顛末と解決策
(日数的にも話数的にも)長くなりましたが、ようやくニーヴェル編終了です!
ヨランダの呼吸を整える音が響くこと数分――ふう、と大きな息を吐いたヨランダは、決意したような顔で私を見据えた。
「……お恥ずかしい姿を晒してしまい、申し訳ございません。もう大丈夫です。……その、手紙の件ですが、一年前、あの男から手紙が届いたことがありました。恐らくその時に……」
「え? 敵国から? よく届きましたね」
「旅の商隊から受け取りました。彼らは違う国からやってきた者達でしたし、あの男も偽名を使っていたので、関所も通過できてしまったようです。……あ、あの、信じていただけるかわかりませんが、私達は、あの男がニーヴェルの父親だと、その時まで分からなかったのです。あの男は卒業後、親に結婚の報告をすると国に帰ったのですが、すぐにあちらで戦争が起きて……。その後、音沙汰も無い上、あの男の家が廃家されたと聞き、戦争に巻き込まれて亡くなったものと思っていたのです。それがまさか、帝王だったなん……」
「夫人」
ここまでお互い帝国のことを名言しないで会話していたのに、話の流れで興奮したのか直接的な名称が飛び出す。慌てて遮って嗜めると、ヨランダも慌てて口に手をやった。
少しの沈黙。気まずそうなヨランダに代わって私の方から切り出す。
「……それで、手紙の内容はなんだったんです?」
「は、はい。内容ですが、酷いもので……『ニーヴェルが自分の子供ではないか。もしそうであるならば引き取りたい。それ相応の金を支払う準備がある』と……」
「は? 九年間放ったらかしにしてたくせに、何故今更?」
「そ、それは……」
「ゴホン。……これはあくまで噂ですが。その男は世継ぎを作るため幾人か妻を娶ったものの今だに子無し。種無し疑惑のあるその男に代わりに、一族の者が裏で画策していて、男の周りは少々きな臭くなってきている……という話を聞いたことがございます。唯一の実子であるニーヴェル様を引き取ることで、諸々の安定性を図るつもりなのではないと」
言い淀んだヨランダの代わりにパーシーが説明に入る。うん、これはちょっと傷付けられた彼女には口にし難い内容だったもんな……パーシー、ナイスフォロー。
「その通りでございます。手紙にもそのようなことが書かれておりました。しかし、私を傷物にして九年間も放置していた癖に、いきなりニーヴェルを寄越せと言ってきたあの男に、私達家族は全員激怒しまして、父に至っては『例えあんな卑劣な冷血漢の血を引いていても、可愛い孫を血生臭い国にやれるものか』と手紙を破り捨て、何も無かったことに致しました。それなのに……。あの日、ニーヴェルは出掛けているとばかり……聞かれているとは、思ってもみませんでした……」
言って、ヨランダは深い深い溜め息を吐いた……。
重々しい沈黙。なかなか波乱万丈な人生に、掛ける言葉が浮かばない。
つまるところ。
ヨランダとレグナードは結婚の約束を進めていた→在学中にも関わらず子作りするほど仲良し→レグナード帰国と同時に北方で戦争開始→ニーヴェル誕生→戦争終わったけど音沙汰無し。死んだと思われてた→九年後、本人からの手紙により実は帝王その人だったこと発覚→結婚したけど子供出来なかったからニーヴェル頂戴→九年間放ったらかしだったくせに巫山戯んなとヨーキリス家ブチ切れ帝王憎しNOW
ってことでOK?
本当なら帝王糞男じゃねーか。現代だったら叩かれんぞ。
てか、敵国からの手紙が関所を抜けてしまったことも、一方的とはいえ敵国の王から手紙が着たことも報告していないの色々まずくない? スパイとか密書とかさ。大変なことになる前に、彼の国への警戒を強めるべきだと注進すべき?
でもそしたら、経緯としてヨランダとニーヴェルのことを説明する必要が出てくる。そうなるとヨーキリス家には何かしら罰が与えられるだろうし、ニーヴェルの身も安全とは言えなくなる。
進み方は違えど、ゲーム同様ヨーキリス家を滅ぼすことになって、成長したニーヴェルに復讐されるんじゃあ……駄目だ、下手に注進できない……。
……なんか考えなきゃいけないことが色々ありすぎて頭がグラグラする。なんで超平凡なアラサーでしかなかって私がこんな難しいことを考えにゃならんのだ……。
背中に重い荷物が伸し掛かったような息苦しさを感じる。
……とりま、国同士のイザコザのことはそこら辺に置いておいて、話を戻そう。
「それにしても、よくもまあ、今まで口に出さずにいましたね、あの子。あの性格なら、道理も分からず父親の権力を盾にして好き勝手していそうなのに」
「そ、それは……。あちらとの関係性は、私共がしつこいくらい教えておりましたから……恐らく大丈夫ではないかと……」
だといいですねえ。と、口にはせずに思うだけにして鈍痛感じるこめかみを押して痛みを和らげる。
「……ご実家の窮地に実父の力を借りることができない理由は理解しました。この問題は一先ず横に置いときましょう。それで? その流れで、何故ライニール様の遺児と嘘を吐くことになったのですか?」
「そ、その件は本当に申し訳ございません。……実は」
改めて、この物語の大事な所を尋ねることに。
以下、ヨランダ曰く。
帝王からの手紙を破り捨てるという男気を見せた前男爵だったが、流石に今回の領地危機にはお手上げだった。『これ以上借金はできないので、娘たちを金持ち商人に嫁に出すか、ニーヴェルを帝国に引き渡すしかない』と苦渋の選択を迫られた(まだ返事してないからイケるだろうという判断らしい)
しかし、可愛い妹を身売りさせるのも、腹を痛めて産んだ我が子を差し出すのも嫌。悩みに悩み抜いて、考えだしたのが、亡くなったライニールの遺児と偽ることだった。
ライニールと体の関係は無かったとのことだが、彼の身持ちの悪さは有名だったので渡りに船と利用したとのこと。
あと、元のアマーリエの世間知らずっぷりも有名だったから、押せばいけると思ったらしい。いけるかい! いやいけてたなゲームで!
