part.ユエンズ
町に出て、店を見て回る。
二十分ほどそうしていると……。
「ま、まって! ま、まっ、待って!」
「!」
振り返ると息を切らせて駆け寄ってくるユエンズ。
顔を赤くして、涙目。
「はあ、はあ……良かった……ほ、他のみんなは?」
「え? 一緒じゃないの?」
「! じゃあ、私が一番なのね!?」
「へ? 一番……?」
なにが、と聞く前にハッとした顔になるユエンズは、急に顔を左右にブルブルと振るう。
そしてグッとミクルの手を握った。
なお、顔は赤い。真っ赤だ。
ミクルもユエンズに手を握られるのは慣れていないのでなぜか顔に熱が集中する。
仕方ない。
ワイズやリズに掴まれるのは慣れているが、ユエンズに触れられる機会はあまりない。
「え、あ、え、あ?」
「あぁぁあの! ごごごごごは、ご飯!」
「ご飯! わ、分かった!」
思わず勢いで返事をしてしまう。
そうだ、ご飯を食べよう、と。
なぜかそのままぎこちなく手を握られたまま歩き出す。
ユエンズの緊張がミクルにも感染して、なんとも言えない空気だ。
「あ、あの、な、なに食べ、るの」
このままでは食事もままならない。
そう思い、絞り出すようにユエンズへ聞いてみた。
「お二人さん、食べるものが決まってないならうちで食べてきな!」
「「!」」
店の前で客引きをしていた店員に声をかけられて、二人、肩を跳ねさせる。
それから顔を見合わせ、店の中を覗いてみた。
小麦粉を水でまとめて練り上げ、細くして茹で上げた麺。
その上にタルーカという野菜を煮たソースをかけて食べる料理……タルーカスパという食べ物なのだそうだ。
酸味の強い香りがするが、ソースには他にも五種類の野菜が使われており、とても健康にいい……らしい。
「よく分からないけど、食べてみる?」
「うん……ユエンズが、これでいいなら……」
「わ、私はミクルと一緒なら……なんでもいいわよ……」
「え……」
ぽぽぽ、と赤くなるユエンズに、どうしていいのか分からなくなる。
ユエンズはいつも厳しいが、時折こうして年相応の『女の子』のようになるから。
「タルーカスパ二つ!」
それを見兼ねてなのか、店員がミクルの肩を押し、店内に連れ込む。
ついでに勝手に注文されて、戸惑う中座席に案内されてしまった。
メニュー表からそれほど高いものではないと確認出来たが、店員のにまにまは治る気配がない。
それがなんとも恥ずかしさを助長させる。
「あ……そ、そうだ、ミクルには、あの……今日の事、お礼言おうと思ってたのよ……」
「え? お礼、って?」
「今日の戦いで、たくさんサポートしてくれたでしょ? それに、新しい魔法もたくさん教えてくれたし……ワイズたちのサポートが間に合わないと先にしてくれたし、エリンの回復が間に合わなかった時も、フォローして回復してくれたり……なにからなにまで、ミクルが全部……私たちの足りないところを補ってくれた。……朝の件もそう。私たちが油断したところを……危なくなったところを助けてくれたでしょう? だから、あの……ありがとう……」
「……え、あ……いや、そんな……」
朝の件。
それから、湖底への道。
湖底への道はほぼ試練そのもの。
ミクル自身にも課せられたそれは、彼女たちと共に戦う『戦い方』を学ぶ事も内容の一つだ。
なので、それに関しては本当に礼はいらない。
しかしそこはユエンズ。
真面目な彼女は、それに対しても真摯に感謝を告げてくる。
真面目で己にも他人にも厳しい。
誰よりも正当な評価を、万人にくだす。
これまで軟弱なミクルは怒られっぱなし、注意されっぱなしだった。
けれど、そんな彼女は真っ直ぐにミクルを見つめて、感謝の言葉を告げる。
「……う、ううん……」
顔がものすごく熱い。
嬉しい、と心の底から喜びが膨れ上がってくる。
ちょっと泣きそうな程だった。
「お待ち」
「わっ」
そこへ運ばれてくる料理、タルーカスパ。
皿に黄色い細麺が入っており、上にいろいろな野菜が細切れになって赤い液体で煮込んである。
この赤い色の野菜がタルーカなのだろう。
目の前には皿以外にフォークが置かれ、それで麺をソースとかき混ぜ、巻き上げて食べるのだと店員に教わった。
「なんだか難しそうね……」
「う、うん」
「でも、美味しそう。いただきます」
「いた、だきます」
フォークを麺にするんと巻き込み、ソースを絡めながら巻いていく。
量を間違えると口に入らない大きさになるのでやり直し。
五本から七本くらいの麺が程良いと、学ぶまで何度も失敗したが、ほかほかの湯気はその都度優しい香りを鼻腔に届けて食欲をそそる。
「はふっ」
成功済みのユエンズが巻いた麺を口に含む。
頬張った笑顔が、タルーカスパの美味しさを伝えてくれた。
自分も早く、と気が急く。
「あむ……」
たっぷりソースを巻き込んで、口に含むとなんとも言えない酸味と甘味。
実に絶妙だ。
それに、細かな肉も入っているようだ。
野菜の旨味が凝縮され、タルーカの酸味に甘味と旨味を加え、肉の油と調和して麺に絡む。
それが口の中に広がる。
歯で麺を噛み切る度に絡んだソースが溢れ出して、飲み込むまで咥内を楽しませてくれた。
「美味しいわ……!」
「うん……」
