答え合わせ【3】
「その通り。あれがクリシドールの肉体の成れの果てだよ」
「「「「…………」」」」
あんぐりと開いた口のまま固まる四人。
ここまではオディプスとミクルの推察は一致している。
『魔陣の鍵』を握り締めて、俯く。
さあ、本当の……残酷な真実はここからだ。
「ちょ、ちょっと待って! どうして人がお城になるの!?」
「魔法を用いれば出来なくはない。無論簡単ではないよ、物質になれば肉体は『死ぬ』」
「そりゃそうでしょうけど……! なんでそんな事を……」
一歩前に出てオディプスに詰め寄ろうとしたのはワイズとユエンズ。
だが、すぐにユエンズは冷静に考えこむ。
「『勇者を名乗る者』が……拠点にも入ってきたから」
「そう。正解だ」
「っ!」
先程少しだけ触れたが、クリシドールは拠点を地上の塔から天空に移したのだ。
御伽噺では地下に引き篭もったと言われているが、それは『魂』の方。
クリシドールは己の肉体を囮にして、魂だけで地核で自然魔力の浄化魔法を使用し続けている。
『勇者を名乗る者』はまんまと肉体につられて天空の拠点に乗り込んだが、そこに彼女はもういない。
彼女は心を『魔陣の鍵』にして、バラバラになってしまった。
「普通の男ならそこで諦める……」
「嘘でしょ……?」
「……普通じゃなかったんだと思う……クリシドールは、『勇者を名乗る者』が復活したなら、自分の体に疫病を封じて燃やして欲しいと、言っていた……つまり……」
「クリシドールは肉体を餌にして『勇者を名乗る者』をその拠点に封じ込めたが……それで終わるような男ではなかったんだろう。おそらくある程度クリシドールを追うために魔法を習得していたんだろう。もしくは動けないクリシドールが自分の世話をさせるために雇った使用人、弟子……彼女の偉業の功績を横取りしようとした権力者、その権力者が派遣した人材…………うん、まあ、その辺りも憶測だ。魔法に関してそれなりに使える者だったのは間違いない。『思伝』も使えていたしね」
その男が本来何者であったか、はミクルにもオディプスにも分かりかねる。
正直興味もないし知りたくないという気持ちが大きい。
同じ男として、非常に不快になるのだ。
男でこれなら彼女たちは?
幼馴染たちはこの話を……どれだけ平静に聞いていられるだろう?
特に、エリンは。
「天空の拠点に入り込んでクリシドールに子を生ませた。それが『禁忌の紫』の始まり」
「…………えっ」
「無論、もう彼女はその時体を捨てている。つまり死体だ。『勇者を名乗る者』は彼女の死体と交わって、死人の体に子を孕ませ、産ませた外道だよ。クリシドールもそこまですると思わなかったんだろう。……だから体を『城』に作り替えたんだ。二度と『勇者を名乗る者』にそんな事を許さないように」
「…………」
ミクルはオディプスを見上げた。
なんとも形容し難い顔をしている。
エリンの方を、向く事が出来ない。
目を閉じた。
エリンは口を手で覆って、一歩、二歩、後退る。
「………………ッ……」
「な、ん……そっ……な、なにを、根拠に……そんな、事……」
「これは魔力の流れを確認すれば分かる事なんだよ。今の少年にも出来るだろう。それに、その娘は子孫であって子どもというわけではない」
ユエンズがエリンを支えたが、それでもエリンの顔色は一気に悪くなった。
考えただけでもおぞましい。
その、直接の関係者……子孫。
体が震えるだろう。
吐き気がするだろう。
もうそこまでいくと、その『勇者を名乗る者』は……倫理を外れた人ならざる者だ。
しかもそれでその男の悪行は終わらない。
「僕からすれば、彼女に子を産ませておいてその子を地上に捨てた方が気になる。君が地上で生きていたのはつまりそういう事だからね」
「!」
「僕に子はいないが、甥と姪は可愛かった。我が子ならばなお可愛いのだろう。……それを捨てるという発想は理解が出来ないな」
「…………っ」
エリンは親に捨てられた赤ん坊。
『禁忌の紫』の瞳を持っていたから。
まさか、クリシドールを貶めるための噂……『魔女の瞳と髪は紫』『禁忌の紫』が原因で我が子を地上に捨てた?
自分が撒いた種だろうに。
“どちらが先かは分からない”とオディプス入っていたが、噂を広めたのが後だろうが先だろうが『勇者を名乗る者』が子を捨てたのは間違いないのだ。
その子孫がエリン。
子孫がその『禁忌の紫』で苦しむと、その男は考えなかったのだろうか?
