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後でまとめて考える

「早く会いたくて。こっちから来てやったわよ、エレン」


 目の前まで降りてきて静止すると、シルフィードは腰に手を当てて偉そうに告げる。

 やけに肌色が多いと感じたけど、エイ湖に行ったあの日、俺たちが着てた水着と似た衣装しか身につけていない。

 なんなの? 神様に会うときって、それが正装なの?

 まあ、今それを着てるのは神様自身であって、俺じゃないんだけど。


 いや、待てよ。

 こいつは確かに見た目の大きさにそぐわぬ存在だ。だが、水の加護を得たくせになんの力も発揮できない勇者候補に、わざわざ会いに来ただと。

 上位精霊の中にも、いたずら好きだったり、人間をからかって楽しむやつがいると聞く。こいつがそうでないという保証がどこにある。


「一つ聞かせろ。エルフたちが寝てるのはシルフィードの仕業なのか?」

「そうだけど……もうっ。神に向かって呼び捨てとか仕業とか、不敬もいいところねっ」

「クリスなら疑うことも知らないだろうがな。悪いが俺はだいぶ疑い深くできてる。その姿とよく似た精霊の存在を聞いたことがある以上、納得できる証拠でもない限りお前がシルフィードだとは信じきれない」

「エレンってばさすがに二十年も男やってたせいか、少しシリアスになるとすーぐ男口調に戻るんだからもー」


 今は性別の話などしていない――と言いかけ、口をつぐむ。

 自称(・・)シルフィードを半目で睨んだ。


「そうか。俺が元男だったこととか、下調べは完璧ってか。大体、お前が使った魔法はさっきの雨だろ。惰眠の雨滴。うっかりもいいところだな。風の神が水魔法とは笑わせる」

「口が悪すぎ。そういうとこ、うっかりマリアンやシャーリーに聞かれたら伝わるわよ。レオノーラに」

「ママのことまで知ってるのか」

「これでも一応、神なのよ。風魔法しか使えないとか、見くびらないで欲しいわね。水魔法使ったのは、あなたがディーネ――ウンディーネの加護をもらったことで、水魔法に完璧な耐性を持ってるからよ」


 あ、そうか。言われてみれば、初見であるはずの「惰眠の雨滴」をこの俺が見抜けたのは不思議なことだ。そして、他のみんなと一緒にまともに雨滴を浴びたはずなのに、俺だけこうして起きていられることも。


「あなたと二人きりで話したかったからね。それと、全部とは言わないけど色々知ってるのよ。たとえば」


 小さな神の口から飛び出したのは俺の黒歴史。

 訓練に出る前のことだ。クリスから「一人では髪の毛もうまく縛れない」と言われて悔しかった俺は、鏡とにらめっこしながら練習した。しかも、髪を縛る練習だけでは飽きたらず、部屋に大量に持ちこまれていたクリスのお下がりを実際に着た。それこそ取っ替え引っ替え。

 髪の縛り方も若干変更しつつ、どの服のときにどの髪型にするとかわいいのか、かなり長時間にわたって試したこともある。……自分で自分をかわいいだとか、相当痛いぞ俺。

 てか、小さな口でそんなこと大声で暴露してんじゃねえっ!


「わーわーわー! わかった! あなたが神ってことは認めるからっ!」


 誰が聞いてるわけでもないけど、こちらとしても大声で妨害するしかないじゃないか。


「気にすることないわよ。女の子なら誰でもやることだもの」

「俺は――」

「女の子。いい加減、認めなさい」


 まさか、男に戻れないとでも言うつもりか。 


「さあね。それは神たる身のあたしにもわかんない」


 ナチュラルに心を読みやがった。まあ、じいさんにできることだ。神ができても何の不思議もない。


「ねえ、エレン。入れ物と中身は違うわよ。それは認めるわ。でも、入れ物を磨かなければ中身も輝きを失っていく。たとえ不本意だろうと、輝ける入れ物を手に入れたのだからきちんと手入れしなさい。輝くことで、勇者の資質は向上していくのよ! きっと。たぶん」

「いや、うーん。いまいち、良いこと言われてるのか言いくるめられてるのかわかんねえよ」

「頑固ねー。これは時間がかかりそうだわ」


 そりゃあな。俺は神という存在に、そこまでの敬意を持ってないからな。


「知ってるわよ」

「………………」

「あなたの家族やレオノーラの旦那が亡くなったことはあたしたち四神にとっても不本意よ。でも、神たる身でも――いえ、神だからこそ破れない制約ってものがあるの」


 沈黙を続ける俺の肩に座ると、シルフィードは話を続けた。


「うふ。今まではどちらかというと話し半分に聞き流す態度だったけど、少しは聞く姿勢になってくれたようね」


 いいから話せよ、とぶっきらぼうに言ってやったが、それに対してはどこか寂しげに微笑み返してくる。


「四神は人間や亜人の味方。魔神は魔族や魔獣の味方。でも、四神や魔神が直接戦うことはできないの」


 だめだ。その沈んだ声を聞いていると、十年前を思い出してしまう。


 冒険者になるため孤児院を出たのは十歳のとき。六歳で院に拾われた俺は、そこで四年間お世話になった。

 物心つく前に親を亡くした連中は総じて元気だ。だが、目の前で親を殺された連中は違う。当時の俺と歳が近ければ近いほど、夜毎に泣く。親恋しさに泣くのだ。

 院を出る間際、昔の俺のように暗い弟妹――まあ、あそこに引き取られた時点で家族みたいなもんだからな――たちを慰めたり元気づけたりするのは、いつしか俺の役割になっていた。


