ルーベの街にて
そんな訳で、アマーリエになって初めてのお出掛けである。
勿論、パーシーの許可済みだ。「机に向かうだけが領主の仕事ではありませんからね。領地の巡回も領主の務め。たまには気分転換も良いでしょう」とパーシーに快く見送ってくれた。
見渡す外には煉瓦造りの家々。看板を掲げていたり軒先で商品を広げていたりと商売方法は様々だが実に色んな店が並んでいた。ヨーロッパの風光明媚な街並みと、ゲームや漫画でよく表現される活気ある街の風景を融合させた感じ。そんな感じだから、海外旅行に来たようで気持ちが浮き立つ。
……いや、浮き立っていた。街に入った直後までは。
ぱかぱかと馬の小気味良い足音は非常にゆっくりと進む。
通りを行く人々は、ある者は目を見開き、ある者は冷めた目で見、ある者は逃げるように道を逸れる。ウェルカム感は無く、好ましい視線はひとっつも感じられない。
でも怯えてるとか怖がってるとかじゃなくて、邪魔とか煩わしさを覚えてる雰囲気。アマーリエ時代は殆ど外出しないでキャロラインと館内で過ごし、買い物は出入りの商人相手だったから領民達との関わりは薄いのだ。
その所為というべきかそのお陰というべきか、『お貴族様』や『世間知らず』とか思われてそうだが、今の所は『悪逆非道』と言われ恐れられる傾向はない。そこはまぁ、良しとしよう。
じゃあ何でこんなに人々からアウェイにされているかといえば、間違いなく乗っている馬車の所為だろう。
なんせデカい、デカすぎるのだ。メインストリートの半分以上を占拠するバカでかい馬車。他の馬車の倍近くあり、向かい側からくる馬車がギリギリまで端に寄って何とか通り過ぎることの出来る迷惑馬車なのだ。
出発前、玄関前に乗り付けられた馬車を見たとき、「あれ? なんかでかくね?」とは思った。が、前世でテレビでしか見たことないので実物は違うのかな? と思って乗り込んだら、重厚で豪華な外装に対して内装はピンクのフリフリキラキラお姫様仕様、しかも飲み物やおやつも準備され、おまけに寝転がれるのだ。私の知っている馬車と違う! リムジンかこの馬車っ!?
四方が囲まれてるタイプでほんとよかった。もし壁が無かったら人々からの視線で私の体は穴と刺だらけになっていただろう。
「めっちゃ道の邪魔だよなあ……」
「そうですね、本当に邪魔でございますね」
向かい側に腰掛けるキャロラインが頭を抱えた私の呟きを拾われた。
キャロライン・アムズは、元は貧乏男爵家の出で苦労していたが、学生時代にアマーリエの母である侯爵令嬢と親友になり、その縁でアマーリエの乳母に選ばれた。それで目を掛けられるようになったのか取り入ったのかは知らないが、男爵家も徐々に陞爵。現在は伯爵家に落ち着き、キャロラインはアムズ侯爵家に嫁入りという、なかなかなシンデレラストーリーを歩んだ女性……と言うのを、貴族名鑑で調べた。
何かとアマーリエを甘やかし過保護にするのは出世の切っ掛けを与えた大恩ある女性の娘だからなのだろうが、既に自立している覚醒後の私とは意見が合わないことの方が多い。
なので、意見が合うのは珍しいことだった。おっ、と顔を上げると、普段の穏やかさは鳴りを潜め、不機嫌さを露わにしていた。
少々ふくよかな女性だが、貴族らしい凛とした雰囲気は、普段私を甘々に甘やかそうのする彼女の印象と違ってちょっと怖い。
朝の準備段階で、私を嬉々としてキラキラフワフワに飾り立てようとしながら(無論、髪型もドレスも地味なものに変更してもらったが)「折角だからドレスや宝石も新調しましょう!」とウキウキしてた人物と同一とは思えない。
よっぽど進まない馬車に苛立っているのだろうが、綺麗に整列された建物を破壊して道を広げる訳にはいくまい。この非常識なバカデカ馬車は封印して、他の乗り物に乗るようにしよう。
……この馬車以外に無かったらどうしよう。パーシーに言えば買ってくれるかな?
そんなことを悶々と考えながら、(乗ったことない)牛歩の如き歩みの馬車の窓の外を見ると、近くの通りを歩く子供たちが目に入った。背格好から見るに男の子ばかりで、それぞれの手には太さ長さまちまちな棒を握っている。
チャンバラごっこでもするのかな〜? 懐かし。
子供の頃、兄貴と弟たちとよくやっていたことを思い出して微笑ましく思っていたのも束の間。その先頭に立っている子供に違和感を覚える。
薄汚れが目立つ簡素な平民服の中に、いかにも金持ちですと言わんばかりの格好の子供が一人。調度通り過ぎてしまった為、見えるのは後ろ姿だけ。顔を確認することもできなかったが、あの青みが強いダークブルーの髪は見覚えあるよーな……。
あからさまに浮いてるその子供の後ろ姿をじっと目を凝らす。そんな私の視線を感じ取ったのか、その子は辺りをキョロキョロと見回し、振り返った。
「ニーヴェル……!?」
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