そんな評価は不本意だ
的だ。フォブロルが二、いや三匹。
距離、七十メルトー……いや、もう少しあるか。一メルトー間隔に分かれて草を食んでいる。
矢筒から三本の矢を取り出し、人差し指から小指までの間に挟む。
こうなると引いた弦の力を支えるのはほぼ親指のみ。
グローブの類いを使わず、素手の俺ならただ一度の弓射ですりむけてしまうのが常識だ。
ところがマジカルスキンの性能か、二柱の神々による加護の影響か、この手は怪我どころかわずかな痛みさえ俺の脳に伝えてこない。
「やああっ!」
男の時に剣を振っていた際の癖か、つい気合いの声を発してしまう。
軽く飛び上がると、あっさりと自分の身長ほども地面から離れた。
充分に離れているとは言え、この声に反応しない野性動物はいない。案の定、三匹は蜘蛛の子を散らすように、思い思いの方向へと駆け出していく。
だが遅い。
矢を放つ。もちろん三本同時だ。
着地した俺にサイドテールのエルフが駆け寄った。戦闘メイドのシャーリーだ。
結果を見るまでもない。この時点ですでに、三本とも獲物を射抜いている。
矢が掻き分けた空気が風を巻き起こす。
それが今になって俺とシャーリーの髪を揺らした。
「…………お、お見事」
あんぐりと開けていた口をなんとか閉じ、シャーリーは声を絞り出すようにして称賛してくれた。
足音に振り向くと、ショートカットの長身エルフ女性とツインテールの俺と同じくらいの背丈のエルフ少女が小走りに近寄ってくる。
「エレンすっごおぉい! 生まれ変わったみたぁい! あたしなんてまだ一匹も狩ってないのにぃ」
「この距離で、しかもフォブロルの硬い背中をほぼ中心から。B級冒険者でさえ、エレン様ほどの弓術士はいないかと思われます」
離れたところでべつの獲物を狩っていたクリスとマリアンだ。シャーリーに続けて声をかけてくれた。
一応は嬉しそうに見えるよう、笑顔で礼を述べておく。
だがこれは借り物の力だからな。
何らかの手段で加護を無効にされるような状況でもこれに近い結果を得られるよう、精進しなければ。
「それにしてもエレン、いつみてもエロ可愛い~!!」
「……言わないでクリス」
そんな評価は不本意だ。
いくら、風の加護を受けたマジカルスキンをできるだけ露出した方が完全命中率を保証できるからって。
「こんな、へそ出し衣装が旅装だなんてぇー!」
「エレン、自分で言ってるし」
あの後数日にわたって屋敷に居座っていたシルフィ。彼女によると、俺自身は普通の装備を身につけてもさほど攻撃力や防御力に差異はないとのこと。矢の命中率はごくごくわずかに下がるようだけど。
だが、加護はパーティを組んだ俺の仲間にも影響があるらしい。主に、防御力の面で大きな違いが出る。
具体的には、俺が最低でも太ももの大部分と腕の大部分を露出することにより、仲間たちも俺と同様の防御力が得られるというのだ。
そこで俺が選んだ旅装は、ボトムスは股下ぎりぎりでカットされたショートパンツ。トップスはブラをぎりぎり隠す程度に短いタンクトップ。
普段はハーフローブを羽織り、前も閉じておくんだけどね。ただ、その状態だと太ももがほとんど見えるのに対してショートパンツが完全に隠れるのだ。見ようによっては「穿いてるの?」状態。
いい加減慣れてくれ。俺は慣れた。慣れたったら慣れた。
……痴女じゃないもん。
「誰もそんなこと思いませんってば。可愛いとは思いますけどぐへへへ」
「シャーリー気持ち悪い」
「はうっ」
だから嬉しそうな顔すんなっ、このドMメイドめ。
他の三人のエルフたちの格好はと言うと。
戦闘メイドたちはメイド服ではない。長袖、長ズボンに革鎧という常識的な格好だ。まあ、人間の街に着いたときに悪目立ちしたくないので、俺が頼み込んだんだけど。
クリスは上は長袖に革鎧を着込んでいるものの、下はミニスカート。スカートは本人のこだわりらしく、俺としては説得を諦めた格好だ。
それもあって、戦闘中は俺がなるべく露出を多めにすることで、パーティ全体への加護を高める必要があるのだ。クリスのむき出しの太ももは俺が守る!
