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沈黙の女神  作者: もり
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 数日後、二人を乗せた馬車は、ようやく王城へと帰り着いた。

 そして、フェリクスの手を借りて馬車から降りたレイチェルは、出迎えの多さに小さく息をのんだ。

 それは花嫁として、初めてこの城に訪れた時よりもはるかに多い。

 やはりフェリクスは王として皆に尊敬され、慕われているのだと、レイチェルは嬉しくなった。


「国王陛下、王妃陛下、お帰りなさいませ。ご無事でのお戻り、何よりでございます」


 リュシアンが改まって挨拶をすると、フェリクスがおかしそうに笑った。


「ずいぶん大そうな出迎えだな。いったいどうしたんだ?」

「陛下が王妃様をお連れになってお戻り下さったことが嬉しいのですよ。私も含めて皆、お二人がこの城でお揃いになることを、待ち望んでいたのですから」


 リュシアンの答えに驚いて、レイチェルが人々に目を向けると、満面の笑みが返ってきた。

 数ヶ月前の警戒心に満ちた表情とはまったく違う。

 戸惑うレイチェルの気持ちを察したのか、フェリクスが優しく腰に手を添えて抱き寄せた。


「皆の出迎え、感謝する。王妃は体調を崩し、アクロスで静養中だったが、それも私の子を身籠ったためだ。ようやく城に連れ帰れて私は嬉しい。皆もどうか、今まで以上に王妃によく仕えてほしい」


 フェリクスの言葉と同時に、その場は沸いた。

 噂でしかなかった王妃懐妊が王の口から正式に発表されたのだ。

 また改めて発表はあるだろうが、それよりも早く皆は祝いだ何だと盛り上がっている。

 レイチェルが感謝と喜びの笑みを向けると、人々ははっとして顔を赤くした。

 それでも口々に祝辞を述べ、国王夫妻の仲睦まじい姿をとても喜んだ。

 やはりあの悪意ある噂は嘘だったのだ、最近よく聞く話が真実なのだ、と。



   * * *



 部屋まで送ってくれたフェリクスが執務に戻り、一人部屋に落ち着いたレイチェルは長椅子に腰をかけ、深く息を吐いた。

 一月余り留守にしていた部屋は何も変わっていない。

 だが、城の人達の態度は大きく違っていた。


(やっぱり、陛下が迎えに来て下さったことで、みんなも好意を持ってくれるようになったんだわ……)


 しかも、噂を否定するような先ほどの宣言はとても嬉しかった。

 フェリクスの気遣いには感謝してもしきれない。

 一足先に城に戻っていたベティが淹れてくれたお茶を飲んで、幸せに思わず微笑んだレイチェルは、突然入って来た客に目を丸くした。


「私、お別れの挨拶に参りましたの」


 どうやらドナや護衛の制止を振り切ったらしいアリシアは少し息を切らしている。

 立ち上がったレイチェルは、ドナへ大丈夫だと頷いてみせ、どうにか笑みを浮かべてソファを勧めた。

 アリシアはふんと鼻を鳴らしながらもちゃっかり座る。


「せっかく王妃様がお戻りになりましたのに、お出迎えもできず申し訳ありませんでした。私、近々嫁ぐことが決まりまして、その準備に手を取られていたものですから」


 カップに手を伸ばそうと俯いていたレイチェルは一瞬動きを止めた。

 しかし、内心の動揺を微塵も感じさせない笑みをまた浮かべて顔を上げる。

 それが癇に障ったらしい。

 今まで一応繕っていた礼儀を捨て、アリシアは捲し立て始めた。


「王妃様はこれでご満足かしら? 邪魔な私がいなくなるのですもの。でも、私だって満足しているわ。何といっても、私は王妃様と違って、望まれてサクリネ国王の許に嫁ぐのですから。私のためにわざわざ第三王妃の地位まで用意して下さったのよ? 私は絶対にサクリネ国王の子を――男児を産んでみせるわ!」


 がちゃんと音を立ててカップを置くと、アリシアはいきなり立ち上がり、挨拶もなく出て行った。

 レイチェルはその態度にも話の内容にも唖然として、ただ座っているしかなかった。

 頭の中にはさまざまな思いが浮かんでくる。


『……ドナ、サクリネ国王は確か……お父様と同じくらいのお年じゃなかったかしら?』


 さすがにドナも言葉を失っていたのだが、レイチェルの問いかけに我に返り、慌てて答える。


「は、はい。そのように記憶してございます。しかもあの国では、王はお妃様をお二人娶られる決まりで、第一、第二と王妃様がいらっしゃったはずですが……」


 ドナが言葉を詰まらせると、ベティが遠慮がちに口を挟んだ。


「あの、私も昨日聞いたばかりなのですが、サクリネは先のモンテルオとの戦で王太子殿下を亡くされたそうです。そのため、サクリネ国王の御子は第二王妃様がお産みになった王女様お二人のみとなってしまったと。第一王妃様はあまりお身体が丈夫ではなく、第二王妃様も王太子殿下ご逝去の知らせにお倒れになって以来、ずっと臥されていらっしゃるとか……」