「……自分でも馬鹿なことをしたと思っております。けれど、その時は本当にそれしか考えつかなくて……申し訳ございませんでした……」
話終えたヨランダは、本当に申し訳なさそうに身を小さくした。
確かに実の妹か息子か選べと言われても選べない。別の良さ気な案があれば万が一の可能性に賭けてそっちに縋りたくなるのはわかる。
けど、何とも回りくどく面倒な方法を取ったもんだ。よっぽど追い詰められてたんだな〜と同情するが、本当に方法はそれしかなかったのか。思わず天井を仰いで溜め息を吐いてしまう。
「なんて綱渡りをするのやら……。隣同士ですので、こちらに一報くだされば援助もしましたし、事を穏便に済ませることができましたのに……」
「っ……お言葉ですが、手紙を送ったのになんの音沙汰も寄越さなかったではないですか」
「えっ」
耳を疑うセリフと怒気を含んだヨランダの声に視線を戻すと、眉間にシワを寄せて怒りを露わにしていた。
手紙? 何のことだろうと頭をフル回転させるが、ヨーキリス家からの手紙なんて覚えがない。
パーシーを振り返る。彼なら知っているだろうが、困惑の表情を浮かべてを横に振られる。
「えっ……と、その、それは、いつのお話で……?」
「弟の話では、氾濫してから三週間経った頃だそうです。それまではこちらもあらゆる手段を講じ、尽くしてましたが、これ以上はどうにもならないとお願いの手紙を出したとのことでした。……それなのに……!」
溢れ出る怒りを堪えるように、ヨランダは唇を噛み締め、ドレスを固く握りしめていた。
待て待て待て……氾濫したのが二ヶ月前……約六十日前だろ? ライニールが亡くなったのはそれから一週間ほど経った頃で、自称愛人たちが押し掛けてきたのは更に一月位経った頃。この間に男爵家から手紙が来てるなら、覚醒前のアマーリエが見る筈はなく、やはり管理してるのはパーシーの筈……。
もっかいパーシーを振り返り……真顔になっているのに気付いた。
「……ぱ、パーシー……?」
「……申し訳ございません、奥様。確認してきても宜しいでしょうか?」
「え? あ、う、うん……」
OKするや否や、失礼します、と言いながら足早に部屋を出て行ったパーシー。
その間、気まずい沈黙が室内を充満していて居た堪れなかったよ……。
戻ってきたパーシーが密かに荒い息を正そうとしている所を見ると、出来るだけ早く急いで帰ってきたと思われるけどこういう時、時間が長く感じるのは何故なのだろうね……。
青褪めた彼の手には、二通の手紙。
「も、申し訳ございませんっ、奥様っ。どうやら纏めていた弔書の中に紛れ込んでいました……!」
「んなっ!? マジ!?」
差し出された封筒を受け取り、それぞれ中を改める。片方はライニールの死が伝わってすぐの頃の日付が書かれたお悔やみの手紙。片方はお悔やみの言葉の他に、自領の窮地が切々と綴られ、喪を明けてもないのに申し訳ないが助けてほしいと乞われている書かれていた……。
……うっわぁ〜……!!
これは酷い、最低じゃん私!
手紙来てるのに、『手紙くれたら助けたのに〜』なんて上から目線でバカにした態度取っちゃったわ!
なんでこうなった?! いやそんなことよりまずは謝罪だ!
「も、申し訳ございません、夫人! こちらの落ち度でした! 大変失礼致しました! お詫び申し上げます……!」
「お、奥様!? お止めください! 頭をお上げください!」
「夫人の言う通りでございます! そもそも、これは私の落ち度でございます! その頃はまだ他の方からも弔書が届いていたものですから、この手紙もそうだと思い込み……! 夫人、誠に申し訳ございませんでした!!」
高位貴族が下位貴族に頭を下げての謝罪はあり得ないってのは知ってるが、やらなければ気が済まない。立ち上がって頭を下げると、ヨランダはアタフタしながら頭を上げるように促してくれ、パーシーもヨランダに頭を下げていた。
「いや、パーシーも普段の仕事の他に、ライニール様が亡くなった事でいっぱいいっぱいだった筈。そもそもは私がちゃんとしていればよかったんだ。だからパーシーは悪くない」
「お、奥様……」
「そういう訳で、夫人。お詫びと言ってはなんですが、我が家から援助させていただきます」
「!? ほ、本当ですか?! こっ、こんなに迷惑をお掛けしたというのに、本当に……?」
「確かに詐欺行為は良くないことですが、こちらの不手際もそちらを追い詰める要因でしたし。大丈夫だよね、パーシー?」
「はい、問題ございません」
「というわけで、決定。我が家のゴタゴタで、ヨーキリス男爵家にはご迷惑をお掛け致しました。こちらで出来る限りのことはさせていただきます。どうかこれからも、ニーヴェル君とご家族と仲良くお過ごしくださいませ」
「っ……!! ありがとうございます! ありがとうございます!!」
ヨランダは目を潤ませながら満面の笑みを浮かべ、何度もお礼を言いながら今度は彼女が頭を下げる。
いや〜、父親のこと知った時点でどうなるかと焦ったけど、取り敢えず丸く収まって良かった良かった!
斯くして、二人目の攻略対象者ニーヴェル・ヨーキリスへの対処は、予想外が多数有りながら、円満に解決したのであった!
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