必死の母親、その訳
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ヤッチマッタ……あまりのトンデモ発言に大声を出してしまった。ここに私がいることがバレてしまった。
いや、ニーヴェルとはヨランダ含めて話はするつもりだったのだから、これは別にやっちまったってほどじゃあない。
どっちかってと、パーシーを除いたみんなの『ポカーン』とした顔がヤッチマッタという思いを感じさせた。多分、今までなんとか主人ぽくしてた私の素に対して我が目を疑っているのだろう。居た堪れない!
慌ててパーシーに目をやり、『中に入るね!』と表情と親指で伝える。パーシーはやれやれと言わんばかりの呆れ顔で頷いた。公爵家に相応しくない振る舞いでごめんて!
とりま廊下の子たちが思考停止状態になっている間、仕切り直しのために一度、ゴホンと咳払いして、パーシーを引き連れて中に入った。
「げ!」
「お、奥様!」
中にいた全員の視線が集まってきたが、メイドたちからは安堵を、ニーヴェルからは嫌悪を感じ取る。
「皆、ご苦労様。厄介な子供の相手をさせてしまってすまない」
「いえ……仕事ですから……」
滲み出ている疲労が私の失態を覆い隠してくれたようだ。メイドたちを壁際に下がらせ、いつもより優雅に泰然とを心がけてテーブルを挟んでニーヴェルの向かいに立つ。食べ散らかしているのをぐるりと見てから一言。
「……汚いな。なんなんだ、この食べ方は」
「ふ、ふん! これはお祖父様から教わったのだ! どうだ、男らしいだろう!」
「人間というか、獣のようだ。三歳の子供の方がよっぽど綺麗に食べるだろうよ」
「んなっ!?」
ニーヴェルの顔がかっと赤くなる。メイドたちがくすくすと忍び笑いを漏らした。キッとメイドたちを睨んだニーヴェルが「お前たちは首だ!」と叫ぶが、そうはさせない。
「お前にそんな権限などないぞ、ニーヴェル・ヨーキリス。お前を屋敷に連れてきたのは聞きたいことがあっただけで、引き取る気など更々ない」
「……は? 何を言ってるんだ、お前」
「お前こそ何を言っているんだ? 私がいつお前を引き取ると言った?」
「な、なんだと! だって、お前、俺を屋敷に連れてきただろう!?」
「そうだけど、何故それでお前を引き取るって話になるんだ?」
「引き取るために連れてきたんだろう!?」
「だからなんでそうなる? 頭の中どうなっているんだ?」
「皆、俺がバルカン公爵になるんだって言ってたし!」
「皆って誰だ」
「お祖父様と、叔父上と、母上だ!」
「お前の中の皆って三人だけか? お前は次期バルカン公爵にはなれないよ。ここにいる全員がそう思っている」
お前お前と言い合いながら室内をぐるりと見渡す。ニーヴェル以外の全員が力強く頷いていた。ちなみに、室内にいたメイドは四人、プラス私とパーシー、あとキャロラインも後ろにいたし、扉からメイド三人組が顔を出して頭を動かしている。ざっと倍以上の数。圧倒的である。それに気付いたニーヴェルは、目を見開いて驚いている。いやなんでそんな驚けるのか。当然のことだろうに。
「我々領地持ち貴族は、領民ありきだと私は考えている。そんな重要な相手に対して、非道な行いをするような子を我が家に迎え入れたくないんだよ。大体、嘘を吐いたり、他人を平気で傷付けたりする問題のあるお前が、我が家の教育に付いてこれるか? 男爵家のように甘くないぞ」
「っ……!」
「そういう訳だ、ニーヴェル・ヨーキリス。お前には食事が済み次第、母親と共に帰ってもらう」
「っそ、そんなの、お祖父様が黙っちゃいない!」
「ほう? どう『黙っちゃいない』んだ? こちらは公爵家、そちらは男爵家。ちょっと頭の悪いお前でも、序列の意味くらいはわかるよな?」
「それは……!」
彼の暴言は自分が次期公爵になるという後ろ盾があってこそ。私がNOと言ったからには、それはもう使えない。助けを求めるように周りを見るが皆冷めた顔をしていた。ううん、皆美人なだけあって私でも怖いわ。
「大人しく聞き届けろ。そうすれば、諸々の罪や暴言は児戯と流して、今回だけは見逃してやる」
「!? アマーリエ様!? 何をっ」
相手は子供。この世界の法で言えば甘いって怒られるかもだが、私は転生者だし。まだまだ教育途中なんだから、これを転機に矯正させてけばいいと思っての言葉だ。
ニーヴェルは愛ゲームの攻略対象。当初は不幸な生い立ちから回避させるつもりだったけど、こんな悪童を前にしたら手助けする気持ちにならない。まあ、家族も領地も存命なわけだし、これ以上私が何もすることなくないよね? 後はそっちでなんとかしてほしい。
「おっ、お待ちください!」
