、騙されるところだった)
こんなあからさまな表情であればヨランダも息子の思惑に気づいているだろう……と再び彼女に目をやったが、彼女は両手を口元に運び、『まあ、息子ちゃん! 立派に成長したのね!』と言わんばかりに目を潤ませて感動しているようだった。
(この人、非の打ち所がない親バカだ。二ーヴェルの二面性に気づかないわけだわ。ニーヴェルは一体誰にこんなこと教えられたんだか……)
呆れて物が言えない母子を冷めた目で見ていたが、レモンの香りを漂わせたカップが視界を過る。
「ところで、何故あの二人がお越しに? 以前の件は解決されたのですよね?」
「うん、まあ、一応ね。……あ、そうだ。キャロラインとノースの意見も聞きたいんだけど、いいかな?」
「はい? ええ、私でよければ……」
「お願い。ケイレブの件でキャロラインには助けられたからね」
「はあ……?」
キャロラインは不思議そうな顔をしているが、どうやら自身がケイレブの身内を見つける鍵となったことを覚えていないようだ。
「お、奥様、私もですか?」
「うん、ノースのも。他人の意見に耳を傾けてると、意外と名案が降ってくるものだからね。良いアドバイスを期待する」
中年執事ことノースが戸惑いの声を上げる。代理として、パーシーみたいに良策を提案してくれると助かるんだけどな。
話し合いをするからと一旦親子を廊下に出して、淹れて貰った紅茶で喉を潤してから切り出す。
「まあ、詳しい事情は話せないんだけどね。ヨーキリス領で今現在重大な問題が起きてて。で、安全の為にニーヴェル・ヨーキリスを預かってほしいと頼まれているところなんだけど、どう思う?」
「男爵家ごときの問題にアマーリエ様を巻き込むな、と思いますわ」
「詐欺行為の件は奥様の温情で見逃されたのに、そこに付け入って頼み事をしてくるなんて厚かましい……と思います」
「そこ? いや、それはそうだけどね。言葉が足らなかった。そういう意見は今は置いておいて、どう対応すべきだと思う? ってことを聞きたかったんだ」
「奥様はヨーキリス令息を預かるお考えなのですか?」
「正直言えば、迷ってる。本音を言えば、他家のことに首を突っ込みたくない気持ちが大きい。しかし、一度結んだ縁。子供の身に危険が及んだらと思うと、無碍にするのも気が引ける。でも、事情が事情だからと二の足を踏んでいてね……」
「わたくしは反対ですわ。アマーリエ様は、あの子供の数々の無礼をお忘れですか? あんな立場を弁えず野蛮で、何処の馬の骨ともわからない子供を育てる下賤の頼みを聞いて、なんの得がありましょうか。しかも、男爵自身が訪ねて頭を下げるでもなく、手紙一枚で話をつけようなど、アマーリエ様を馬鹿にしております!」
キャロラインは大反対のようだ。言い方は悪いが、詳細を語れない以上彼女の言っていることはおかしくない。しかも、前回のことでニーヴェルの傲慢ぶりは屋敷中の者に知れ渡っている。毛嫌いしてしまうのも仕方がないだろう。
「ノース、あなたは?」
「奥様の下々の者を思いやる気持ちはとても素晴らしいと思います。しかし、現在の情報だけを鑑みるに、それは領主法に触れるかもしれません」
「え? ……えーと、それって……どれ……?」
領主法とは、その名もずばり『領地持ちの領主の役割』についての法律だ。パーシーを筆頭に周りから耳にタコが出来るくらい教えてもらった法律なのだが、そこそこ項目があるから、ノースがどれのことを言ってるのかわからない。
「領主法の一項に、“自領で起きていることは基本、自領内で解決すべし。他領を頼るのはそうしなければ解決しないときに限る。また、頼る場合は相手の領地に損害を与えてはならない”とあります。『男爵家では手に余るから公爵家に頼る』というのは……それはそれで問題はありますが、公爵領にも危害が及ぶ等といった、関連するような話であれば一応は納得されるでしょう。
また、親族間や友人関係などの採算度外視、上下関係からの利害の一致などで手を貸すことはままあります」
ノース凄い! 流石、パーシーの代理で私の補佐になってくれてることあって知識半端ない!
「しかし、公爵領地と男爵領地は、縁もゆかりもない、ただ隣り合っているだけの関係。しかも内容が夫人の婚外子の護衛という、バルカン公爵家にはなんの関係もない話。
奥様の下々の者を思いやるお気持ちは否定しません。しかし奥様は個人としての前に、まずは領主としてのお立場で物事を考えねばなりません。ヨーキリス令息を預かることによって公爵領が得るもの、令息を預かる間に掛かる費用、また領民に掛かる負担や迷惑を考えるべきかと。
それらを踏まえて個人的な意見を述べさせてもらえば、今回の場合は『預からずに帰す。それでも助力が欲しいなら、契約を結んだ後に治安維持の応援を送る』のが妥当な対策になるかと思われます」
「な、なるほどね……」
うん、ノースも預かるのには反対のようだ。
二人の意見はもっともだ。今の私は領主持ち貴族。ならば、個人より領民のことを考えねばならないのは至極当然。しかも法律なんか出された日にゃ法治国家出身の私には守らなきゃ! って思いが強く働いた。
でも、将来的にバタフライエフェクトが起きて、領どころか国中に戦乱の嵐が巻き起こったらどうしよう……なんて考えるのは考えすぎだろうか。
(二人のアドバイスを聞いて尚預かるなんて言ったら、こっちはこっちで反感買うよね……。……もうこうなったら、ちゃんと口外しないよう約束させて、ニーヴェルの正体を二人に話して再度意見を仰ぐか……? うん、そうしよう!)
そもそもな話、私一人で抱えるには大きすぎる話だ。彼らだってこの国の民、一緒にこの重大な問題について考えるのは悪くないだろう。
デモデモダッテに疲れ、半ばやけくそになりながら、そう思って口を開き掛けた寸前、部屋の戸が慌ただしく叩かれた。
お読みいただき、ありがとうございました(*^^*)




