幕間 〜部下との距離〜
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ふ、と。しかしぼんやりとした意識が浮上する。反射的に目を開けると、薄暗い室内が目に入る。視界の端に入っている窓を見れば、カーテンの隙間から光が差し込んでいた。朝だ。
寝て固くなった体を解すように背伸びした後、キングサイズのベッドをズリズリと移動して下り、テラスに繋がる窓のカーテンを開けに行く。外は超快晴。開け放たれた窓の外は雲一つない晴天が広がっていた。
「っあ゛〜……良い天気だなぁ……」
陽の光を浴び、新鮮な空気を取り入れながら、寝巻き姿のまま日課のラジオ体操開始。やはり朝と寝る前にストレッチをするとしないとでは、その日のやる気が違う気がする。昨晩ドッと疲れてすぐ寝てしまった所為か、なんとなく体が重い。
でもそんなことは気にならない。何故なら本日は休みだから!!
昨日、ニーヴェル・ヨーキリスの攻略は終了。善は急げと本日付けで金と幾許かの物資を積んだ支援隊を男爵領に派遣する。これでニーヴェルは親元を離れることなく、これからも男爵領で過ごすことができ、奴が私を狙う理由もなくなるのだから、私の延命はなされたというわけだ!
ヨーキリス母子は、一度世話になっている商家に挨拶してから支援隊と共に領地に戻るとのことで、昨日の内に屋敷を出ている。ヨランダは私に何度も何度も感謝の言葉を言ってくれたが、ニーヴェルはすっかり私を敵視してしまったようで、ずっとブスくれた顔をしていた。
最後に『もう周りを困らせるなよ』と言ったのだが見事シカト。ヨランダは窘めようとしてくれたけど、寛大な心で許してやったさ! 大人だからね! とはいえ、一応、支援の条件としてニーヴェルの再教育を盛り込ませたけど、果たしてどうなることやら。
そんな感じで、無事問題を解決したご褒美として今日は休みを貰えたわけ! パーシーも帝国のことは気になってる様子だったけど、一先ず王国が彼の国の動向をどこまで把握してるか確認する必要があるってことで、一時保留状態。何事も無いといいんだけどな。
ラジオ体操を終え、心身ともにはっきりすると、全てのカーテンと窓を開けて部屋を明るくする。いつもならこの辺りでベルを鳴らしてキャロラインたちを呼ぶけど、昨日の内に『明日はゆっくりしたいから起こしに来なくていい』と伝えてあるから、朝もゆっくりしていられる。さあ、ベッドでゴロゴロ……
「おはようございます、アマーリエ様! 今日も良い天気ですよ!」
……する筈だった。
今日も今日とてニコニコ笑顔で入ってきたキャロラインを先頭に、レディースメイド数人が入ってくる。彼女たちカーテンを開けに行く係とメイクと着替の準備をしにドレッサー方面へ行く係に別れる。キャロラインともう一人、温湯の入ったポットと洗面器、タオルの乗った台車を押すメイドが私の方に来て、顔を洗う準備を整えてくれる……というのがいつもの彼女たちの役割なのだが……。
「まあまあ、アマーリエ様。カーテンや窓を開けるのは下々の者がすることで、アマーリエ様のすることではないと申し上げたではありませんか」
……うん。初めの頃は窓開けるのから着替えまで全部自分でやろうとして驚かれて、流石のキャロラインに『アマーリエ様がそのようなことをする必要はありません!』って怒られたし、パーシーにも『メイドの仕事を奪わないでください』と注意されたものだ。確かに、彼女らはこういう細々としたことやってお金貰ってるんだから成る程そうかと思って、いつもは任せていた。
でも今日は前もって起こさなくていいって言ってたんだから、来ないと思ってるわけでね……。
「……キャロライン、昨日、私なんて言ったか覚えてる?」
「はい、勿論ですわ。今日はお休みからゆっくりすると仰られてましたね。ですから、今日は私とゆっくりしましょうね♪」
おかしいな 後半すっぽり 消えてんぞ?
なんで、ゆっくりする=キャロラインと一緒になるの? 乳母であって友達じゃないのに……あれ、そういえば、アマーリエって女友達いるのか?
