決着
明けましておめでとうございます。
本年もどうぞ、よろしくお願い致しますm(_ _)m
他でもない、実の息子が母親にすら教えず隠し持っていた証拠。これでもう言い逃れはできまいて。にやけそうになる表情筋を必死に押し止める。
「調査報告書、証人、証拠。これだけ証明するものが揃っていますが、まだ違うと言いますか? なんなら貴族名鑑持ってきましょうか。エンリケ・ホーンバック様の子供の頃とケイレブ君はそっくりですよ」
「……ち、ちくしょう! あんた、なんでそんなもん持ってるのよ!」
突然、マーガレットがパーシーの手を振り払いケイレブに襲い掛かる。母親の凄まじい形相と振り上げられた手に恐怖の表情を浮かべ身を竦めるケイレブ。
私は咄嗟に彼の前に立ち塞がり、振りかぶられる手を腕を使ってガードした。血走ったマーガレットの目が間近に迫る。
「なんなのよ! なんで邪魔するのよっ!」
「自分の思い通りにならないからといって、怒りの感情のまま子供を殴ってはいけません。子供は親の思う通りに動く道具じゃないのですから」
「ガキのいないあんたに何がわかるのよっ! あんたと違って、あたしらは綺麗事だけで生きてないのよっ!! 使えるものは使わなきゃ、明日の食事だってままならないんだから!!」
……確かに、前世では中流家庭に生まれ平々凡々に育った上に、子供もいない私には良くも悪くも理解できない。流石に返す言葉が見つからないが、マーガレットの口は止まらない。
「あたしは、あの人が一緒だったから全部捨ててここに来たのに! 私にはあの人が全てだったのに!!」
そう叫ぶマーガレットの目にはじわりと涙が溜まる。
凄いな、そこまで旦那さんのこと愛しているのか。人を好きになったことはあれど、そこまで強い感情を抱いたことが無いので、そこは素直に尊敬に値する。
でも、だったら。
「貴女が旦那を今尚愛しているのはわかりました。けれど、その旦那の血を引いた、旦那が命を懸けて守った子供を冷遇することが、旦那の死を無駄にしていると思わないのですか?」
途端にマーガレットの目が丸くなった。
初めてそう指摘されたのだろうか。
表情から毒気が抜かれたが、それも一瞬。わなわなと下唇を噛み締める様は泣くのを我慢するようにも見えたが、吊り上げた目じりで私を睨む。
「煩い煩い!! そいつの所為であの人は死んだのは事実っ! あたしが娼婦に堕ちたのもそいつの所為! そいつがバルカン公爵家の後継になれば、自由に金が使えて楽な生活ができる筈だったのに、邪魔しやがって!! この役立たず!!」
……成程。ホーンバック公爵家ではなく、バルカン公爵家を選んだ理由はそういうことか。
もうあったまきた。唾を飛ばしながら怒鳴る女の頬ッ面に、手加減無しで掌を叩き付ける。
ばっちぃーんっ! と激しい衝撃音と共に、私の渾身の平手打ちを受けたマーガレットは吹っ飛んで床に倒れた。
「……な……な……な……?」
真っ赤に腫れた頬を押さえ、目を白黒させているマーガレット。
「一人でも子供を守り育てる覚悟がないなら、最初から子供作るんじゃない。いいか、旦那が死んだのは馬車の所為。子供を育てるのは親の役目。仕事を選ぶのはお前の選択。そしてもう一度言う。子供は金を集める道具じゃない。ケイレブを責めるのはお門違いだ。あと、例え我が家で引き取ったとしても、お前が自由に使える金は無い。貴族を舐めるな」
「なっ……ひっ!」
怒りをたっぷり込めて見下ろしながら、一言一句力を込めて説く。尚も言い返そうとこちらを振り返ったマーガレットだったが、短い悲鳴と共に尻をつき、ガタガタ震え出す。……そんなに私の顔怖いか?
「ケイレブを見な。可哀想に、あんなにボロボロで、母親のであるお前に怯えてる。お前の旦那は、子供にそんな思いをさせる為に助けたと思ってるのか? 違うだろう。怪我をさせたくない、死なせたくない、元気に生きてほしいと思ってたんじゃないのか? 今のお前を見たら、旦那さんはどう思うだろうな」
見ろという言葉にマーガレットは私の背後にいるケイレブを見る。子供は怯えた表情のまま母親を見ていた。その小さな手は私のドレスを掴んでいる。
「ケイレ……あ、ああ、あああああ……! 違う……いや、違うの、違うのエンリケ! こんなつもりじゃなかったの! あたしは……あたしは……!! いやぁ! ごめんなさい! そんな顔であたしを見ないで!!」
突如、マーガレットが取り乱す。よく似た容姿の父子が重なったか、それともケイレブの背後にエンリケでも見えたか。床に突っ伏し、謝罪を繰り返していた。
「……話は付いたな。アントン」
「はっ」
黙って見守っていた宰相が隣室に声を掛けると、待機していた侍従や護衛たちが入ってくる。宰相が彼らに指示を出すと、護衛がマーガレットの左右に並んで腕を取り立たせた。マーガレットはされるがまま、ブツブツと何か言いながら力ない足取りで部屋を出て行く。
「っ……ママ!」
予想外なことに、ケイレブは連行される母親の後を追おうと駆け出す。だが無情にも途中で扉が閉められ、立ち止まった。
……あんなに怯えていたのに。例えどれだけ冷たくされて罵倒されようとも、子供にとっては母親は一人ということなのだろうか。私から見えるのは後ろ姿なので、ケイレブがどんな表情で扉を見つめているのかわからない。
だが、小さな背中はとても寂しそうで、悲しそうだった。