無罪放免については既に話して許可貰ったけど、不服そうな顰めっ面をしているパーシーの代わりに、キャロラインが声を上げた……と、思ったらヨランダの声がそれを遮る。
「息子の無礼は謝罪します! 罰を与えると言うなら私が甘んじて受けます! だからどうか、どうか息子にチャンスをやってください!」
「!? ふ、夫人!? お、落ち着いて……」
転がるように飛び込んできたヨランダが、私のドレスの裾にしがみついてきた。慌てて立ち上がらせようとするが、がっしりと掴んだ両手は引き剥がせない。
「お願いです! どうにか、どうにかこの子をバルカン公爵家で引き取ってください! お願い致します!!」
「い、いや、ですから、先程も申し上げた通り、ニーヴェル君は公爵家には相応しくありません。どうか母子仲良く……」
「こ、この子はまだ十歳なのです! 物事の良し悪しを学んでいる最中ですし、今回のことは多目に見てくださるのでしたらお願い致します! た、たった一度の過ちで、ニーヴェルの未来を潰すというのはあまりにも酷ですわ!」
キャロラインも「無礼者!」と引き剥がそうとしてくれるが、それを振り払って尚も叫ぶヨランダ。
なんかあれだな、スカッと系の動画でよく見た、普段は真面目な良い生徒の虐め行為が発覚して、超有名名門校推薦進学を取り消されそうで焦る母親って感じ。
「あ、あのですね、普通、過ちは一度だってしてはいけませんし、犯罪者や犯罪者予備軍に輝かしい未来なんて訪れません。例え訪れたとしても、いずれ化けの皮は剥がれるでしょう。そんな未来を無かったことにするのだから、全て忘れて終わらせませんか?」
「そこをなんとか……! は、初めてお会いしたとき、奥様は引き取ると言ってくださったではありませんかっ!」
「言いましたが、そもそもな話、ニーヴェル君が本当にライニール様の血を引いているのかも疑わしいところなんですよね。目元はライニール様に似ているとは思いますが、それだけではなんとも……。第一、そんな大事な話を他人の話一つで決めていいものかと思い直しまして。だってそうでしょう? 例えば、現当主であるあなたの弟さんの愛人と隠し子と名乗る親子が現れて、その人たちの証言だけで男爵家受け入れますか? 受け入れませんよね?」
わかり易く例えてあげると、ヨランダが我に返ったような表情をした。しかしそれも一瞬で、その正しい思考を振り払うように頭を降って再び懇願を始めてくる。
「で、ですが、思い直したとはいえ一度はした約束! ニーヴェルにはここで教育をお願いします!」
「ええー……? というか、男爵家でも教育なさっているのでしょう? それでこの有様というのは同情しますけど、こちらで引き取る義理も理由もありませんし……」
「ニーヴェルは元来物分りの良くて優しい子なのです! だから、流され易くて……! 正しい教育を施し、お目付役も付けていただければ、もう愚かな真似は絶対致しません! ですから、お慈悲を……!!」
「ふ、夫人……お願いですからちょっと落ち着いてください。さあ、ほら立って……」
「お願いします、お願いします……! どうか……!」
ヨランダ、ちょっとなりふり構わな過ぎだって。みんなドン引いてるんですけど。ニーヴェルはといえば、母親の奇行に目を白黒させながら固まっていた。
ヨランダがここまで我が家に拘る理由はなんとなく察している。
公爵領の端の方と、男爵領の中心を割くように、ゴーライという河が流れている。ここが先月の大雨により氾濫し、農作物に大ダメージを齎したのだ。うちは一部の村への被害で済んだが(既に支援済み)、河が満遍なく流れている小さな男爵領はかなりの痛手を負ったと聞いている。
ヨランダが嘘を吐いた理由はほぼ間違いなく、男爵領への援助が狙いだろう。元々貧乏だったのに、氾濫が財政難に拍車をかけているのだ。ヨランダには現当主である弟と、まだ学生の妹が二人いるらしく、なんとかしなければ妹たちが身売りしなければいけない可能性が示唆されているとはパーシー談。そりゃ確かに必死にもなるわな。
ーーそして、もう一つ。彼女がこんなにも体裁を気にせず懇願する理由がある。
それはこんなに人がいる場所で話すことじゃあないんだけど、仕方がない。
しゃがみ込んで、顔を伏せて同じ言葉を繰り返しているヨランダの耳に口を近付ける。
「貴方がそんなにも必死になるのは、ヨーキリス男爵領の支援目的もあるのでしょうが、何よりニーヴェル君の実父のことに関係があるのでしょうか?」
――そう囁いた途端、ヨランダの動きがピタリと止まった。うん、思った通りのようだ。
文書長くなる病が発動中…_| ̄|○
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