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――まずは、山に潜む者達について知らせてくれたことに礼を言いたい。確かに、山岳部族に関しては、これでいくつもの疑問が解消できる。しかし、今は兵を動かせる状況ではない。それでも早急に対策を講じたいと思う。
そして、あなたと動物達のことについては、正直なところ混乱している。残念ながら、文章では上手く言い表せない。このことは、城に戻ってからにしたい。
鷹が勢いよく向かって来た時には本当に驚いた。どうにも、からかわれていたような気がする。だが、兵達は喜んでいた。ありがとう。
手紙を読み終えたレイチェルは、ずっと詰めていた息を吐き出した。
それでも込み上げてくるさまざまな感情が溢れ出しそうになる。
どうしようもなくなって、レイチェルはのんびり羽を休めている鷹に抱きついた。
『ありがとう!』
『なんだ、そんなに良いことが書いてあったのか?』
『わからないの。でも、ありがとう!』
淡々とした文面からは、フェリクスの感情は読み取れない。
だが、山腹に潜む者達のことは信じてくれた。今はまだ、鳥達から何の知らせもないが、すでに動き出しているかもしれない。できれば良い方向にと願いながら、レイチェルには待つしかなかった。
そして、混乱しているという言葉については、考えても仕方ないのだ。レイチェルはもう覚悟を決めたのだから。
『うむ。まあ、とにかく、どういたしましてだな』
鷹はちょっとかしこまって頷くと、するりとレイチェルの腕から抜け出した。
ばさりと羽を広げてまた閉じ、くいくいと首を動かす。
『それで、他に何か手伝えることはあるか?』
『え?』
思い掛けない言葉にレイチェルは驚いた。しかし、すぐに笑って首を振る。
『いいえ、大丈夫。あなたにはもう十分してもらったもの。いきなり押しかけた私の願いを引き受けてくれたばかりか、陛下からのお返事もここまで届けてくれるなんて。本当にありがとう』
『そうか。だが、遠慮はいらんぞ。我はもうしばらくここに滞在しようと思う。何かあれば、声をかければよい』
『ありがとう――!』
嬉しさのあまり、もう一度抱きつこうとしたレイチェルの腕をするりとかわし、鷹はひょいっと跳ねて窓の際まで進んだ。
『婦女がそうむやみに男に抱きつくものではない。さて、それではあの鳥に大丈夫だと言ってやれ。我がここにおるゆえ、近づけぬらしい』
そう言うと、鷹はひゅっと窓から飛び出した。
この辺りの主に挨拶に行って来ると告げて、大空に向かって羽ばたく。
しばらくして、ほっとした様子の鳥が窓辺に止まった。
『レイチェル様、お久しぶりです!』
『まあ、お久しぶりね。ブライトンから飛んで来たの? 大変だったでしょう? 今、お水を用意するわ』
レイチェルのために用意された軽食の中からパンをちょっと千切り、お皿を一つ空けて水を注ぐ。
鳥は嬉しそうにパンをつまみ、水を飲んでから片足を差し出した。
『クライブさんに、エリオット様からお手紙です。でも、お留守みたいで。ボクは暗くなる前に適当な寝床を見つけないといけないから、レイチェル様が渡してくれますか?』
『もちろんよ。だけど今からで大丈夫? 見つけられるかしら?』
太陽はもう沈みかけている。
心配するレイチェルに、鳥は元気良くぴぴっと鳴いた。
『大丈夫です! もう目ぼしいとこは見つけてるんで。明日、明るくなったらお返事を受け取りにまた来ますからね!』
ぱたぱたと飛んで行く鳥を見送った後、レイチェルは手の中の手紙に視線を落とした。
エリオットとクライブはここ最近、ずっと手紙でやり取りしている。
レイチェルの知らない重大な何かが書かれているのかもしれない。
そこまで考えて、レイチェルははっと我に返った。
(私……なんて最低なことを……)
備え付けの書物机の抽斗に急いで手紙を仕舞い、ほっと息を吐く。
山に潜む男達が中々動かないのは、それだけ用意周到に準備を進めているからなのだろうと、クライブは言っていた。
