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他にないのか着るものは

「とんとん。入りますよー」

「ちょ! ま!」


 ノックから入室まで半秒かよ!

 てか、声真似でノックする人、初めて見たわ!


「ふふっ。お邪魔しまーす」


 部屋から出ていったじいさんと入れ替わりにやってきたのは彼の孫、女の子だ。おっ、結構かわいいな。

 いや俺、裸だし。毛布で胸を隠しながら何を考えてんだ、って話だよな。

 女の子から見られるなんて――あれ? 男から見られるよりマシなのか? あかん、よくわからん。


「はじめましてー。わ、かわいいっ! あたしクリス。お友達になりましょっ」

「あー、うん。え、かわいい? 誰が」

「ふふ、面白い人。ここにはあたしとあなたしかいないのよ。あなたに決まってるじゃない」


 これはあれか。とりあえず相手を誉めるお世辞とかいうやつか。

 そんな風に笑う君こそ天使のように整った顔立ちだけどね。……なんて、さらっと言えるほどコミュ力高くないけど。

 あ。よく見たらこの娘、俺が助けた娘じゃないか。そういや、あのときもクリスって呼ばれてたな。

 まだ幼い感じが残っているが、大きな瞳は目尻がゆるく下がりぎみで、優しげな美貌は完成間際といった趣だ。

 この前見たときはたしか、緑の髪をポニーテールにしてたな。今は別の縛り方か。女性の髪型には詳しくないが、縛り方一つでこうも印象が変わるものなんだな。


「ツインテールもなかなかいいものだな」

「うふっ、ありがと。ん? ……も?」

「なんでもない。俺はエレン。服、持ってきてくれたんだね」

「俺?」

「あー、名前以外のことはよく覚えてないんだが。多分俺、男に混じって冒険者やってたと思うんだ。うっすらとだけど、魔獣と戦った感じとか覚えてるし」


 じいさんとの約束とは言え、勇者を目指す俺が嘘を――元男だったことを隠さなきゃならん日が来るとは、な。

 クリスがこの部屋に来る前に、じいさんとの間でこんな会話があったのだ。



*****



 クリスが部屋に来る直前まで、じいさんが俺の相手をしてくれていた。


 マジカルスキンの件ではつい興奮した俺だったが、そのお陰で命が助かったのは確かな事実だ。この件でじいさんに文句を言うのは間違っている。

 どうやら俺の体が女性化したのはじいさんにとっても想定外だったようだしな。

 俺は気を落ち着かせ、部屋を見回した。


「それにしても広い部屋だな」


 しがない冒険者の俺には調度品の良し悪しまではわからんが、少なくともギルドの応接室よりは豪華な部屋に見える。

 なんだ、じいさん。こっちを見てにやついてやがる。

 ……おっと。

 毛布を胸までひきあげて、と。


「……………………」


 俺は半目でじじいを睨む。

 俺だって女の裸には興味があるが、それが自分のとなれば話は別だ。しかも男の目にさらすとかどんな罰ゲームだよ。


「なに残念そうな顔をしてやがる、エロエルフ」

「おおそうじゃ、なにか着るものが必要じゃな。お主の体格なら、わが孫の服が合うじゃろう」


 ちっ、誤魔化しやがって。

 それにしても、また孫か。二百歳なら、孫がたくさんいそうだな――などと、この時の俺は暢気に考えていた。


「そういやじいさん。名前を聞いてなかったな。俺はエレン」

「……ほう」

「なんだよ? 俺を知ってるのか?」


 冒険者として少しは名が売れてたのか、俺?


「知らんよ。じゃが、その可憐な外見にぴったりの名だと思うてな」

「うるせえよ」


 自分の名前を嫌うつもりはないが、男女兼用の名前だという点には不満がある。


「……って、誰が可憐だって?」

「わしはノラーム」


 あ、流しやがった。


「じゃが、どちらかと言えば賢者と呼ばれることが多いがな。まあ、好きに呼んでくれ」

「助けてくれてありがとう、じいさん」

「名乗った意味――」

「お礼、ちゃんと言えてなかったからな」


 胸を隠したままで、できる限り姿勢を正す。


「さっき、金はいらないと聞いたが、恩返しくらいはさせてくれ。もちろん俺にできる範囲で、だがな」

「ふむ。無頼の冒険者かと思ったが、きちんと礼儀をわきまえておる。それならエレン。お主に頼みたいことがある。なに、引き受けるかどうかはわしの話を聞いた後でもかまわん」


 おいおい。断ったら恩返しにならんだろうが。


「余程のことでもない限り引き受けるぜ」

「うむ。お主を男に戻す方法については、時間を見つけて調べておこう」

「悪いな、頼っちまって。正直、俺では何をどう調べればいいか、見当もつかないんだ」


 俺が塗られたマジックアイテム――マジカルスキンだったか。それの副作用って線はないのだろうか。それを聞いてみたところ、じいさんは即答した。


「ない。実のところ、マジカルスキンはお主が失った四肢を再生するために使ったのであって、その効能はもっと別の方向に働くのじゃ。少なくとも性転換の効能などあるはずがない」


