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どうやら悪逆非道の女領主に転生したようです。目の前には将来私に復讐する子供達がいます。どうしよう  作者: 福 萬作
第二部

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32/56

保護


 幸いなことに、ヨツバの目的地は馬車からそう離れていなかった。ぎりぎり雨を凌げる屋根のある路地裏。そこに積まれた木箱の横で、ニーナはそこにぐったりと座り込んでいた。ミツバは彼女のスカートに顔を埋めるように蹲っていた。


「おばあちゃん!! ミツバ!!」

「ニーナ!?」

「! おね゛えぢゃん!!」


 声掛けに反応したミツバが勢いよく飛び起きて、ヨツバに抱き着いてびえええんと盛大に泣き出した。ヨツバは涙でぐちゃぐちゃな妹を優しく抱き締めて安心させている。


 そんな姉妹の再会を尻目に、私は身動ぎ1つしないニーナの前に膝を折る。よく見ると、ニーナの頭から一筋の血が流れていた。慌てて呼吸を確認する。体は冷えているが、脈もあるし、呼吸はゆっくりとだがちゃんとしていたので安堵する。


「う……」脈を確認するために触れたからだろうか、ニーナが小さく呻き、瞼がゆっくりと持ち上げられた。

「ニーナ!」名を呼ぶも、視界も意識もはっきりしていないのだろう、表情がぼんやりとしている。

「……ここは……。いたっ……!!」

「「おばあちゃん!!」」


 痛覚も取り戻しだのだろう。ニーナが顔を歪めて悲鳴を上げると、私とニーナの間に子どもたちが押し入ってきた。二人を認識したニーナは、痛みを我慢しながら孫たちに弱々しく笑いかける。

 

「……ああ、ヨツバ……無事だったのね……怪我はない……?」

「わたしは大丈夫。おばあちゃんは? いたくない?」

「私も大丈夫……ミツバも無事で良かった……」


 幼い姉妹を両手で抱き締め涙を流す姿にうるっとくる。私は動物と老人と子供系には弱いんだよ!


「本当に無事で良かった……それに人を呼んできてく…………り、領主様!?」


 顔を上げ、私と目があったニーナは一瞬固まった後、目を剥いて驚愕を表す。そりゃ普通こんな状況で(領主)が来るとは思わないよね。


「りょ、領主様が何故……!?」

「その話は後で。今は医者に行こう。イーロン、急ぎ彼女たちを医者の元までた」

「っ! お、お待ち下さい!」

 

 付いてきてくれていた騎士に運ぶのを頼む為下がろうとしたが、ニーナに腕を取られて叫ばれた。目に見えて具合が悪そうなのにめちゃくちゃ力が強くてちょっとビビる。


「っど、ドシマシタ?」

「お願いがございます! どうかこの子たちを保護してください!」


 ……はい? 保護って、保護? 

 突然の提案に動揺して声が裏返った上に、バカみたいな疑問が過ぎる。

 

「お願いでございます! 私のことは捨て置いて構いませんので、どうか、どうかこの子達をお屋敷で匿ってやってください!」

「い、いや、そんな非人道的なことはしないけど……とにかく話は後にして、今は医者に……」

「お願いでございます! でないと、この子たちが酷い目に……!」

「酷い目? ……それは、この状況となにか関係が?」

「っ、そ、それは……」

 

 そこまで言って何故言い淀むのか……と思ったけど、これは私の質問が悪かったな。肯定すればニーナがこんな目に遭ったのは子供達のせいだと、本人たちの前で言わせるようなもの。でも否定をしないのは、事実子供達が原因なのだろう。姉妹が襲われた? なんで? 誰に?


 ゲームではなんの裏設定もない――いや、ヨツバの実父が貴族(ライニール)って事実はあるけど――他に複雑な設定はない姉妹だった。

 

(せっかく、裏の多い攻略対象たちの片が付いて、話の分かりそうなニーナが保護者の姉妹相手ならもうヌルゲーだと思ったのに!)