街を襲った戦利品を持って、すばやく逃げることができるように。
まずエスクーム軍が攻撃を仕掛けてモンテルオ軍を引き付け、次に賊が街を襲い、その情報に動揺するモンテルオ軍の隙を、またエスクーム軍が衝く。
単純な作戦だが、エスクーム王家が山岳部族と手を組み、モンテルオがサクリネ王国との戦で痛手を負っている今だからこそ成り立つものだ。
しかし、エスクームの誤算は、フェリクスが同盟国であるブライトンに早々に援助を求め、ブライトン国王がそれを受けたことだろう。しかも、大切な末の王女を嫁がせて同盟を強化したのだ。……そんなものはブライトン側の見せかけにすぎないが。
(どうりで、お父様があれほど兵を与えて下さったわけだわ……)
そのほとんどがエリオットの私兵だったのだから、エスクーム侵攻予定の国軍に支障はない。そして、エスクーム侵攻の指揮は兄である王太子のルバートが執るらしい。
夕闇に包まれたアクロスの長閑な風景を眺めながら、レイチェルはルバートのことを思い出していた。
ルバートは五歳年上ではあったが幼い頃はとても仲が良く、エリオットやクライブも交えて一緒に遊んでいたのだ。
それが変わったのが十二年前。
あの病からレイチェルが部屋を出られるようになるまで、一度も会うことはなかった。
大切な王太子に何かあっては一大事だからだろう。宰相ら大人に囲まれて過ごすようになったと、クライブから聞いていた。
「レイチェル様、よろしいですか?」
いきなり声をかけられ、驚いて振り向くと、クライブが申し訳なさそうに扉から顔だけを覗かせていた。
考えに耽るあまり、ノックの音が聞こえなかったらしい。
『ごめんなさい、クライブ。気付かなくて。それから、おかえりなさい。疲れているでしょう? 少し休んだ方がいいわ』
クライブのためにお茶を注ごうとして、ずいぶん冷めていることに気付いた。
だが、サリーは忙しそうだしと、ためらうレイチェルを見てクライブは笑う。
「大丈夫ですよ。喉は渇いていませんから。お気遣い頂き、ありがとうございます」
『いいえ、クライブが疲れているのは私のせいだもの。自分一人では何もできないのに、我が儘ばっかり。……ごめんなさい』
レイチェルはクライブが否定する前に背を向け、先ほどの手紙を取り出した。
『これ、さっき預かったの』
「――ありがとうございます」
クライブは受け取った手紙にちらりと視線を落としただけで懐へと仕舞う。
そして、勧められた椅子に落ち着くと、レイチェルへと真剣な表情を向けた。
「レイチェル様、陛下に手紙で兵を動かす許可を急ぎ頂いて下さいませんか?」
『兵を動かす……?』
「はい。このアクロスに置いた兵達です。鳥達の情報からして、賊がアクロスの街を襲う可能性はかなり低い。ですから勝手ながら、半数の兵をバイレモとの境に移すよう命じておりました。彼らをイエールなど街の警護に充てれば、賊も計画変更を余儀なくさせられるのではないでしょうか」
クライブの説明を聞いて、レイチェルは途端に顔を輝かせた。
まるで暗闇に一筋の光が差し込んだようだ。
『なるほどね! そうよね! そうすればいいのよね! もっと早く、そうできれば良かったのよ!』
「……そうですね」
さっそく手紙を書こうと立ち上がったレイチェルを目で追いながら、クライブは静かに応えた。
もっと早く、レイチェルとフェリクスの間に信頼関係が築けていたなら、フェリクスから言い出していただろう。今もまだその申し入れがないのは、レイチェルの言葉を完全には信用していないからなのか。
「レイチェル様、鳥に託すのでしたら、明日の朝になるのですから、そこまでお急ぎにならなくても大丈夫ですよ」
微笑んでクライブも立ち上がると、退室の挨拶をして部屋を出た。
途端に顔から笑みを消して、クライブはエリオットからの手紙を確認するために自室へと急ぐ。
一方のレイチェルは、それでも手紙を書き始め、何度も何度も書き直した。
しかし、その手紙が鳥に託されることはついになかった。




