part.エリン
町に出て、店を見て回る。
二十分ほどそうしていると……。
「…………ミクル」
「! エリン」
きょろ、と一瞬周囲を見回したエリンが声をかけてきた。
首を傾げる。
だが、エリンは何事もなかったかのように「他のみんなは?」と聞いてきた。
「ううん……まだ会ってない……」
「そ、そう。ふーん、じゃあアタシが一番乗りか……へー……」
「?」
「な、なんでもない。そ、それより、他の三人が来るまで適当にどこか入ってご飯食べてようよ」
「……、……そうだね」
確かに本格的にお腹が空いている。
宿の近くの店なら、三人も合流しやすいだろう。
左目が紫色のエリンは、隠すように髪を寄せる。
その仕草はもう癖のようで、本人も知らないうちにやっていた。
銀の髪は綺麗で珍しいため人目を引く。
褐色の肌もミクルが生まれた村では珍しい。
だが、この島の町の人は似た色の人が多いので、もしかしたらエリンを捨てた両親はこの辺りの人だったのかもしれない。
(……うん、そう考えれば……その方が……でも……多分……)
ミクルは気付いてしまった。
だから、エリンを心の底から可哀想だと思う。
だが、それを口にする事はしない。
あまりにも……おぞましい。
「エリン、体調は大丈夫……?」
「え? ああ、うん。いつも通りだけど……なんで?」
「いや……今日、色々あったから……」
「あー、まあ、確かにねぇ〜。かなり疲れたかも」
「…………」
と、肩を揉むエリン。
確かにあの戦闘は、エリンたちがこれまで経験してきたものとは別物だろう。
人工の魔物、魔力の吹き溜り、これまで知らなかった覚えたての魔法を使い、戦ったのだ。
ただ、オディプスの見立て通りエリンは新しい治癒魔法や防御魔法をすぐに使いこなした。
『光属性』の魔力、魔法はミクルも少し扱いが難しい。
こればかりは相性だと言われているが、エリンは──……。
「ご注文は」
「あ、そうだね。えーと、ミクルはなににする?」
「あ……え、えっと……」
「このラジャノっていうやつは、どんな料理なんですか?」
「ああ、それは焼いた魚料理だよ。ラーズという穀物を敷いた皿に、十種類の野菜を煮込んだスープを入れて炊くんだが、その上に焼いた魚をドーンと置いて、その焼いた魚をほぐしてラーズと一緒に食べるとサイッコーに美味いんだ。結構でかいから、一皿を何人かで食べたりするな」
エリンが指さしたのはなかなか量がある料理らしい。
顔を見合わせて、先にミクルがフニャリと微笑む。
「一緒に食べられるんなら、これにしよう?」
「っ……、う……うん」
頰を赤くして顔を背けられる。
エリンは時々、よく分からない。
「おや、そっちの坊主……今朝ごろつきどもを追い出してくれた子じゃあないか?」
「?」
「今朝だよ、今朝。ほら、おれぁあの辺で朝は屋台やってんだ」
「ああ、なんかすげー魔導師が現れたとか……この坊やがそうなのか?」
じっと覗き込んでくる隣の席の男たち。
一人は今朝、あの場で屋台を出していた男らしく、友好的な感じだ。
だが、もう一人は典型的なこの世界の人間。
魔法に嫌悪感を持ち、馬鹿にしている感じだ。
それ自体は悪い事とは思わない。
それこそがクリシドールの一種の願いだったと、今は分かるから。
(んん……けど、エリンは……)
エリンの左眼を見られると厄介な事になるだろう。
なのでこっそり、エリンの左側の目が右目と同じ色に見える幻術を仕掛けておく。
万が一見られても問題はないだろう。
「すげー魔導師には見えねーなぁ?」
「いやいや、本当にすごかったんだよ! 誰も殺さないしよぉ。人間が一度バラバラになって元に戻った時ぁ、そりゃあぶったまげたもんだぜ」
「あれは、健康を見るのが目的の治癒魔法なので」
「え! そうなのか!?」
「はい。体を一度バラバラにして、悪い場所がどこなのかを、確認する、魔法……。あの人は歯と膝が少し悪かった……」
治してやる義理はないのでそのままだが。
『解体』の魔法の本来の用途は医療目的。
見た目がとんでもないので、脅しには最適なだけで。
「初見だとびっくりされます」
「そりゃびっくりするわ。魔法であんな事が出来るのかと……」
「まあ、でも……バラバラにしてからの方が、悪い部分とか取り除いたり、治癒を直接かけたりとか、出来るし……」
「マジであれ、治癒魔法の一種なのかよ?」
「はい。触診の解析魔法より、一目瞭然というか……そのまま手術出来ますし……魔力でコーティングするので衛生面も完璧だし……元に戻るように最初から術式に組み込まれているので、魔法だけで死ぬ事はないですね……」
「お、おお……なんかすげーな」
酒が入ってる割にちゃんと話を聞いてくれる。
魔法に馬鹿にしたり、嫌悪感を抱かない人間は珍しい。
だが、もう一人……男の連れの方はそうではなさそうだ。
黙って話を聞いているが、酒を飲む手は止まらない。
じっとミクルを胡散臭いものを見る目で睨み付けている。
「実は肩こりと腰痛が酷いんだが、その魔法なら治せるのか?」
「え? んー……肩こりと腰痛は原因が別な場合もあるので……ちょっと見せてもらってもいいですか……? あ、見るだけです」
「おう」
「むう……」
頰を膨らませるエリンには気付いていたが、治癒系ならエリンの方が得意だ。
自分に無理そうならエリンに頼もう。