 効能? いや、それは今はいいや。


「賢者のあんたがそう言うのなら、何か別の要因で女になったんだな、俺は」

「うむ。そんな簡単には解決策が見つからんものと思うてくれ」


 マジかよ。まあ、じいさんが悪いわけじゃないけどさ。


「そこで提案じゃが、原因を探る間だけでもこの家に泊まってもらえぬか」


 そりゃ、石にされて所持品の一切を無くした俺には逆にありがたい提案だ。よろしく頼むとの意思を込め、俺は頭を下げだ。


「それとな。お主が元は男だったこと、わし以外には黙っててほしいのじゃ」

「あ? なんでだよ」

「コカトリスに石化させられた後、マジカルスキンで再生。こんなことを故意に試す輩など、後にも先にもお主だけじゃろうが――」


 試したくて試したわけじゃねえよ!


「仮にこの事実が世間に知れた場合、犯罪者が逃げ延びるための最終手段として、姿を変えるために利用するかも知れぬ」

「いやいやノラーム。コカトリスの視線に身を晒すのなんて、それこそ死ぬほどの恐怖だぞ。実際に死にかけたし」

「重大な犯罪者は捕まれば死刑じゃ。死の恐怖の先に、逃げきる未来があるかも知れぬとなれば、試す輩も現れるかも知れん」


 わずかに沈黙を挟み、ノラームは真剣な眼差しを向けてきた。


「望むと望まざるとに関わらず、エレンは女の身体になってしまった。お主にとって見も知らぬ我が孫を救うため、死の恐怖に抗ってまで」

「……成り行きだ。勝手にしたことだ」

「じゃが。世間の風は冷たい。見た目はか弱いおなご一人、今まで同様の冒険者生活を過ごすことは叶わぬじゃろう」

「う……」


 確かにその通りだ。セクハラやら奴隷まがいの扱いなど、男にいいように扱われる女性冒険者を嫌と言うほど見てきた。

 男に守られながら華々しく活躍する女性冒険者など、ほんの一握りだ。

 そこらの男どもより強い、それこそ昔話に登場する女勇者のような存在など、大陸全土を探し回ってもまずお目にかかれないだろう。

 何の用意もなくあの世界に戻れば、俺を待っているのは理不尽で破廉恥な被支配的待遇かもしれない。


「というか、それって容姿端麗な女性に限る話だぜ。俺なんか――」

「なんとも自覚のないことじゃ。いずれにせよ、今のお主は先立つものを持っておらぬ。ギルドの身分証もない。その姿でFランク冒険者からやり直すつもりかね」

「んぐ…………」


 だからって。俺にここでおとなしく女のふりをしてろってのかよ。


「記憶喪失ということにしておけばよかろう。それなら無理に女言葉を遣う必要もあるまい。もうまもなく孫が来る。頼んだぞ」


 どうやら昼飯の時間らしく、食事をふるまってくれるらしい。

 孫が服を届けに来たと告げて、ノラームは部屋を出ていった。


 エルフの賢者か。そう言えば聞いたことがある。ギルドで他の冒険者が噂話をしているのを立ち聞きしたことが……。悪かったな、ぼっちで。

 誰に謝ってんだよ俺は。ぼっち歴が長いと心の中でも独り言をつぶやいてしまうな。

 そんなことよりノラームだ。

 彼が噂の賢者で間違いないのだろうな。噂通りなら、潤沢なマジックアイテムを保有し、人間の学者では及びもつかない豊富な経験と知識により様々な研究を行っているのだとか。

 俺を男に戻す方法についての手がかりを得るには、やはり彼に頼るのが近道なのかもしれない。



*****



「そういうことだから、口調が男っぽいのは勘弁してもらえないかな」

「いいよー。ギャップがあって微笑ましいもの」


 微笑ましい、だと? いったい俺、幾つに見えてるんだ。


「それに、勇者様の卵みたい。素敵よ」

「えっと。君の歳、聞いてもいいかな」

「多分あなたと同じくらいよ。この間、十四になったばかりなの」


 多分、俺の様子に何かを感じ取ったのだろう。しまった。つい、眉間に皺を寄せてしまっていたかも。

 見当違いではあるが、クリスは慌て出した。


「あのあの、エレンは記憶喪失だもんね。自分の歳とか覚えてなくて当然よね。あ、それともあれかな。あたし、じいじ――おじいちゃんと歳が離れすぎてて驚いた、とか。エルフは寿命長すぎて、人間と比べたらかなり少子傾向なのよ」

「ぷっ……ははははは!」


 慌てすぎだろクリス。両手をぶんぶん振り回して小さい子みたいだぞ。その可愛らしさと言ったらもう……。

 まあ、人間の十四歳と言えば成人直前の年齢だが、クリスは長命種のエルフだからな。まだ子どもってことなんだろうな。


「よかったあ! エレンが笑ってくれたぁ!」

「あっ、ちょ……」


 クリスに抱きつかれたぞ。なんだこの距離感のなさ。

 俺は男……じゃないか、今は。女同士だからいいのか。……いいのか?