「一つの時代に一人の勇者。そして魔王。前者には四神が、後者には魔神が、それぞれ加護という形で力を貸す。神なんて言われてるけど、あたしたちにできるのはそれだけなの。人間から見たら神の端くれかもしれないけれど、決して全能なんかじゃないもの」

「そうか。まあ、あれだ。……シルフィ」

「シルフィ!?」

「ん? そう呼んだらだめか」

「だめじゃない! いい、すっごくいい!」

「その容姿なら、そうやって元気いっぱいな方が俺も……」

「ふふっ、元気になれるって? うれしいわ」


 一気にテンションが上がったな。

 泳ぐように優雅に、それでいて目で追いきれないほど素早く、シルフィは俺の周囲を飛び回る。彼女が飛んだ軌跡をなぞるように虹色の光が踊る。

 魔素が光ってるのか。


「あなたも、たとえレオノーラが見てなくても、容姿に合った言葉遣いをしてくれるともっとかわいいんだけどな」


 うるさいよと返しても、シルフィはなぜか嬉しそうに笑うだけだった。


「本当はもう少し見極めてからと思ったけど」


 少しスピードを落としたシルフィは、そう告げるとウインクした。

 風が服の裾をはためかせる。


「あのコミュ障のディーネが一目で気に入るほどの子だもの。最初から間違いないとは思ってたわ。だから、あたしからも風の加護を」


 ん? ななななんだっ!?


「ちょ! 服が! 脱げ――」

「何言ってんの。せっかくのマジカルスキン、できるだけ露出させないと。服の上からじゃ加護の効果が薄れるじゃない」

「はああっ!? うわ!」


 するりと剥ぎ取られた服が上空へと舞い上がる。


「なに焦ってんのよ。ディーネの時もその格好だったでしょ。てか、胸を隠す仕草が女の子らしいわね。素敵よ、エレン」

「黙れ! あの時のは水着! これは下着! ぜぇんぜんちがーぅ!」


 ――ふみゃっ!?


 肌を撫でる風に刺激され、奇妙な声が口から漏れた。


「はぁい、風の加護をエレンに。思う存分、風を巻き起こすがいいわ」

「……こんな格好、人に見られたらどうすんのよ……」


 なぜだろう。演技ではなく、その時口をついて出たのは完全な女の子口調だった。

 そしてその後しばらく、それについていじられてしまうのだった。


「神をぶつ子なんて初めてよ……」

「抜かせ。俺の拳の方が痛かったぞ」


 舞い上がっていた服に手を伸ばすと、それはこちらへとまっすぐに降りてきた。

 なるほど、風を操る感じがなんとなくわかる。これ、極めたら空だって飛べそうだな――なんてね。


「……ところで、加護はうれしいが強くなれたわけではないんだろ?」


 本当にぶつなんて、などとぶつぶつつぶやくシルフィだったが、そこはやはり神。

 呼吸一つで気分を入れ換えたようだ。


「まあ、そうね。即効性はないわ。本当に強くなれるかどうかはあなた次第。それに」


 指を二本たて、片目を閉じてこちらを見つめてくる。いちいちあざとい。かわいいなどとちらっと思ってしまった自分がなんだか悔しい。


「残る二人。ノーミィとサラちゃんが加護をくれないと始まらないし」


 ふむ。ノーミィというのは地の神ノーミーデスのことで、サラちゃんというのは火の神サラマンダーで間違いないだろう。


「始まらない、というのは何が?」

「ディーネも言ってたでしょ。破魔礼装を纏え、って」

「っ! ああ、言ってた」

「四つの加護をその身に受けて初めて、破魔礼装を纏う――つまり、勇者としての真の資格を得るか、まだその資格を得る段階に達していないかがわかるの」


 マジか。なら、急いでノーミーデスとサラマンダーに会わなきゃな。

 ああ、資格が足りないなんてこと分かりきっているさ。だから今以上に訓練し、研鑽を積みながら二柱の神に会おう。


「一つ問題があるの」

「なんだよ」

「一つの時代に一人の勇者、そう言ったのは覚えてる?」

「バカにしてんのか。俺はたしかにバカだけど、今さっき聞いたばかりのこと、忘れるわけがねえ」

「ん。でね、勇者候補(・・)は一人とは限らないのよ」


 なんだと?


「あなたの他に、もう一人。ノーミィとサラちゃんの二人から、地と火の加護をもらった勇者候補がいるの」

「まずい! 悠長に訓練なんかしてる場合じゃない!」


 明日すぐにでもロガーフィールドにいかなければ。


「まあでも、あたしがエレン以外を勇者だと認めなければ問題ないんじゃないかしら」

「それはダメだ!」


 予想よりはるかに大きな声が出てしまった。シルフィも目を真ん丸にしている。


「俺より強ければ、迷わず勇者だと認定してやってくれ。そうでなければ、人間と亜人は貴重な戦力を失うことになる!」

「よかった。合格よ、エレン。そんなあなたこそ、どの候補よりも早く破魔礼装を身につけられるよう、祈っててあげるわ」


 シルフィの言葉はそこで終わらず、「ところで」と続けてきた。


「ロガーフィールドには今もコカトリスが居座ってるはずよ。対策は考えてるの? それに、メイドちゃん二人。少なくとも彼女たちのメガネに敵う強さが得られなければ、出掛けるのは来週だの来月だのって話にさえならないと思うわよ」

「そんなの――」


 後でまとめて考える。


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