パーシーの陳述2
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四年という歳月が経過し、その頃のクロノア様は時間と新たな出逢いのお陰で傷が癒され、トリスタン公爵領では以前のような穏やかな日常を取り戻していた。
そんな時にジュディス様から届いた手紙――学園卒業後のライニール様の進退の相談が書かれているのかと思えば、イナベル様が起こした事件のことが綴られていた。
イナベル様のライニール様への愛情はアネモネ様やクロノア様の離脱を機に、徐々にねじ曲がっていたのだ。
妙齢になっても婚約者も決められず、恥も外聞もなく弟の護衛役を買ってでていたのだが、その事をからかってきた他国の騎士と口論となり、剣を抜いてしまった。最悪なことに、その争いでイナベル様は負傷してしまったのだった。
急ぎ王都に出向いたエドガー様は、数ヵ月後に早期卒業させたライニール様と、気の毒な程窶れてしまったジュディス様を連れて帰領。イナベル様は相手騎士の「責任を取る」との申し出をそのまま受けて怪我の回復後に無理矢理嫁入りさせ、そのまま隣国へと旅立たれていた。
久方ぶりに会ったライニール様は変わらずお美しかった。すっかり老け込み、窶れ、萎れるご両親を尻目に、ライニール様だけは艶やかに輝き、変わらぬ輝きと微笑みを湛えさせていた。
まるで骨と皮だけの痛々しい姿になったジュディス様。ジュディス様が出した手紙の内容の八割は嘘で、ライニール様はいつも女性を侍らせ、ジュディス様とイナベル様の眼を盗んでは女性と逢い引きし、数え切れないほどの女性問題を巻き起こしていた。
ジュディス様は領地の我々を心配させまいと一人奮闘していたのだが、ライニール様を改心させることは叶わず、イナベル様の事件を機に心が折れてしまったようだ。
クロノア様はライニール様に会うことも敷地内に入れることも拒否されたので、エドガー様はクロノア様に当主の座を譲り、ライニール様と二人で別邸で暮らし始めた。
だが、エドガー様の手腕でもライニール様の女癖の悪さを止めることは叶わず……。
精魂尽き果てたエドガー様は、最早更正は無理だと諦め、『第四子ライニールのトリスタン公爵令息としての権利を剥奪、何があっても自己責任となりトリスタン家はどのような件でも関係無い』と公布し、ライニール様は影ながら監視は付けられるものの自由にさせることとした。
――本音を言えば籍を抜いて放逐したかったようだが、ジュディス様がそれだけは、と泣いて乞うものだから籍はそのままとなったようだ。
こうしてトリスタン家は、ライニール様の誕生によりバラバラなってしまったのである。
箍が外れたライニール様は社交界を自由に渡り歩き、数々の浮き名を流した。話が届く度、エドガー様とクロノア様は身内のだらしなさを恥じ入り、肩身の狭いを思いをしていた。
だが、不幸中の幸い――と言っていいのかはわからないが――不可思議なことに、ライニール様を非難するものはごく僅かだった。
女たちはライニール様との関係を夢のような甘い思い出として語らい合い、男たちは生ける伝説としてライニール様を褒め称えた。
これも人外魔性の魅力の所為か、それとも人心掌握が並外れてうまかったのか……恐らく、どちらもなのだろう。
そんな放蕩の限りを尽くすライニール様が結婚するなど、誰が思っただろう。
それも、王が大事に大事にしておられた箱入り王女のアマーリエ様がお相手だと、誰が予想できただろうか。
アマーリエ様は国王と側妃様の間にお生まれになった寵児として、蝶よ花よと可愛がられてお育ちになった。それ故か、勉学、稽古事、政は不得意な反面、買い物やパーティーなど娯楽には熱心で、幼い内から浪費と遊興にふけっておられた。
一応、王妃様を中心とした方々の奔走により王女は必要最低限の知識とマナーを身に付けられたようだが、人の上に立つ資格は身に付けておられない。
ライニール様関連の窓口となっていたエドガー様は、王家からの婚約打診を当然断ろうとなさっていた。
しかしそれはライニール様をトリスタン家から放出したいクロノア様の目論見によって阻止される。