考えなかったのだろう。
考えていたら捨てるはずもない。
「その上、その子孫が現れたらまんまと目を覚まして利用しようとする……」
「!」
「君たちが行った『勇者の神殿』? とやらは、おそらくその男の信者集めの地だ。クリシドールが『魔陣の鍵』で協力者に指示を出していたのと同じように、『勇者を名乗る者』はその場所で信者を集めて地上と繋がっていたのだろう。そこに子孫である君が訪れた事で長い眠りから目を覚まして動き出したのだ」
「城が現れたのは、『勇者擬き』が起きたせい……モンスターが溢れ出したのは……エリンを使って勇者擬きが『吹き溜り』の実験を再開したせい……」
「『吹き溜り』の実験?」
「うう、これ以上は気持ち悪くてお腹いっぱいな感じなんだけど……まだあるのー?」
リズが本気で吐きそうな顔色。
口を覆うエリンを、ユエンズが抱えるように支えている。
オディプスを見上げて、目で「休みませんか?」と訴えてみた。
「ふむ……ではここまでにしようか。本題はここからだったんだが」
「…………お茶を淹れてきます……。……えっと、みんな飲める?」
一応聞いてみる。
しかしオディプスに「一度あたたかいものを飲んだ方が落ち着くんじゃないか?」と言われた。
それはもはや命令である。
階段を登ってオディプスがお茶を飲んでいたテーブルからカップやティーポットを持ち上げ、魔法で洗浄。
そこに茶葉と魔法で生み出したお湯。
(そういえば、茶葉は好みが出るからやはり地上で生産されたものの方が美味しいんだよね……)
オディプスも「茶葉はこだわりたいよね」と地上で仕入れてくる。
六人分のお茶を入れて下に戻り、カップを配った。
お皿にオディプスがクッキーをざっと落っことそうとするので、クッキー缶を奪い取る。
そんな事をしたら砕けるだろう。
「おれがやります。座ってて」
「クッキーくらい並べられるよ?」
「…………」
「まあ、缶から直に取った方が早いと思うけど」
「座ってて」
ジッと睨みつけて、なんとかオディプスをソファーへと座らせる。
綺麗に皿に並べて手渡すと、一枚持ち上げてすぐ口へ。
「…………オディプスさんは、結婚しなかったんですか」
「うん。僕は見ての通り人の感情に疎くてね。昔はもっと疎かった。自分の感情にさえ興味もなかったほどだよ。まったくないわけではない。興味を示すものにしか働かない質だったんだよね」
「でしょうね……」
知ってる。
「だから気付いたのは失ってからだった。もう取り戻せなくなっていて──……ああ、いや……違うな…………、……まあ、それで疎かった僕は生きる事を放棄した。実に一方的に、身勝手に」
「…………」
微笑んで語るが、恐らくそんな生温いものではなかったんだろう。
自死を選ぶほどに想い入れた相手はそもそも彼のものではなかった。
そして、多分、この言い方は──……。
「だからおれに……『大事な人が側にいる間に、その事に気付いて自覚しろ』って、言ったんですね……」
ずっとこの人から感じていた寂しさ。
ティーカップからお茶を一口。
優雅な動きに無駄はなく、気品がある。
「僕はそれが出来なかったからね」
ちらりと下を見た。
エリンに寄り添う少女たち。
お茶を飲んで、少しだけ落ち着いた様子だ。
「…………おれが、話してきます」
「そうしなさい」
階段を降りる。
先に気付いたのはワイズだ。
立ち上がって、真っ直ぐに対峙した。
「ミクル」
「……『勇者を名乗る者』は世界の仕組みに気が付いたんだ」
「世界の仕組み……?」
「さっき言ってた、自然魔力の循環……取り込まれた毒素の浄化の仕組みとか……。その出口が『吹き溜り』。……オディプスさんの作ったスモークゴーレムと戦ったから、分かると思うけど……『吹き溜り』は魔力の供給としてこの上ない。でも、毒素も一緒に出す。……おれは、その毒素を魔石に変換出来るから、体の中に『吹き溜り』を取り込んでも平気……」
「っ……体の中に、『吹き溜り』……」
ユエンズがゴクリ吐息を飲む。
あれはモンスターを生み出すものだ。
毒素がエヤミモンスターとして生まれ、世界に放たれる。
そんなものを生み出す『出口』を腹に入れて平気なのは、その毒素を魔石として変換生成出来るから。
つまり『出口』たる『吹き溜り』を丸ごと無駄なく『自然魔力』として使えるという事。
それは、無尽蔵なエネルギーを手に入れたも同然。
「…………」
そこまで説明するとワイズとユエンズの表情がわかりやすく強張った。
二人は理解したのだろう。
ミクルはもう、彼女らの知る弱い、守るべき少年ではない。
──『魔導師王』、いや、『魔王』。
「……『勇者を名乗る者』……勇者もどきは、出来なかったんだ」
「…………ミクルと同じ事をしようとしてるの?」
「うん。もしかしたら、そっちが本命なのかもしれない。……クリシドールの体を手に入れようとしているのも、『吹き溜り』から溢れる『自然魔力』を手に入れて……無限の魔力と、クリシドールと同じ不老の体が欲しいのかも」
「不老の体……」
「…………ミクル……もう、老けたりしない、って事?」
「そういうわけじゃない。老けない方法は分かるし、やろうと思えば出来るけど……」