……思い出せないってことは、アマーリエって……。
「さあ、アマーリエ様、お顔を洗いましょう!」
衝撃の事実に言葉を失っていると、メイドが準備したタオルを差し出される。無碍にすることもできないので顔を洗い、キャロラインの先導でドレッサーの方へ。乱れた黒髪を、毎朝キャロラインが丁寧に丁寧に梳いてくれる。その優しい感触と言ったら、まるでお高い美容院にでも来たようで、これには毎日されててもウットリしてしまう。
「今日も絹のように艷やかで美しい黒髪ですよ、アマーリエ様」
「……うん、ありがとう。キャロラインのお陰だよ……」
「ふふ、ありがとうございます。本日の髪型はどう致しますか?」
「いつものポニーテールで」
即答。人に会う時以外はこの髪型一択。
正直、八等身の膝くらいまである長過ぎる髪だから、転生前みたいばっさりショートにしたいのだけど、貴族女性は髪が長いのが絶対なんだって。めんどくせぇぇぇ。
「……畏まりました。少しばかりアレンジ致しますね」
私が頑なにポニテばかり選ぶもんだから、ちょっと編み込みとか三つ編みみたいにすることを覚えたようだ。しかしながらキャロラインにはその技術がないらしく、別のメイドに交代。三人掛かりで編み込みを始めた。
「さあさあ、アマーリエ様、本日のお召し物はどうなさいますか?」
その言葉を合図に、他のメイドたちによってハンガーやトルソーに掛けられた色とりどりのドレスがズラララッと並べられた。この世に存在する色という色が揃えられているかのようなドレスの山。しかし、着る色は決まっている。
「キャロライン……いつも言ってるだろう。今年一年は黒か濃紺色のドレス以外は着ないと」
この国の喪中期間は一年間。絶賛喪中の私が派手な色を纏うわけにはいかない。いや、喪中じゃなくて着たくないけど。なんだ、あの極楽鳥みたいなの。絶対着たくねぇ。
「まあ! アマーリエ様、まだそんなことを言って! こちらのパールのドレスはまだ一度も着てないじゃありませんか! このままではカビが生えてしまいます!」
キャロラインが前に出したのは、まるでシンデレラのパーティードレスのような派手なドレス。いや、あんなの着こなせるのシンデレラか花嫁くらいだっての。
「いや、だからライニール様の喪が明けてないのに、そんなの着れるわけないでしょうに。顰蹙買うわ」
「そんな奴らは不敬罪で首を跳ねてしまえば宜しいのです」
「怖い怖い怖い。なんでそんな過激なんだよ、キャロライン」
王女の乳母任せられる位だから常識人の筈なんだけど、ことアマーリエに関してはおかしくなるんだよね、この人。
「今日は一番端の濃紺のドレスにする。でもって部屋で一人でのんびりするから、着替えが終わったら下がっていいよ」
「そんなこと仰られないでくださいませ、アマーリエ様。最近は仕事ばかり優先していて、全く私の相手をしてくれないものですから、キャロラインはとても寂しゅうございます。以前はキャロ、キャロと、ずっとお側においてくれたというのに……今はパーシーと一緒になって仕事ばかり。折角あの男が亡くなって自由の身になれたのですから、もっと楽しみましょうよ」
いや、不謹慎! 仮にも仕える主人が好きで結婚した男なんだぞ!? 幾らライニールのことが嫌いだからって、それは無いのでは……。流石に注意するか。
「キャロライン、口が過ぎる。故人の悪口は聞いてて気分が悪い」
「あ……も、申し訳ございません……。で、では、商人を呼びましょう! 以前ドレスを買ってから日も経ってますし、新作のドレスが沢山出てますよ! こんないい天気なのだから、庭で一緒に楽しくお喋りするのもいいでしょうね!」
私が不機嫌そうに言ったもんだから、バツが悪くなったか、話題を変え……いや、戻してくる。
「いや、だから、あのね、キャロライン……。キャロラインは何かと私とお茶しようとしたり、出かけようと提案してくるけど、そっちから言うのはおかしくないか? 私から誘うならまだしも」
「わ、私は姫様の乳母ですから、何もおかしくありませんわ」