「ごめんねえ。歳の話はダメだった?」

「いや、ダメなわけがない。そもそもこっちから振った話題なんだからさ。さっき君が言った通りだ。聞いておいて何だが、俺の方は歳を答えられないんだからな」

「んー。エレンの髪ってさらさらでいい匂い」

「ふへ?」

「黒髪ってあまり見かけないけれど、こうして近くで見ると艶々と光ってて素敵。ね、あたしとおそろいのツインテールに結ってあげよっか」

「や、それは、あの……」

「さっきあたしの髪、羨ましそうに見てたもの! 任せて、きれいに結ってあげるから」


 参ったな。ノーサンキューとか言える雰囲気じゃないじゃないか。

 クリスに髪をさわられているうちに、ふと違和感を覚えた。


「え、あれ? 俺の髪、こんなに長かったっけ」

「えー。そんなことも忘れちゃったの。いいわ、しばらくここで暮らしながらゆっくり思い出していけば、ね」


 会話をしながらも、クリスの手は休まず動く。

 あっという間に……。


「待ってて。鏡持ってくる」


 パタパタと部屋の隅へかけて行き、すぐにベッドへ戻って来た。

 手鏡だ。受け取って覗き混んだ俺は――


「ぇ――――――――」


 絶句した。

 年の頃はクリスと同様。咲き誇る直前の花のような造形もクリスと同様。

 華奢な身体つきに育ちきった胸。とてつもない美少女が写っていたのである。

 顔を左右に揺らすと、その動きに合わせて顔の左右に垂らした髪の束が視界の端で揺れる。あ、なんか少し面白い。


「これが……俺」

「やーんもう、エレン可愛いいっ!」


 また抱きつかれてしまった。

 まてまて。どうする、どうなる!?

 俺の夢、勇者になるっていう目標は――!


「あの、さ。クリス、そろそろ着るものを」


 いつまでこうしてても仕方ない。じいさんはメシの支度をするって言って部屋を出ていったから、そろそろ呼びに来るかも知れないし。


「うん。あたしのお下がりで申し訳ないけど、好きなの選んで。ほんと、こんなに可愛いって知ってたらもっとおしゃれなの選んであげたのにっ。ひとまず、今日はこのあたりで我慢してね」


 えー。あー。

 そうだよねー。

 なんつー頼りない下着。

 なんつー短いスカート。これでどうやって歩けと。

 うんまあ、クリスが今穿いてるの、これ以上に短いスカートなんだけどな。


 他にないのか着るものは。


 あかん、彼女の様子だと、今それを言ってももっとひらひら、ふりふりの服を用意されそうだ。

 しょうがない、俺も男だ。

 覚悟を決めて、ベッドから降りよう。


「おっ……と」

「あ、あぶない」

「ごめん、なんかまだ、体のあちこちが痺れてるみたいだ」


 もうこの際、胸を見られるくらいどうってことないな。それどころか、ちょうどその部分を支えてもらってるし。

 クリスの肩に手を置いて体勢を整える。


「ありがとう。もう大丈夫だ」

「んふっ」

「や、あのな。だからもう」

「こちらこそありがと。あたしのよりおっきいし、期待以上の手触りよ」


 おいこら。わざとだったのかよ。


「名残惜しくて手を離すのが辛いわ。でも今日のところはこのあたりにして――」


 とんだエロガキじゃねえか。なんてこった。


「困ったわね。あたしのブラだとサイズが小さいもの」

「まあ、今日のところはノーブラで」


 てか、つけなきゃダメなのか? それつけたら本格的に記憶を失いそうで怖いんだが。主に自分の性別に関する記憶を。


「だめよ。女の子は胸を大事にしないと!」

「言ってることとやってること、矛盾してるよね」

「いやだ、何を言うかと思えば。だからこそ、大事に手触りを楽しんでるんじゃない」

「んっ。そ、そろそろ服を着たいんだが」


 なんてこった。何を口走った。女の子の服を着たいなどと言う日が、まさかこの俺に訪れようとは。


「エレン。今日のところはあたしに頼って。この手触りだとあたしのお母さんなみの大きさだから、お母さんのを借りてきてあげるから」


 いや、手触りで確かめることじゃないよね、それ。

 結局、下着から何から全て彼女に着付けされてしまった。

 とにかく露出が高い。肩も太腿もむき出しの服なんて、十にも満たないガキの頃でさえ着たことがないぞ。

 クリスがこういう格好をする分にはかわいいと思うよ。

 でも考えてみてくれ。二十歳の男である俺が、こんな――。

 いや、愚痴はやめよう。覚悟を決めたはずだぞ、俺。


 でもなあ。

 ……他にないのか、着るものは。


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