 それを聞いてレイチェルは眉を寄せた。

 先の戦で王太子が戦死したならば、サクリネ王家にとってモンテルオは仇ではないのか。

 それなのに本当にサクリネ国王はアリシアを望んだのだろうかと心配になった。

 正直に言えば、好きな相手ではないし、先ほども意地を張って冷やかに微笑み通したが、不幸になってほしいとまでは思えない。

 どことなく重たい雰囲気が漂う中で、レイチェルは気分を変るために裁縫を始めようとした。

 そこへ、また先触れもなく新たな来訪者がやって来た。


「レイチェル」


 心配に顔を曇らせたフェリクスは、ドナ達を手振りで下がらせ、驚くレイチェルの隣に腰かけた。


「先ほど、アリシアが部屋に押し入ったと聞いたが、大丈夫か?」


 いったい誰がフェリクスに伝えたのか、少々誇張されている。

 レイチェルはかすかに困惑しつつ、大丈夫だと応えた。

 忙しいだろうに、心配してわざわざ来てくれたのが嬉しい。


「そうか……」


 フェリクスはほっとすると、少し考え、うかがうようにレイチェルを見た。


「ひょっとしてアリシアは……サクリネに嫁ぐことを話したのだろうか?」


 静かな問いかけにレイチェルが頷くと、フェリクスはどこかぎこちなく微笑んだ。

 それから、ふっと目を逸らす。


「実は……サクリネ側は当初、王女をリュシアンかパトリスのどちらかに嫁がせることを提案してきたんだ。だが、二人が承知するわけがない。たとえ王女が十歳の子供でなく、成人した女性だったとしても」


 苦笑まじりのフェリクスの説明を聞いて、レイチェルは思わず口を開け、慌てて閉じた。

 フェリクスは一度大きく息を吐き、再び話し始める。


「当然、二人が承諾するわけがないと知っていたシャルロはその場で断った。すると、サクリネ側から新たな提案がなされたんだ。確かに、ベルトラン侯爵家は王家に連なる家系だし、適齢の女性としてもアリシアが一番ふさわしいと思う。だが……本音を言えば、私はアリシアをサクリネにやりたくはない。すでに妃が二人もいる相手に嫁いでも、苦労するのは目に見えている。有事になれば命の保証だってできないだろうに、なぜシャルロがそんな提案を受け入れたのか理解できない。それでもアリシアが拒むのならば、私は承知しなかったんだ」


 淡々と話しながらも、フェリクスは膝の上で両手を固く握りしめている。

 レイチェルは冷たくなったその拳に触れ、温めるように包みこんだ。


「すまない、レイチェル。あなたも自分の意思とは関係なく私の許に嫁いできたのに、こんな弱音を聞かせるべきではなかったな」


 レイチェルは首を振って応えた。

 フェリクスがアリシアを妹として大切に思っていることは聞いている。

 その彼女が、今はまだ敵国も同然の国に嫁ぐのだから、心配するのは当然だろう。

 だがどうしても嫉妬してしまう心の狭い自分を嫌悪しながら、レイチェルは微笑んだ。


「政略婚は我々の義務だ。それで民が安寧に暮らせるのなら、必要なのだろう。だが……」


 フェリクスは拳を広げて力を抜くと、レイチェルをそっと抱き寄せ、わずかにふくらんできたお腹に片手を添えた。


「私は幸運だった。だから、この子にもできる限り望む相手と結ばれてほしいと思う。そのためにも、平和な世になるよう努めていかなければ」


 レイチェルは笑みを深めて大きく頷いた。

 フェリクスも微笑み返し、レイチェルに顔を寄せる。

 最初は軽いキスだった。

 それが次第に熱をおびていく。

 何度も繰り返される甘いキスからようやく解放された時には、レイチェルはぼんやりとしていた。


「……仕事に戻らなければ」


 フェリクスがため息混じりに呟いて立ち上がる。

 レイチェルもどうにか立とうとしたが、押しとどめられてしまった。


「いや、そのままでいい。その……邪魔してすまなかった」


 広げた裁縫道具を目にしてフェリクスは謝罪すると、最後に名残惜しそうにレイチェルの頬に軽く触れ、去って行った。

 レイチェルは熱を持ったような頬を両手で押さえ、その大きな背を見送った。




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