思いもよらぬ一言
遅くなって申し訳ございません。
リアルでいろいろあって、一行も書けない病と自信喪失病が再発しておりました。徐々に回復して、ゆっくりですが執筆しております。
実は私、前世では小中高大学まで剣道やってたんだよね。それで食べてくような実力は無かったから、社会人になってからはたまに後輩に教えに行く程度に留めてたけど。
でもそれは前世の話。アマーリエ・バルカンになってからは一度も振るってない。
一応、ストレッチと筋トレしたりして、こっそり汗を流してたりはする。だって事務作業ばかりだとマジストレス溜まるし、キャロラインのおやつ攻撃で太っちゃうし、色々と発散しないとね!
それでも正直、ちょっと不安もあったんだけど……。
「いっでえ〜!!」
勝負は冗談抜きで一瞬で着いた。
威勢の良い声を上げて振り下ろされた木剣を棒で横に弾き、私も掛け声と共に小手を狙った。
剣道特有の甲高い掛け声に圧されたのもあるだろう、怯んだニーヴェルは為す術もなく手の甲を叩かれる。木剣を落として、悲痛な叫びを上げながら地面に両膝を突いた。
……いや、よっわ!
習ってるって言ってるから、子供相手とはいえ多少はやられることを覚悟してたんだけど、まさかここまで弱いとは思わなくてびっくりだよ。
「痛い?」
「い、痛いに決まってるだろっ!」
「そんなに?」
「当たり前だ!!」
「これでもかなり力を抑えたんだけど?」
というか、長さが足らなかったから先端当たった程度だと思われる。
「ウソつけ! 絶対本気だったっ!」
「嘘じゃないよ。あんたみたいな軟弱者相手に本気でいったら、手なんて二度と使えなくしちゃうからね」
「ひいっ……!」
にっこーりと笑ってそう言うと、幽霊でも見たように青い顔になり、くしゃくしゃっと今にも泣きそうになる。
足元に転がった木剣を拾い、座り込む悪童に差し出す。
「ほら、立ちな」
「え!?」
「なにびっくりしてんの。まだやれるでしょ?」
「い、いや、だって、オレ、手が……」
「まだ手だけじゃん。あんた、倒れたあの少年に自分が何やったか覚えてない?」
「あ……」
「私は待ってやるだけの度量はある。さあ、立ちな。さっきあんたがあの子を殴った分、私も殴ってやるから」
「ひ、ひいいっ! ごめんなさいごめんなさい! 無理です! ごめんなさい! 許してください!!」
両手で頭を抱え、土下座のように地面に突っ伏した。よしよし、絵面やばいけど、ちゃんと折れてくれて良かった。じゃなかったらマジで大人気ないことしなきゃならんかったぜ。
「私に謝っても仕方がないてしょ。謝るべきはヨツバたちにしなさい」
「ご、ごめんなさい! 殴ったりしてごめんなさい! もうひどいことしません!」
「……と、言ってるけど、どうする?」
ヨツバたちの方を見て問い掛ける。ヨツバの背後の子たちは顔を見合わせ、「どうする? どうする?」って言い合ってる。
ヨツバだけが真っ直ぐこちらを見ており、私が目を合わせると、まるで天使のような眩い笑顔を浮かべた。
「私は謝ってくれたし、もうしないと約束してくれたから、もういいです。みんなは?」
ヨツバが周りに問いかけると、「……よ、ヨツバちゃんが言うなら……」と、みなニーヴェルの謝罪を受け入れた。
「そうか。ありがとう」
私も微笑み返す。すると子供たちは「ひいっ!」と小さな悲鳴を上げてヨツバの後ろに隠れ……いや、隠れ切れてないけど。ってか、笑顔を向けて悲鳴上げれるなんてショックなんですけど。アマーリエの顔そんな怖い? ヨツバに負けず劣らず美少女でしょーが!