「いやいや……そもそもキャロラインは侍女頭だよね。屋敷や侍女の管理をするのが仕事じゃないの? それに、仕事ばかり優先ってライニール様が居ない今、領主仕事は私がしなきゃいけないんだから当然じゃない?」
「そ、それはそうかもしれませんが、ずっとパーシーに任せていたのですから、これからも任せておけば宜しかったのでは、と……。元々、パーシーはその為に任命されたようなものですし……」
「いやそれは……それまでがおかしかっただけで、領地を拝領されたからには、ライニール様と私がそれぞれきちんと役割をこなすべきだったんだ」
まあ、一般ピープルだった私には過分な身分と仕事であることは確かなんたけどね。
編み込みが終わり、髪を一纏めに結い上げられてセットが終了。お礼を言って着替える為に鏡の前に立つ。
「キャロラインが私の乳母で、心配してくれる気持ちは嬉しい。けど、私はもう降嫁して姫でもないし、子供でもないんだ。いつまでも子供扱いは止めてほしい」
この際だから、内々に思ってたこと言ってみる。本人の言う通り、キャロラインはよかれ思っての親心というのはヒシヒシと感じる。だけど、幾らなんでも行き過ぎてると思うんだわ。
「キャロラインも、少しずつでいいから子離れしてくれると……」
そこまで言ったところでカーペットの上を走る音が背後から聞こえる。何事かと振り返ると、キャロラインが部屋を飛び出て行くのが見えた。
……え、えええええ〜?!
わ、私そんなに言い過ぎ……た……? いや、でもタイミング逃すと言えなくなっちゃうし、いつまでも子供扱いされるのは嫌だったし……。
……でも、こんなに大勢いる前で言ったのが悪かったかも。その証拠に、この場にいる全員が気不味そうな空気を醸し出していた。
「……なんか、空気を悪くしてごめん」
「! い、いえ、お気になさらず……」
誰ともなしに謝罪すると、正面のメイドがハッとして応えてくれる。手早くドレスを整え、「ごゆっくりお過ごしくださいませ、失礼します」と、私が戸惑っている間に全員退出していった……。
ヤベェ……めちゃくちゃ怖がられてんじゃん……。いやまあ、自分らの上司泣かせる主人なんて怖いよね、うん。
和気藹々としたホワイトな職場目指してたのに、自分のリーダーシップの無さにドン引き。仕事を理由にパーシーとキャロライン以外とは挨拶程度で、他の子たちといつもキャロラインを通してしか交流してないから自業自得なんだけどさ。
「あ、あの……」
「!?」
誰も居ないと思っていたのに聞こえた声に驚いて立ち上がる。扉の前に、黒髪お下げの若いメイドが立っていた。目が合うとビクッとされる。
「す、すみ……あ、いや、申し訳ございません、驚かせてしまって……。あ、あの、あた……私は、奥様は間違っていないと思います……。奥様が頑張ってるの、わかってる方たちもいるので……だから、落ち込ま……ぴゃっ!?」
たどたどしい丁寧語でそこまで言ったところで、彼女の後ろの扉からノック音が響いた。可愛いらしい奇声を発したメイドちゃんは、「し、失礼します!」と顔を真っ赤にして退出していった。
急に開いた扉にびっくり顔のパーシーが、入れ替わりに部屋に入ってくる。
「失礼いたします、奥様。……何かございましたか?」
「……いや、わかる人にはわかってもらえてるんだとわかって感動してる……」
「は?」
じんわりと目の奥が熱くなり、零れそうな涙を耐えるために目を押さえながら天井を仰ぐが、傍から見たら変な格好だったのだろう。パーシーから間抜けな声が漏れ出た。
「いや、こっちの話。それよりどうしたの?」
「はい。お休みの日に申し訳ございませんが、以前出していた手紙の返事がようやく届きましたので、お持ちいたしました」
「……やっと着たか」
差し出された手紙を神妙な顔で受け取る。
やたら豪奢なそれには、攻略対象の一人、ゼオンの生家である、フーリン商会の名前が刻まれていた。
『幕間』は、攻略対象者たちとはあんまり関わりないけど、今後の展開のフラグ建設の回みたいな感じです。
お読みいただき、ありがとうございました(*^^*)