当主の思惑と王女の我が儘が一致した結果、お二人は婚約どころか一気に結婚まで果たされた。突然のことだったので式は親族のみで行われたが、王族らしい豪華な式であったらしい。
お二人には王家の持領であったバルカン領を拝領されることとなる。
だが、アマーリエ様は元より、常日頃『平民になっても養い先には困らないから、仕事をするくらいなら女を抱く』と宣言していたライニール様が領主の仕事などできようか。
『パーシー。学園時代から今に至って、君の忠義には感謝してもしきれない。そんな君にこんなことを頼むのは心苦しい。だが、かつて学年一優秀な成績を修め、私とクロノアと二代続けて支えてくれたその才能を顧みて、頼みがある。領民の為に、君の優秀な頭脳と手腕でバルカン領を支えてほしい』
ライニール様の父親として誰よりも責任を感じ、誰よりも領民たちのことを憂い考えていたエドガー様は、そう言って私に頭を下げられた。
思うことは多々あれど、息子や国の為ではなく民たちの為というエドガー様のお気持ちに胸打たれた私は、その頼みを引き受けた。
執事長という肩書きを得、降嫁した王女の下に仕えるのだ。端から見れば出世したかのように思えるだろう。だが、バルカン家への出仕は決して栄転などではない。
エドガー様が危惧していた通り、バルカン公爵ご夫妻が政務に携わることは一切なかった。
想定通り、私を領主代理として政務を行っていたが、遊行に大金を費やそうとする夫妻を諌める業務も加わった為に当初考えていた何倍も忙しく、骨の折れる毎日を送ることとなる。
王女改め公爵夫人となられたアマーリエ様にお会いしてみると、成る程、まだ幼さが残りながらも傾城の美と称された母君に似てお美しい。
しかし流石のライニール様とて幼すぎるアマーリエ様に興味が沸かなかったようだ。初夜を先延ばしになされたのは、本音を言えば余計な揉め事を起こさずに済んだので、ライニール様の数少ない英断だっただろう。
予想通り砂糖を煮詰めた塊のようなアマーリエ様は、ライニール様の巧みな話術に見事引っ掛かり、乳母と共に毎日のように茶会を催されながら、その日が来るのを待ち焦がれておられた。
そんな日々は三年後、ライニール様の死によって終わりを告げる。
愛人との旅行中に起きた事故による死――悲しみよりも、あの方も人であったかと驚きの感情が勝ったと言ったら、不忠や非情だと謗られただろうか?
葬式は、結婚式同様身内だけで行われた。
正直、あの場でライニール様の死を心底から悲しんでいたのはアマーリエ様とジュディス様だけだっただろう。エドガー様も一応は悲しんでおられたが、肩の荷が降りたように安堵しておられたご様子だった。
慌ただしかった日々がようやく少し落ち着いたと思ったら、今度はライニール様の隠し子騒動……いや、寧ろそれまでその話がなかったことが不思議な話だ。しかも、名乗り出たのが三人だけというのがまた驚いた。
勿論、そんな話をすぐに信じる訳にはいかない。
まずは私が話を聞こうとした矢先、運悪くアマーリエ様と鉢合わせし、ライニール様に関する大事な話だと聞いたアマーリエ様は彼女たちを屋敷に迎え入れて……。
初めはどうなることかと思ったが、ライニール様の死を契機に、アマーリエ様が変わってくださったのは僥倖であった。
経験不足から、まだまだ領主としては未熟ではあるが、下々の声をよく聞き、よく学ぶ姿勢は評価されつつある。
問題はあの乳母だ。側妃様の学友で、側妃様の推薦で乳母になった立場だと聞いている。側妃様の後ろ楯もあり、諌めることはできても強制することは叶わず、私の悩みの種の一つだった。
今はまだアマーリエ様の急激なご成長に対応できず、以前と同じように対応してアマーリエ様に叱責されているようだ。
まあ、彼女もいずれは受け入れる日が来るだろう。
あとは、アマーリエ様がもっと落ち着きのある態度や淑女らしい言葉遣いをお願いしたいところだが……おっと、少々言葉が過ぎたようだ。
アマーリエ様とお話する際は、余計なことを言わないようにせねば……。
お読みいただき、ありがとうございました!
なお、色々語ってますが、彼がアマーリエに伝えたのはトリスタン公爵家の内情だけで、バルカン家に仕えてからの話は言ってません。




