魔王を斃すその日まで
目を開いた。
薄暗闇ていどには周囲を見渡せる。
ここはテントの中。そっか、夜営中だ。
聞こえる虫の声から判断する限り、夜明けはまだしばらく先のようだ。
以前よりもずっと夜目がきくので、暗さだけでは時間帯を判断しづらい。
……以前? いつと比較してるんだっけ。
「昨日、俺は――」
俺? 何いってんの、わたし……。
わたしは孤児で、エルフの賢者ノラームに拾われた。古着がたくさんあるから、人間の町にあるキレニー孤児院まで寄付しにいく。ノーミーデスに会った後で。
でも、トルハの町には他にも三つの孤児院がある。キレニーを指定したのは他ならぬこのわたしなんだけれど、なぜそこなんだろう。
何か、肝心なことを一つ忘れているような気がする。
……まあ、いいや。
きっと寝ぼけてるだけ。
さて、と。パーティを組んだ以上、主人もメイドも関係ないんだから。強引にでも見張り、交替しないとね。
今日はポニーテール。決定。
そうそう、せっかくもらったイヤリングなんだから、これもしっかりとつけましょう。
あっ。
「…………?」
気のせいかな? いま、割れちゃったような気がしたけれど……。
よかった、問題なさそう。ひびも入っていないし。
「シャーリー、お疲れ様」
この時間帯、見張りはシャーリーだ。交替を提案してみたけれど、首を横に振られてしまった。
「あたしは充分に寝てるっす! 戦闘メイドは丈夫さが取り柄ですし、夜明けまではほんの二時間っす。ホントにいいんで、エレンは寝てくださいよ。リーダーに怒られちゃいますんで!」
ロガーフィールドまでは、ここから歩いて半日ほどだ。大した距離ではないが、朝食後は歩きづめとなる予定である。
現状、単純な火力を比較すれば、【四神の加護】における最大火力はクリス。次点がわたし。
その二人を少しでも休ませようというメイドたちの考えはわかる。加えて、メイドにとっては仕える家の娘となるわたしたちの立場も、決して無視できないだろう。
しかし、クリスもわたしも後衛だ。戦闘において極限までの運動量を要求されるのはなんと言おうと前衛、我がパーティにおいてはメイドの二人である。
マリアンとシャーリーは、わたしの目から見て一流の戦闘技術を持っている。しかし魔法と物理いずれも威力が平凡で、二人で盾役と攻撃役をスイッチしながら敵の注意を引き付けるのが基本的な戦法である。
だからわたしとしては、なんとかしてシャーリーに休んでもらいたかったのだが……。仕方ない。これ以上の押し問答はかえってシャーリーを疲れさせるだけだ。
「そっか。でもわたし、もう目が冴えちゃって。お茶淹れたげる。話し相手になって」
「モテ期キタコレ! 喜んでっ」
「違うからね」
「デスヨネー」
糸のように細めた目で睨むと、シャーリーはあっさりと降参のポーズをとった。続く動作でこちらへウインクを寄越す。
「あ、お茶はお任せを。あたしメイドですから」
「あっ」
茶器の場所を聞き出す間を与えず、素早く立ち上がってしまう。
「もう。【四神の加護】内ではシャーリーの方が先輩なのよ。結局タメ口なんてあの日だけで、あとはずっと敬語になっちゃってるし」
「そんな都合よく切り替えられませんって。お嬢様はお嬢様なんですから」
ため息をついたものの、無理強いするつもりもない。敬語とは言え少しくだけた言葉になっているのだから。そのあたりがシャーリーの妥協点なのだろう。
熱いお茶を飲み干すと、ちょっと手持ち無沙汰になっちゃった。
「ふふっ」
「?」
「なんだかんだ言っても、シャーリーは真面目ね」
「ふぇっ? エ、エレン? にゃにを」
えいっ。膝枕してもらおう。
シャーリーってば、落ち着いて話していると面倒見のいいお姉さんって感じなんだもん。
「はわわわ、ここは天国ですくわっ!」
ほらやっぱり。
発言はおふざけ気味でも、わたしの髪を撫でる手はこんなに優しい。
「エレン? ありゃ。寝ちゃったですか。ほんとに可愛い寝顔を見せてくれちゃって……じゅるっ」
おかしいな。さっきまで目が冴えてたはずなのに。
「エレン。あなたはクリスを守ってください。あたしはあなたを守ります。あなたは勇者候補。自分で考える以上に、敵を呼び寄せる存在なのです」
この真剣な声……、シャーリー? いや、ここはもう夢の中か?