そんなふうに思っていた時……。
「チッ。なあ、嬢ちゃん、こっちに来て酒を注いでくれよ。暇だろう?」
「え?」
「いいだろ? 注いでくれるだけでいいって。ほれ」
「……お断り。なんでアタシがそんな事しなきゃならないわけ」
「おいおい、つれない事言うなよ。酒を注ぐだけだって、いいだろう?」
「嫌だよ、触んないで!」
「…………」
スッと、肩こりと腰痛が悩みだと言うおじさんから離れる。
殺す必要はない。
脅せばいい。
(エリンに触らないで欲しい)
そう言う意味を込めて見つめていると、連れの酔っ払いはヒッと喉を引きつらせてミクルの方を振り返る。
「おいおいやめとけよ。そんな若い子、お前さんが釣り合わねーのは分かりきってんだろうが〜。悪いなぁ、坊主。お姉ちゃんが美人だからこいつも調子に乗ったんだろうさ」
「「お、お姉ちゃん!?」」
「ん? 姉弟じゃないのか?」
「「…………」」
気のいいおっさんの方は完全に純粋な目。
顔を見合わせて、フルフルと首を横に振った。
「なんだ、そうだったのか? そりゃ悪い悪い! なんか雰囲気が似てたから」
「チッ……」
エリンの手を掴んだ酔っ払いは席に戻る。
完全に場の空気が気のいいおっさんの独壇場だ。
その時ようやくミクルたちが頼んだ料理が運ばれてきた。
大きな焼き魚が載せられた、かなり大きな皿に目を丸くする。
「お待ち」
「ほーぉ、ラジャノかぁ。食べ方教えてやろうか?」
「え、あ……」
「ああ、教わった方がいいかもなぁ」
「…………」
エリンは嫌そうだったが、店員とおっさんたちに丁寧に食べ方を教わった。
魚をほぐし、下のラーズと混ぜて食べるのだという。
そのほぐし方がなかなか技術が必要で、二本の細い木の棒で腹を裂き、骨を引き抜く。
ラーズは層自体はとても薄く、かき混ぜればすぐに魚の身が絡む。
かなりしっとりとしていて、小皿に分けるのもありだが大皿からそのままつつくのが一般的。
「こう?」
「おお、坊主魚をほぐすの上手いな〜」
「むうううっ」
「反対に嬢ちゃんはめちゃくちゃ下手くそだなー! そんなんじゃ嫁に行けないぞ! この町じゃあラジャノを上手く作れない女は嫁入りが遅れるんだからな」
「アタシこの町の人間じゃないしぃ!」
おっさんにおちょくられながらも、なんとか小皿に分けてスプーンで食べ始める。
なるほど、野菜の旨味が穀物にしっかり含まれており、そこに魚の旨味が合わさる事で二重三重の旨みの塊になっているかのような味わいだ。
率直に、美味い。
「ほあ……おいひ……」
「だろう?」
「ほ、ほんとだ。美味しい……」
見た目も華やかで、なによりお酒に合いそうだ。
オディプスに一度だけ騙されてお酒を飲まされた事があるのだが──彼に子どもに酒を飲ませてはいけないという倫理観はない──白ワインが合いそうだ、と思った。
要するにオディプスが好みそうだと思ったのだ。
(意外とお魚好きだから、あの人……)
観測所でこの味を表現出来るだろうか?
いや、無理だろう。
ならば、オディプスをここに連れてきてはどうか。
そんな事を考えていると、眼前のエリンがまた頰を膨らませていた。
「? え? なに?」
「別にぃ」
完全に拗ねている。
なぜ、と問おうにも、そんな空気ではない。
「ははは、なんだそういう事か! 坊主、嬢ちゃんがちゃんと口説けと拗ねてるぞ!」
「「なっ!」」
「ガキには早いんだろう」
「おお、茶化して悪かった悪かった」
「「〜〜〜〜っ」」
結局、店を出る前に隣の席のおっさんたちが料理の代金を勝手に支払って奢ってくれた。
それに報いる意味でもこっそりミクルとエリンであのおっさんの肩こりと腰痛を治癒して、お礼を言って店から出る。
「もー、なんか美味しかったけど……なんかぁ!」
と、キレ気味のエリン。
それを見て、『ちゃんと口説けと拗ねてるぞ』というおっさんの言葉がミクルの脳裏に蘇る。
「……少し違うけど、エリン、これ」
魔力による物質生成。
色彩誤認識効果のあるレンズのはまった眼鏡を瞬時に作り出して、手渡した。
目を点にしたエリン。
ここは周りには普通に人が行き来している往来だ。
「え? え? え?」
「つけてみて」
なのでいろんな意味でツッコミが追いつかなくなっているエリン。
しかし、ごねる様子もなく眼鏡をかける。
「なんかユエンズとお揃いみたい」
「…………」
嫌そうというわけではなさそうだが、一応姉妹のように育てられていた分複雑なものでもあるのたろうか。
灯りの灯った窓を覗き込んで、エリンは目を見開いた。
さすがに気がついたのだろう。
「うそ、なにこれ……両眼とも同じ色になってる……」
「片方だけ色彩誤認効果のあるレンズにしたから。町とか、来る時つけてると分かんないと思う……」
「そんなものまで……っていうか……レンズって、あれよね?」
「?」
「水晶の一種、だよね? つ、作ったの?」
うん、と頷く。
鉱石の成分もちゃんと頭に入っているからだ。
しかし、エリンは顔を真っ赤にして頰を両手で包む。
「エリン?」
「え、あ……じ、自覚ない?」
「え?」
「う、うちの村、その……プロポーズする時……宝石を贈る習わし……」
「!? ち、違!」
「だよね! 分かってるよバカァ! でもありがとうー!」
「エリン!?」
物凄い速度で逃げられた。








