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《完結》悪女と噂されたわたくしのざまぁ  作者: ヴァンドール


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9/12

9話

 マーガレットが正式に罪に問われ、辺境の地へ送られてから十日が経った。

 屋敷にはようやく穏やかな空気が戻りつつある、と言いたいところだが、まだ大きな問題が残っていた。


ーーーー


 昼下がりの書斎には、古い時計の音だけが響いていた。

 机の上には一枚の婚姻無効届け。

 

 わたくしの正面に座るエドモント様は、相変わらず人間味を感じさせない顔をしていた。

 けれど、以前のような余裕はもうそこになかった。


「この書類に、署名を」


 わたくしが差し出すと、彼はしばらく黙っていたが、やがて苦笑した。


「君は本当に、最後まで冷たいな」


「冷たい? それは違いますわ。元々あなたへの興味がないだけですわ。わたくしは悪女ですし。それに冷たいと仰るならそれは旦那様の方ではありませんこと?」


 わたくしは微笑んだ。

 

「確かに、君は悪女と呼ばれていた。だからこそ、俺は君を選んだんだ。冷たいのは君の言う通り、俺の方かもしれんな」


 エドモント様の目がわずかに遠くを見ている。

 それは敗北を噛みしめるような視線だった。


「計算高く、冷徹で、誰かの妻にされることをも笑って受け入れる、そんな君なら、俺の隠れ蓑にぴったりだと思った」


「なるほど。わたくしが悪女であるうちは、あなたは堂々とマーガレットさんと一緒に居られたのですものね」


 わたくしはゆっくりと立ち上がった。

 薄い書類を整えながら、笑いもせずその書類へのサインを求めた。

 エドモント様は唇を噛みしめた。

 沈黙。

 その重さの中で、古時計がひとつ、ゴーン、と音を立てた。


「ローズ。君はいつも俺より先を読んでいるな」


「悪女の嗅覚とでも申しましょうか」


 書類に署名を終えたエドモント様が、深く息を吐いた。


「これで本当に、終わりだな」


「ええ。あなたの仮面の妻としての役目は、もう十分果たしました。

 どうかこれからは、ご自分を見失いませんように。マーガレットさんを失っても、まだあなたには立て直す機会がありますわ」


 その言葉に、彼は初めて安堵のような微笑みを見せた。


「君は、結局俺のものには一度もならなかったな。やはり君は、悪女ではないな」



「そうですわね。悪女を演じる方がわたくし自身楽でしたし、結構好きでしたから」


「アランと一緒になるのか?」


 その問いには答えず、、わたくしは、静かに一礼だけして扉を閉めた。


ーーーー


 その夜。

 離れの庭で、アラン様が待っていた。


「終わりましたか」


「ええ。ついに仮初めの婚姻を卒業いたしましたわ」


 彼は微笑んだ。

 あの金の瞳が、どこまでも優しくわたくしを映している。


「おめでとうございます。これで、あなたは晴れて自由だ」


「自由? それでしたら今までも充分自由でしたわ」


「いいえ、あなたは悪女という言葉を纏わされていました。でも今はそれから解き放たれた」


 わたくしは思わず笑った。

 彼の言葉には、あの猫の頃の気遣いがそのまま残っていた。


「でしたら、今度は幸福という言葉を纏いましようか」


「それなら、是非僕にも協力させてくれませんか?」


 そんな二人の笑い声が、夜風に溶けていく。

 屋敷を覆っていた重苦しい空気は、今はもうどこにもなかった。そこにはただ、清々しい空気が二人を纏っていた。


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