「相手が慎重である以上、こちらも焦ってはいけません。魔王を斃すその日まで、もし迷うことがあれば――」
――何よりも自分自身を優先しなさい。
ぜったい夢だよね。いくらなんでも、こんなに真面目な声でしゃべるなんてシャーリーじゃないもん。
ガバッ、と音がした。
勢いよく身体を起こすと、毛布が地面に落ちる。
「うにゅー、ざんねーん。たった一時間の天国だったっす。いつまでも眺めていたい寝顔だでしたのにー!」
なんだ!? 俺、どこで寝てたっ!?
……いや、覚えている。
一瞬で頬が茹で上がった。
「わ、悪いっ、シャーリー。お、女の子の膝で。しかも一時間もっ」
「うひゃ、エレンに女の子って言ってもらえるなんて。このシャーリー、女の子レベルが一気に三つくらい上がった気分っすよ!」
やべえ、焦りすぎて演技モード忘れてる。
……しかし、寝る前の俺――じゃねえ、わたしときたらなんなんだ。まるで男だった頃の自分なんていなかったかのような……。
まさか、演技モードに流された? いやいや。今後、気をしっかりと持とう、うん。
「安心してください、エレン。自力で封印を解いたってことなんすから。その感覚、覚えておくといいっすよ」
「? なんのこと? わかるように説明してもらえないかな」
「もうすぐリーダーが起きてきますんで。しばらくの辛抱っすから、日の出の時間からは昨日のエレンでいてくださいね」
ホントに何を言ってるんだよ、シャーリーは。こちらの知らない何かを知っているのは確実だな。次に二人きりになったら聞き出さないとな。
二人きり……。あれ、頬が。
「つつかないでよ、シャーリー」
「えへへ。なんだかとっても嬉しいっす」
つんっ。
誰にだって気の迷いってもんがあるさ。うん。
「ツンデレエレン、キタコレ!」
デレてないからな! 誤解すんなや。
*****
わたしたちは軽装だ。
わたしとクリスはハーフローブ、メイドふたりはローブを羽織っている。だが、誰一人リュックを背負ってもいなければ、これ見よがしに武器を帯同してさえいない。
じいさんの優秀なマジックアイテムの恩恵である。
腰に装着した小さなポシェットタイプのポーチに、余裕で簡易テントが収まってしまうのだ。
わたしの場合は左手首のブレスレットに弓本体が、右腰のポーチに大量の矢が収まっている。
まるでそこらを散歩でもしているかのような出で立ちのエルフ少女が四人。ロガーフィールド間近の荒野にはあまりにも不似合いと言わざるを得ない。見る者に強い違和感を与えること請け合いだ。
シノブと出くわした時は、わたしは予め弓を持った状態だった。それに襲撃者の仲間が岩影に隠れている可能性を警戒して、メイドたちも武器を手に持っていたものな。
そんなことを考えていた折りも折り。
岩場の影から突然飛び出たかと思えば、こちらの行く手を遮る奴らが現れた。
「よう。どうしたんだ、エルフのお嬢ちゃんたち」
「お仲間とはぐれたのかぁ? 俺たちが安全なとこまで連れてってやるぜえ」
「岩場用の特別な馬車だが、キャビンは鉄格子だから乗り心地までは保証できねえけどよう」
「げはははははは!!」
何がおかしいのやら。笑いかたが下品なんだよ、クソヤロウども。
ふむ。見た目は屈強な男ども、四人組か。
見たところ、特殊なサスペンションを装備した馬車が一台。男どもの言う通り、キャビンは鉄格子製だ。
ふむ、人間とおぼしき女の子が一人、檻の中に横たわってるな。奴隷商か。
どこから連れ出して、どこに連れていくのか知らないが、ご苦労なことだ。わたしたちに対する態度を見るに、非合法な手段で奴隷を集めているのだろう。
こんな辺鄙な場所にいるからには、町の役人に目をつけられたのかもしれんな。
ま、役人連中だってこの手の非合法な奴隷商から袖の下貰ってるわけだから、ほとぼりを覚ませばあっさりと町に入れるはずだ。
「大人しくしてりゃ、痛い目を見ずに馬車にのれるぜえ。」
俺のローブを掴むクリスに「大丈夫だよ」と声をかけ、メイドたちと視線を交わした。
悪いな、人さらいども。
暴れさせてもらうぜ。