 ……まあ、思うことはあるが……。

 ニーナにしがみつかれる私を、不安げな面持ちで見てくる幼い子供たちを見る。ここで訳ありな彼女たちを放り出すのは人間としてどうか。

 

「……わかった。あなた方を我が家で保護しよう」


 結果、私はニーナたちを受け入れることを了承した。困ってる人間を助けるのは良いことだしね。

 

「本当でございますか! ああ、ありが……ござ……ま……」

「「おばあちゃん!!?」」

 

 了承すると、安心したように意識を飛ばしたニーナ。倒れ込んでくる体を支えて再度呼吸を確認する。


「大丈夫、ちゃんと息をしている。聞いていた通り、君たちは事情があるようだから、話を聞くために一時的に保護させてもらうよ」

「は、はい……」


 返事はヨツバだけ。ミツバはヨツバの背中からジト目で私を見てくる。なんか私には強気だな、この子。

 

「奥様、この者たちは一体……?」背後で待機してくれていたイーロンが困惑した様子で尋ねてきた。

「説明はあとだ、イーロン。まずは三人を医者に連れて行く。彼女を馬車まで運んでくれないか?」

「は、はあ……しかし、自分はあなたの護衛ですので、万が一の事があっては……」

「奥様ー! 隊長ー!!」最もなことを言われている途中、他の護衛騎士たちが来てくれたので、これ幸いと三人の保護を命じる。私も傘を差してもらい、先だって馬車に戻ろうとした……のだが。


「いや!」


 幼い悲鳴が聞こえてきたかと思うと、足元に軽い衝撃。見れば私の足にヨツバがしがみついていた。

 ミツバは? と先程まで姉妹がいた場所を見ると、ミツバは既に若い騎士に抱っこされており、ヨツバの行動を不思議そうに見ていた。


「こ、こら! 奥様になんて無礼を! 離れなさい!!」


 イーロンも困惑しながら注意してヨツバに手を伸ばす。その瞬間、ヨツバは大きく体を跳ねさせ、私のドレスを掴む手に力が入ったのが見えた。怯える姿を見て咄嗟に守るように手を伸ばす。


「待て、イーロン。そんな大声を出すな。相手は子供だぞ」

「は、し、しかし……」

「どうした、ヨツバ? この騎士たちは君に悪いことはしない。だから安心していい」


 努めて優しい声を掛けるが、ヨツバは嫌々と首を振って私から離れようとしない。

 さっきまで普通だったのに、急にどうしたのだろう?


(……いや、よく考えたら、ヨツバもまだ小さい。小さいのに、おばあちゃんと妹を助けるために必死になってたんだ。保護されると知って、急に色々と怖くなってしまったんだろうな。見知らぬ騎士よりも、見知った私にしがみつきたくなったのかな)


 そう結論付け、私はヨツバを抱き上げた。


「軽っ! 十歳くらいはもっと重いと思っていたが、こんなに軽いとは……君は本当に天使みたいだな、ヨツバ」

「え……!」


 大きく見開かれた宝石のような翠眼が私を映す。肌も白くて、こんなに近くで見ても毛穴なんて見えやしない。本当に私と同じ人間なんだろうかと疑ってしまう。

 

「お、奥様!?」

「さ、馬車に戻ろうか」

 

 文句を言われる前にヨツバを抱っこしたまま歩き出す。

 どうやら馬車も引き連れてきてくれていたらしい。大きな道に出ると馬車が私を待っていた。ニーナとミツバは侍女たちが乗る馬車に乗せられ、ヨツバは私と共に私の馬車へ。

 中には未だ腰の調子が戻らないパーシーが待っていたが……車内に一歩足を踏み切れた瞬間、ずん、と空気が重くなる。そりゃあ、説教されてすぐ、息もつかせない内に暴走してんだから、怒るよなあ。退職するって言われたらどうしよ。

 

 けどまあ、流石に今回ばかりは良くやったと思われる筈だ。


「奥様。……?」無感情に私を呼んだパーシーだったが、私が一人じゃないことに気付いて、ダークオーラを少し和らげる。「その子供は……?」

 

「覚えているか? ライニール様の隠し子として連れて来られた一人だ」

「え、ええ。確かにお見かけした記憶はござい……ます……が……」

 

 余っ程疲れていたのだろう、この僅かな距離の移動の間にヨツバは寝息を立てていた。その寝顔のなんとまあ愛しいこと愛らしいこと。膝に乗せたヨツバのあどけない寝顔を見た瞬間、パーシーは驚いたように目を見開き、食い入るようにヨツバを見て固まった。

 

 アマーリエの記憶には無いが、ライニールが幼い時分から使えているパーシーには、覚えのある顔だったのだろう。


「……奥様……この娘は……まさか……」


 心なしかパーシーの声が震えている。彼も漸く気付いたようだ。ヨツバがライニールに似ているということに。

 私は肯定も否定もせず、ただ微笑んで見せ、ヨツバの頭を優しく撫でた。

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