申し出
いいね、ブクマ、感謝です!
入室シーンが多いなぁと自分でも思ってるw
「ごきげんよう、ヨーキリス夫人、そしてヨーキリス令息。もう自領に戻られたのでは無かったのですか?」
中年執事に案内されてやってきたヨーキリス母子に対して、無意識に不審を滲ませた声をかける。入ってきた時は笑顔だったヨランダだが、ソファーから立ち上がろうともしない私を見て瞬時に顔を強ばらせた。
あ、とは思ったけど、アポも無しに来たのに『いらっしゃい』というのはおかしいような気がするからよしとする。
「ま、前触れもなくお伺いしてしまい、申し訳ございません。アマーリエ様に急ぎの用がございまして……無礼とは思いましたが、訪ねさせて頂きました」
「急ぎの用? 何?」
「は、はい……。……あ、あの……」
言いづらそうに言葉を濁させたヨランダ。気持ちを落ち着けるように大きく深呼吸……したと思ったら、勢い良く頭を下げられた。
「お願いがございます! どうか、ニーヴェルを、息子を暫くの間預かって頂けませんでしょうか?!」
「…………………………は?」
全く予想していない用件。私の頭上が可視化出来たらはてなマークが乱舞していただろう。
だって、折角『アマーリエ・バルカンに子供を渡すことなく支援を送る』という見事な円満解決に至ったのに、戻って来ようとする意味が理解出来なかった。
「詳細は此方に……父、いえ、前ヨーキリス男爵より手紙を預かっております。ご確認いただけますでしょうか?」
「手紙……」
先代ということは、現当主の弟ではなくヨランダの父親からか。
手紙を受け取った中年執事から渡される便箋に目を通す。
どうやら帰還前に一度手紙を出していたようだ。まずは家族の為とは言え騙そうとしていたことへの平身低頭の謝罪と、許してくれた上に支援までくれたことの感謝が綴られ、それから本題だろうことが書かれている。
その内容を要約すると、
『最近、領主町にフードを被った怪しい一団が出没している。声を掛けられた者によると、“八歳前後の子供を探している”と言われたらしい。確証はないが、帝国の者がニーヴェルを捜し出し、連れ去ろうとしているのではないかと思っている。こちらでも警戒はしているし調査をしているが、我が家程度の警備で、帝国の間者を防げるかどうか……いや、正直に言えば守りきれる可能性は極めて低い。そこで相談だけど事が収まるまで、ニーヴェルを預かってほしい。隣のよしみで助けてほしい』
――ということが、長々と綴られており、目が滑るわ霞んでしまうわで何度か読み直してちょっと疲れた……。
読むの面倒臭いから口で説明してほしかったけど、事情を知らない中年執事が室内にいる中でのこの内容は口に出せないだろうと納得する。
……えーと。
先ず、気にするべきは国内に敵国のスパイが侵入してるかもってとこだよね? これってフツーにまずいよね? 国境でもない領地に敵国のスパイに入り込まれてたって話なら大問題だ。流石にお上に報告しなきゃいけない事だけど……。
「……先ず確認ですけど、これ、王都に使いは出しました?」
「それは……」
「……え? ……する予定は?」
「…………………………」
「……マジ? 嘘でしょ?」
思わず素を出して頭を抱えてしまったが、それどころじゃない。
だって帝国からヨーキリス領の間に王都があるんだよ!? つまりはめっちゃ容易くめっちゃ深くに入り込まれてることじゃん! これ、領内間で済ませる話じゃ絶対ないって!
「私を頼る前に普通するでしょ、こんな重大なこと……!」
「か、重ね重ね面倒事に巻き込んでしまい申し訳ないとは思っております。しかし、こんなことは奥様にしか頼れず……!!」
頼る先間違ってるって!
国家の安全保障に関することなんてFBIとCIAがすることであって、OLの仕事じゃないんだわ!
百歩譲って個人間ならまだしも、国家間のことなんてチキンハートな私には対処できないって!
外身は元王女現公爵夫人だけど、中身一般人なんだぞと叫べたらどれだけよかっただろうか……。
「そう易々と頼られても困ります。この話の危険性は夫人にもわかるのでは?」
「わ、わかっております。ですが、そうすると私や息子のことを話さねばなりませんので……」
「子を思う親の気持ちはわからなくもないですが、息子の為に国の脅威を放置すれば、元も子もなくなると思いますけどね……」
「……駄目……でしょうか……?」
「それは……」
返答に詰まる。
正直、預かるか預かりたくないかって言われたら、初志貫徹、預かりたくない。
だって屋敷に置いてあげた結果、よく聞く強制力によってゲームと同じ展開にされたらこれまでの努力が水の泡だ。
かといって、断った結果ニーヴェルが拐われされでもしたら後味はかなり悪い……。
なんとか双方納得合意の上でお断りできたらいいんだけど、断りの理由がパッと思い付かない……。
こんな話ならとりあえず話をなんて優しさ出さなきゃ良かったと後悔が押し寄せる。
考えすぎてズキズキと痛み出すこめかみを指で押し揉みながら、尚も考えを巡らせようとしていると、部屋の扉をノックされた。
「誰?」
「お忙しい所、失礼いたします。キャロラインにございます」
「キャロラインか。どうぞ」
助かった。入室を促すと、扉前にいた親子が横に逸れる。扉が開くと、ティーセットを乗せたワゴンを押しながら部屋に入ってきた。
「失礼します、アマーリエ様。そろそろご休憩でも如何と思いまして、お茶をお持ち致しました」
「ああ、ありがとう、キャロライン。ちょうど頭が回らなくなっていた所だから、凄く助かる」
あ、そういえばヨランダたち座るよう言ってなかったな。お茶を持ってきてもらったのを機に座らせようか……と思ったが、押されてきたワゴンの上にはティーセットが一人分しかないのに気付く。
「キャロライン、彼女たちの分は?」
「まあ、アマーリエ様。約束も前触れも無く訪問してきた無礼者に出す茶は、公爵家にはございません。下位の者が、上位の家を訪ねるにあたって……いえ、一般常識として、他家への来訪時に前触れもないなんて有り得ないことですわ。一体、家や学園で何を学んでいたのやら……」
おっとぉ。仏のような笑顔で滑らかに毒吐くじゃん。オホホホホと優雅に笑いながら茶を淹れているキャロライン越しにヨランダを覗き見れば、恥ずかしそうに小さくなっている。
まあ、マナーに厳しい貴族社会では当然の対応なのだろう。流石に今回はキャロラインの言うことの方が正しいと思うし、私もそんな感じの対応してたから窘められない。小さく肩を竦め、茶が入るのを待つ。
お読みいただき、ありがとうございました(*^^*)
またゆーーーーーっくりと書いていきます。