……話が逸れた。
「さて、ニーヴェル。逆らえない相手に無理強いされてどんな気分だった?」
分かりやすくゆっくりと強調して質問すると、グズグズと鼻を鳴らす合間でハッと息を呑む気配。
「上から押さえつけられることの辛さがどんなものかわかったでしょ? 騎士になりたいとか言ってたけど、弱きを助け強きを挫くのが騎士の筈。あんたのように、己の私利私欲の為に弱い者いじめをする奴は外道っていうんだ。よーく覚えておきな」
「っう……うわああああん!!」
あ、泣いた。大号泣。
これを機に、原作通りの好青年に育ってくれたらいいんだけど……うちの愚弟も何十回と父さんや私らとやりあって、母さん泣かせてようやく改心したから、まだ無理かもね。
さて、と。
本音を言えばこのまま置いて帰りたいが、泣いて帰ってきた我が子を見たヨランダや周りの大人が暴走しては敵わない。ニーヴェルは私の手で帰すべきだな。面倒くさいけど。
「遊びの邪魔して悪かったね。その子の治療費のタシにでもしてくれ」
私が今現在身に付けているもので、髪飾りをヨツバに投げ渡す。細かい細工はあるが、派手の装飾のないシンプルな作りなやつだ。
「ほら、立ちな。家まで送ってやるから」
ヨツバがナイスキャッチして、私と髪飾りを交互に見ているのを横目に、蹲ってグズグズと泣いているニーヴェルの脇の下に手を入れて立ち上がらせようとする。しかしニーヴェルは駄々をこねる幼児のように私の手を拒んだ。そう来るなら、別の方法を取る。
「別に取って食いやしないよ。ちゃんと母親の元に連れてってやるって。よいしょっと」
「!?」
背後から持ち上げた。思ったよりも軽くてちょっとびっくり。
ニーヴェルは一瞬何が起きたのかわからなかったようで、涙に濡れた顔に驚きを浮かべている。しかし私と目が合い、自分が抱き上げられたと理解して顔を赤くしてジタバタと暴れ出す。マジで二番目弟みたいだなぁ。ニーヴェルよりは大きかったけど。
「ううう〜!!!!」
「はいはい、暴れない〜。無駄なあがきだよ〜。じゃあ、子供たち。騒がせて悪かったね」
「あの!」
暴れるニーヴェルを無理やり拘束し、踵を返した所でヨツバに声をかけられた。
「何?」
「友達を助けてくれて、ありがとうございました!」
ぺこ! と腰を九十度曲げてお礼を言われた。礼儀正しいなぁ。お母さんとおばあちゃんとミツバ父の教育の賜物だね!
「どういたしまして。じゃ、またね」
そう返して、今度こそその場を立ち去った。
元来た道を戻る間、暴れるのを諦めたニーヴェルは私の肩に顔を埋め、声を押し殺すように泣いている。肩はめっちゃ湿って温いし、周りの目が痛い。
さて、送るとは言ったけど、ヨランダの知り合いの家ってどこにあるんだろ? 一応パーシーから伝えられてたと思うけど、完全に忘れてしまってる。
ニーヴェルが泣き止むのを待つか、それとも一旦帰ってパーシーに聞いてみるか……。
そう考えていた時だった。
ニーヴェルがか細い声でボソボソと何か呟き始めたので、なんとはなしに耳を傾ける。
「ほ、ほんとは、オレっ、オレは、強いん、だからな……! おま、お前が、変、な、声、出すから、びっ、びっくりした、だけなんだからな……! て、手が、痛く、なかっ、たら、お前なんて、シュンサツ、なん、だからな……!!」
……この期に及んで、またデカい口叩くのかコイツ……。やっぱ、二番目弟と同じだねぇ。
「ハイハイ、凄い凄い」
「お、オレの、ち、父上は、偉いんだ……! お、お前なん、かより、ずっと、ずっと、偉いんだ……!! ほ、ほんとは、オレだって、お前より、え、えらいんだからな……!」
「ハイハイ、凄い凄……えっ?」
思わずピタリと足を止める。
今、ニーヴェルなんて言った?
『オレの父は偉い』って言った?
父親はライニールってことになってるんじゃないの?
確かにライニールの生家は公爵家だったけど次男坊だったし、結婚したとは言え、元王女のアマーリエの方が立場は上なのは暗黙の了解。ライニールの方が偉いということはない。
そうなると……もしかしてだけど、ニーヴェル、自分の本当の父親のこと知ってるんじゃないか?
……いや、でも、子供の戯言や勘違いの可能性もなくはない。
……これはちょっと、ニーヴェルを真っ直ぐ帰すことはできないな。
「アマーリエ様!」と、人混みの中から私を見つけ出したキャロラインと護衛の姿を視界に入れながら、私は帰路につくことを考えていた。
お付き合い頂きありがとうございますm(_ _)m