「お二人さん、食い終わったらついでにデザートもどうだい? タアポの乳で作ったプルプル食感の甘〜いデザートがあるんだ。オススメだよ」
「プルプル」
「食感?」
ユエンズと顔を見合わせる。
店員が勧めるそれは、聞いた事もない食感だ。
プルプル。
どうやらスライムのようなぷよぷよ感を演出したデザートらしく、この店限定の名物なのだそうだ。
ミルクを芋の粉で固め、そこに砂糖をたくさん加えて湖から引いている冷水で冷やしたもの。
お皿に載せられたそれは、ほんのりと黄色く色づいており、本当にプルプルしていた。
スプーンですくって食べるのだと教わり、ドキドキしながら二人でゆっくり崩してみる。
形を保ったままスプーンに載る『タアポリン』というスイーツ。
「うわぁ、すでに変!」
「い、いただきます……」
「いただきます。ぱくっ!」
ぱくっ。
ミクルも口に入れる。
口の中で、プルプルフワフワがとろけていく。
なんだこれは、本当に新食感だ。
その上冷たくて甘い。
オディプスが時折作ってくれる「アイスクリーム」と似て非なるもの。
アイスクリームは口に入れるととにかく冷たくて、瞬く間に溶けて消える甘くて美味しいデザート。
しかしこれは、溶けるのではなくとろける……。
口の中で噛む事はなく、とろ……とろ……と舌を包むようにとろけていくのだ。
冷たさもアイスクリームほどではなく、甘さが引き立つ温度。
「ん〜〜〜〜〜」
頰に手を当てたユエンズの顔もまたとろけんばかり。
ミクルも甘いものは大好きなので、目を閉じて多幸感を甘受した。
甘い。幸せだ。
口の中に広がるトロトロの甘味。
ミルクのまろやかさとあわさり、トロトロがずっと口の中で優しい甘味を残し続ける。
「……美味しい」
「うん」
これは、作り方が知りたい。
とはいえ聞いて教えてくれるとは思えない。
なのでミクルは『鑑定』と『分析』を同時に使用して材料を調べた。
店員の言う通り、ミルクと砂糖、芋の粉が使われているようだ。
問題は作り方だが、こればかりは魔法を用いても分からない。
知る方法としては『解剖』だが……さすがにそれをやるには抵抗がある。
完全にレシピを盗む行為になってしまう。
(さすがにやめよう……)
オディプスならやりそうだが。
「本当に美味しい! どうやって作るのかしら? 私もこんな美味しいお菓子が作れるようになりたいな……」
「ユエンズ、料理好きだもんね……」
「ええ、私は村長の娘だからお嫁にはいかないけど……お婿さんに来てもらう人には美味しい物を食べてもらいたいじゃない? 婿入りしてもらうんだから」
「……うん……そう、だね」
ユエンズの旦那になるのは、村長を継ぐ者だ。
村長は「別に村長を継ぐ男のところに嫁でもいいんだぞ」と言っていたがユエンズは譲らない。
「……その、ミクルは、もう私にとってはもう家族みたいなものなんだけど、あの、だからそのー……」
「?」
「だからあの、あの……ミ、ミクルが私のお婿さんになるのはどうかしら……」
「え?」
なんだって、と目を見開いた。
途端に爆発したようにユエンズが真っ赤になる。
「って! とととととと父さんがっ!」
「えっ、そ、村長がっ!?」
「だってほらあの手紙を出したら父さんもミクルならアリ寄りのアリって! ミクルはなんか色々凄くなってるしもう軟弱じゃないから村を守っていけると思うのようんうん! 私もそう思うからもちろんミクルが嫌だったらそれは仕方ないと思うんだけど私としてはやっぱり強い男が村長になるべきだと思うしミクルなら私もアリ寄りのアリだと思うというか今のミクルは普通にアリなんだけどそそそそれはほらあの村のために村のためだし私は村長の娘だからであって、いやまあミクルはもう家族みたいなものだけど? だけどほら本当に結婚して正式に家族になる的な!」
「お、落ち着いて」
あびゃびゃびゃびゃと、なんだか大変な事になっているユエンズを落ち着かせようとする。
もう早口すぎて途中からなにを言っているのか分からない。
店員さんがあまりの早口を心配して水を持ってきてくれるほどだ。
それを一気飲みして、ひぃひぃ、と肩で息をするユエンズ。
「大丈夫……?」
「うう、うん……な、なんかごめん……」
「ううん……」
テンション上がりすぎたのだろう、水を飲んで落ち着くとガーっとテンションが下がっている。
そしてユエンズの話をまとめると、村のために『強い男』と結婚する事を望んでいるようだ。
ミクルには親も親戚もいない。
ユエンズの言う通り、村長やワイズたちの両親が親代わりで、家族も同然。
ユエンズはいつか村で一番の男と結婚すると決まっていた。
ミクルはみそっかすなので、その枠には入りもしない。
そう、思っていた。
(そう思ってもらえるのは、嬉しい。ユエンズに認めてもらえたのは…………でも……)
だが、ミクルは──……。
「あ! いや、あの、今答えが欲しいわけじゃないのよ!」
「え? あ、うん?」
「た、ただ、そ、その、村のために、そういう道もあるから、考えておいてねって……そういう意味だから!」
「…………。うん、分かった……」
ぽっぽっと真っ赤なユエンズ。
その心が、本当に嬉しいと思った。