閑話休題。
そう、これは旅だ。訓練ではない。
ノーミーデスに会うという目的を果たした後、人間の街――男だった時の俺が拠点にしてた――、トルハに行くのだ。ノーミーデスから土の加護を得るという目的の成否に関わらず。
トルハではマリアンをリーダーとして冒険者ギルドでの登録を行い、ついでに俺を育ててくれたキレニー孤児院にクリスのお古を寄付する予定だ。
できれば、アナベルやミーナといった孤児院の妹分に直接会いたいところだが、今はこの姿だもんな。院長にだけ挨拶して帰ることにしよう。
「リーダー! 前方にいるの、人間じゃないですか?」
「シャーリー。外では――」
いつぞやの繰り返しとなるメイドたちの掛け合いを、俺は手で制した。
てかマリアン、自覚してね。このパーティではあなたがリーダーなんだからねっ。
前方に目を凝らす。確かに人間だ。
距離、多分百メルトー。さっき仕留めたフォブロルまでの距離から、さらに三十メルトーほど離れている。
人間の街から来たはずだから、多分ロガーフィールドを越えて来たんだよね。無事ってことはコカトリスに出くわしてないのかな。
男が四人、女が一人か。
「あっ」
男たちが散開した。女の前後左右を取り囲む。うわ、男ども全員、長剣を抜き放ちやがった。
「女の人が危ないっ」
あれ、そう言えば俺。男の時ってあんな遠くのもの、ここまでハッキリ見えたっけ。
いや、今はそれどころじゃない。
女はナイフを抜いたようだが、動きがおかしい。
あ、尻餅ついた。
「どうやら、すでに足を傷つけられているようですね」
「ひどぉーい!」
口調だけは冷静ながら、マリアンは怒気を含んだ声で告げる。
クリスの声と同時に、矢を三本つがえた。
狙いをつけるまでもない。この距離でも当たる確信がある。
ふと、弦を引き絞った姿勢のまま自問する。
――待てよ。女が何者か、確認しなくていいのか。一対四というだけで、四の側を悪と決めつけていいのか。
(勇者エレン。そなたが信じる道を)
水の加護を授けてくれた時のウンディーネの声が脳内に甦る。
さすがにこの距離では表情まではわからない。だが、女の悔しげな顔、男どもの嘲笑する顔が見えた――気がした。
「――――しっ!」
フォブロル狩りの時とは違う、静かに呼気を吐き出すだけの気合い。
その瞬間、人間たちの動きは。
女は正面の男からの一撃をナイフで弾いたところだ。
だが尻餅をついた姿勢、逃げ場がない。
他の三方から同時に剣先が突き込まれようとしている。
あれは生かして犯すなどとは微塵も考えていない、確実に殺そうという襲い方だ。
だがそうはいくか。
――命中!
悪いな、この距離では手加減できん。急所を射抜かせてもらったぜ。
首から矢を生やし、倒れ込む男たちが三人。
生き残った二人が周囲を警戒するように見回した。
「チャンスを逃すな!」
祈りが通じたわけではあるまいが、女が我に返った。男よりほんの少しだけ早い。
おお、いい判断だ。ナイフを投擲した。
腕もいいな。がらあきの喉にナイフが突き刺さった。
それでも執念深く剣を振り上げた男は――、そこで力尽き、真後ろへと倒れ込んだ。
*****
「夢でも見てるのかにゃ。こんな可愛い娘に助けて貰えるにゃんて」
女は猫人族だ。
シノブと名乗る彼女の足を手持ちのポーションで治療してやると、大層感謝された。
処置をしたのはシャーリー。彼女にしては珍しく無言で淡々と治療してた。
「うち、たいしたもの持ってへんのやけど」
「見返りなんか期待してないよ。ところで、猫語訛りかと思ったけど、なんか変わった方言も混じってない?」
思わずツッコミを入れた。
舌を出し、自ら頭をこつんと叩くシノブ。……いや、あんまり可愛くないから、それ。仕草はともかく、表情は愛らしいけどね。
年齢は十八くらいかな。茶色のショートカットで耳は頭の上に立っている。
ややつり上がり気味の瞳は神秘的なグリーン。猫人族には珍しく、髪以外は人間同様につるつるだ。
彼女の衣装は少し変わっている。そう、俺の露出など目立たなくなる程度には。
袖無しの赤い布を体の正面でV字型に合わせ、腰のあたりで太い紐――彼女はそれを帯と言ったが――で留める服装だ。
谷間が見えてるけど、ブラしてないんじゃね?
裾はスカート状に緩く広がっているが、その丈はクリスのスカートより短い。
手も足も俺たちエルフや人間と変わらない。その足を包むのは指がむき出しのサンダルのみ。
「靴やブーツは合わないのにゃ。うちら猫人族はサンダルか裸足の方が速く走れるのにゃ」
ふうん。
クリスってばシノブの尻尾触ってるよ。
「にゃはは! くすぐったいにゃ」
「こぉら、失礼でしょ」
名残惜しげなクリスの手から、シノブの尻尾を解放してやる。
わあ、シノブってば。尻尾がゆらゆら揺れているけど、それを立てると普通にパンツが見えるんですけどっ。
なんだかこっちの顔が赤くなっちゃったよ。
ひゃ、こっち振り向かれた。
「あ、これ? 猫人族はどうしても見えちゃうのにゃ。だから見せパン穿いてるのにゃ」
うはは、だから恥ずかしくないってか。見てるこっちは目のやり場に困るよ。
あと、猫語訛りで喋ることにしたのね。
「うち、もともとカイオー帝国にいたのにゃ。少し前、レムス王国のトルハに引っ越して標準語に矯正しようとしたら、猫訛りで覚えちゃったのにゃ」
「ん。雑談はこのくらいにして。良かったら、何故襲われてたのか教えてくれない?」
「お嬢様!」
シノブに質問しようと思ったら、意外に強めの語気でマリアンが割り込んで来た。
「私たちはならず者に襲われていた冒険者を助けただけ。これ以上の面倒ごとに関わる義理はありません。旅の目的を優先なさいませ」
「あー、うん。うちも、本来ならお礼すべきところだけど。こうして助けてもらっただけで充分だから。ありがとにゃ」
「うーん。まあ、それでいいなら。じゃあね、シノブ。わたしはエ――」
「お嬢様っ!」
ええ? 名乗るのも禁止?
あれ、シノブ、頭を抱えてる――ああ、耳おさえてるのか。
「悪いこと言わにゃい。自分で言うもアレだけど、こうして襲われてる冒険者はろくでもない事情を抱えてるものにゃ。うちに限らず、たとえ助けても事情を聞く必要はにゃいよ」
んー。
その場に座って手を振るシノブを残し、俺はなんとなく、後ろ髪を引かれる思いで旅を続けることにした。




