ニーナと話2
いいね、ブクマ、感謝です!
前の続きなので短めです。
「それからまた暫くは四人で王都暮らしをていました。しかし、私は四年前に大病を患いまして、一応は回復したものの体の衰えはどうにもならず。長くないのであればせめて最期は故郷でと思い職を辞し、ここバルカン領に帰ってきたのです。それが今から三年前です」
ここまで話して、ニーナは嫌なことを思い出したように顔を曇らせ、小さく溜め息を漏らした後、再び口を開く。
「私の故郷ですし、知り合いも多いので、初めの頃は恙無く穏やかな日々を過ごしておりました。しかし、ヨツバの美しさが仇となりました。年々美しくなる幼いヨツバを連れだそうとする者、体に触れようとする者、好色な目で見、囁く者などが増えていきました。直接害を為そうとした輩はアンナが制裁し、ヨツバに被害が及ぶことはありませんでした。しかし、そんな日々を過ごしている内に徐々に他の村人から距離を置かれるようになって……邪な輩も減ることはなく、村での生活に苦痛を感じていた、そんな時でした。ライニール様が現れたのは……」
とうとう二人が再会を果たすぞ!
いや、ある程度は報告書に上がってるから知ってるんだけど、当事者たちから聞いた方がこう、盛り上がるじゃん?
クライマックスシーンを見ている気持ちでニーナの話に集中する。
「娘がライニール様と再会したのは、お二人がバルカン領に入られた日……。覚えておいででしょうか? 館に向かう途中、大雨で橋が壊れ、立ち往生して村に立ち寄られたことを……」
「いや、覚えてないですね」
アマーリエにとっては取るに足らない記憶だったのか、思い出そうとしても出てこない。
王都からバルカン領領主街に行くまでの途中には、確かに橋の掛かった大きな川が近くにある村がある。その村がニーナの故郷に当たる村だったようだ。
「失礼しました。娘とライニール様は、その時に再会したそうなのです。それから、二人がどのような経緯でまた会うことを決めたかは私も知りません。しかし、ライニール様は自身によく似たヨツバだけではなく、ミツバも娘として認めてくださり、不埒な輩から子供たちを守ることを約束してくださいました。そのお陰で、私たちは静かな生活を送ることができておりました」
村人相手に何をしたんだライニール。腕力は無さそうだし、権力もあるようでないようであるような人だから、貴族として立場と推測しておく。
アンナとの逢瀬は子供たちの安全と引き換えか、自分に似た子供に愛情を抱いた父親心か……今となっては知るよしもないな。
「……孫のことがあってから、娘に『引っ越す気はないか』という趣旨の質問をよくされておりました。初めは時間が解決してくれるからと、その気は無かったのですが村の者からの所業は悪化するばかり……。だから、つい、『孫たちが安心して暮らせるのであれば』と、言ってしまったのです。……そうしたら、あの日、二人は初めて、一緒の馬車に、乗って、出掛け、たのに……」
ニーナの声が段々と上ずっていき、両目が潤んでいく。これは泣くぞ……とハンカチを渡そうとしたが、そもそも泣くことなんて想定してないから準備していなかった。
「で、出掛けて、すぐに、橋が、壊れて、馬車、が、流された、と……助けられたときには、二人とも……」
その時を思い出したのだろう、ニーナの目尻からぶわわと溢れ落ちた涙が、窶れた頬を濡らす。
「あ、アンナと、ライニール様が、し、死んでしまっ、たのは、私の所為、です。本当に、本当に、申し訳、ございません……!!」
涙の止まらない顔を隠すように両手で覆い、腰を折るニーナ。スペースがあったら土下座してただろう勢いだ。
「あ、謝らないでください。あなたは何も悪くありません。どう考えたって運が悪かっただけですって。どうして貴方の所為って考えるんです?」
「ですが、わたくしが、あんなことを、言わなければ、娘、たちは、出掛け、なかった、はず……」
「そうとは限らないでしょう。たまたまその日を二人の初デートに定めていたかもしれない。理由もわからないのに自分を責めるのはおかしい」
「ですが、ですが……!」
「今はお孫さんのために、最善を尽くすことに努めていた方がいい。私は貴方の所為だとは思っていませんし、貴方を責めるつもりはありませんよ」
「っ!! ……も、もうしわけ、ございません……ありがとうございます、ありがとうございます……!!」
そりゃ死んだばかりの娘の話なんかしたら悲しくないわけないよな……。対してライニールに思い入れのない私は全然悲しくないわけで、ヒックヒックとしゃくりあげて泣く老人を前にするのはかなり居心地が悪い。
「お話を聞かせてくださりありがとうございます。報告書とほぼ相違無いことを確認させて頂きましたし、ここに来た理由も理解しました。トリスタン家からの返事が未だ着ていないので今後の先行きは未定ではありますが、先程も申し上げた通り悪いようにはしません。今暫く心穏やかにお過ごしください。本日の話は以上とさせていただきます」
そう言うと、ニーナはコクコクと頷いて返事をした。外で控えてもらっていたメイドに声を掛けニーナを客室に送るように頼むと、メイドは足元の覚束ないニーナを労りながら客間から出ていった。
「……なんというか、アンナって掴み所のない印象だな。まあなんにせよ、悪女じゃなくて良かったわ。そりゃそっか、あの姉妹の母親だもんな」
一人になったのを良いことに、ソファーに横横たわり、報告書に目を通しながら独りごちる。
「しっかし、トリスタン家から返事来なさ過ぎじゃないか、マジで。位置的に遠いといえば遠いが、せめて検討中の返事があってもいいと思うんだけどなー」
可能性としては、①届いているがまだ考え中、②不慮の事故による未着、③届いているがライニール関連受付窓口の元まで届いていない、④無視。
④だったら悲しい、③は現当主の妨害の可能性が微レ存。①か、なんなら②であってほしい。
「切実に1希望だけどねー。念のため、パーシーに催促の手紙置くってもらうかー。っ……! い……ったあー……」
突然、ズキンズキンと頭が痛み出す。無意識に話し合いに緊張してアドレナリンで抑えられてたのかな?
押し揉んで痛みを和らげていると、ノック音が響いたので起き上がって入室を促す。入ってきたのは、パーシー代わりの中年執事だ。
「失礼します、奥様。お客様がいらしております」
「客? まさかのトリスタン家?」
「いえ。以前来られたヨーキリス男爵令嬢とご令息でございます。こちらにお通ししてもよろしいでしょうか?」
「は?」
もしかしてホーンバック公爵同様トリスタン公爵家もアポ無し突撃してきたのかと一瞬期待したが、予想だにしない来客名に耳を疑う。
もう何日も前に、我が家からの支援物資を積んだ馬車団と共に、ヨランダとニーヴェル母子も男爵領に帰った筈だ。日数的に言えば境界を越えて、領主街に向かっている頃だと思っていたのだけど……。
……なんか嫌な予感がする。その為か、二の腕に鳥肌が立った。
お読みいただき、ありがとうございました(*^^*)




