真理の領域
「ミクル?」
「…………。おれが、魔法で、とどめを、刺す。あと少しだけ、時間、稼いで、ほ、しい……」
「分かった。ワイズ! リズ! 聞こえた!?」
「「聞こえたー!」」
二人の声が重なる。さすがは姉妹。
そして、エリンが笑顔で頷いた。
ミクルはその笑顔に、なんとか笑い返す。
──魔女、そして『魔王クリシドール』……。
(勇者……!)
エリンの中にいるであろう、その断片を睨み付けてやりたい衝動を抑え、立ち上がる。
両手を広げ、足、瞳、今自分が作り出せる魔力収集の出来る部位をフル活用して、自然魔力を集めた。
やる事は一つ。
(『吹き溜り』を、おれの体内に、作る)
四つの『吹き溜り』の流れを自分の体の中に同調させる。
それには四つの『吹き溜り』の流れをある程度コントロールして、合流させなければならない。
そう、四方にある、あの四つの『吹き溜り』を全て合流させ、体内に取り込む!
丸ごと取り込もうとすれば弾かれるが、川のように流れを誘導する『溜池』を作るのだ。
「ミクル……なに、するの?」
「大丈夫、ユエンズは、休んで、て」
「…………」
腹の中の自身の『体内魔力』と、外にある『吹き溜り』を結合する。
流れを自身の中へと誘導。
その勢いを出来るだけ回転させる事で殺し、より多く誘導出来るように魔力の道のようなものを広げていくイメージ。
魔女クリシドールもまた、『吹き溜り』を作る能力を持っていた……あるいはこの領域に至っているはずだ。
だから『モンスターを生み出した』と語り継がれ、事実オファディゲルト山にいたのは人工モンスターガーコイル。
(これは──魔王クリシドールの領域。おれに、達する事か出来るかは、分からない……けれど……!)
オディプスは用意した。
ミクルならそこに至れるだろうと、信じて──!
(分析、解析、探索、魔力の流れへの介入、流動を操作、俺の体内に中心核を生成、固定、魔力配分を計算、自動化、完了後誘導を開始……)
その間のスモークゴーレムの相手はワイズたちに頼むしかない。
無論、オディプスが魔力供給源である『吹き溜り』への干渉における、スモークゴーレムの妨害行為をプログラムしている可能性もある。
そこまで鬼ではない事を祈るばかりだ。
「なに? 風? なんか、キラキラしたのが……あれは?」
「これ、魔力? どこからこんなに……?」
「ミクル、まだ!?」
「早く……! くっ! お姉ちゃん、ミクルの方に一直線に歩いていくよ! 止めなきゃ!」
「分かってる! エリン! 結界を張って! たくさん!」
「わ、分かった!」
……鬼だったようだ。
聴覚情報に鳥肌が立つ。
ここはワイズたちを信じるしかない。
(集中して、流れを誘導しないと、いけない……ミスしたら、暴走するかもしれない……から……)
『吹き溜り』に渦巻く魔力は凄まじい。
それを取り込むのだ。
流れを変えるだけでもかなりの重労働。
しかもそれを、体の中に渦巻かせる。
自分の体内魔力にして使えるように、枠を設けてその中に取り込むイメージも追加した。
四本の入り口。
それに濁流を取り込み、一つにする……。
誘導は今のところ上手く行っていた。
全てを取り込むまでの時間を計算する。
「あと、二分……」
「あと二分持ち堪えればいいの!? ……聞いた!? ワイズ! リズ!」
「「聞こえた!」」
さすが姉妹。
声も動きもピッタリ揃えて、左右から回り込み剣に炎を纏わせる。
エリンの作り出した結界に足止めされている隙を狙って、腕に斬りかかった。
長剣のワイズは縦に。
短剣のリズは目にも止まらぬ速さで複数の斬撃を浴びせていく。
それでも、スモークゴーレムの進撃は止まらない。
その上、スモークゴーレムの体力を表す赤棒はまるで削れていなかった。
「くっ……さっきより硬くなってる……!」
「もう一回強化しよう、お姉ちゃん!」
「そうだね! いくよ、リズ! あと一分! 保たせる!」
「うん!」
「「我が身を軽く、我が身を強く、我が身を戦乙女へ! 『ルイシェーラ・ワルキューレ』!」」
二人が再び強化をし直す。
その状態で、更にエリンが姉妹への強化魔法を重ねる。
剣に魔力を通し、前方に回り込む。
エリンが追加でスモークゴーレムの進路に結界を重ねた。
それを、巨大な魔力の気体の拳が殴り付けて破壊する。
「っ!」
距離は、あと三メートル。
スモークゴーレムの腕の長さを思えば、あと一メートル近付かれれば射程内。
「このぅ! シャイン・クロス!」
振り上げた拳を華麗にすり抜け、ワイズの技が炸裂する。
(あと、三十秒……)
四方にあった『吹き溜り』は消えかけていた。
あと少し。本当に、あと僅か。
「クラッシュ・スラッシュ!」
尚もミクルたちのところへ進むスモークゴーレムに、今度はリズの技が叩き込まれる。
蓮撃を喰らい、しかしよろめく様子はない。
しかもノーダメージ。
「シャドウ・アロー!」
その時、ユエンズの弓矢が真上に飛び、真っ逆様に落ちる。
スモークゴーレムの影に落ちた一本の矢。
それは、ゆらゆらとしていたスモークゴーレムの影を地面に縫い付けた。
ピタリと動きが止まる。
しかし、スモークゴーレムの強さを思えば長くは保たないだろう。
「ユエンズ! 無茶しないでよ!」
「このくらい、やるわよ! 私は最年長で、みんなを守る、義務があるんだから!」
エリンの苦言などユエンズはおのれの矜恃で跳ね除ける。
(十、九、八、七、六、五、四……)
するん、と部屋の四方の『吹き溜り』が消える。
流れに添うように、ミクルの誘導した通り『吹き溜り』の魔力はミクルの体の中へと取り込むれていく。
渦を巻く、恐ろしい量の魔力の塊。
取り込んでみて分かる。
これは自然魔力。
暴力的な量と濃度と勢いを、回転させる事でまとめ上げている。
(三、二、一……)
そんな人の手に余るものを……作り出せる者。
それは正しく『魔王』と呼ぶに相応しい。
──其は、その世界を──。
(体内で瘴気の発生……瘴気毒素を自動で魔力に変換。体外に魔石として排出生成。微調整……自動で行うように、組み込む……これで……)
空気の流れが変わる。
四つの『吹き溜り』を取り込み、体内で一つの巨大な『吹き溜り』を作り上げた人間。
魔力が無限に体の中で渦巻く感覚。
そしてそれを腹の中に持った事でミクルは一つの世界の真理を理解した。
(これは、魔力の生産を行うモノだ。……この世界の中心から溢れ出る魔力を、排出している……出口……そうか……自然魔力が溜まって出来るんじゃなくて……世界が世界に魔力を与える為に、一気に排出口として……自然に生まれるのか……)
排出された魔力は自然に溶け込む。
風邪になり、水になり、世界に循環する。
人為的に作り出した『吹き溜り』と呼ばれる排出口は当然、自然界のものよりも維持管理は難しく、尚且つ短時間しか保たない。
更に言えば、人為的に作り出した影響で毒素が出る。
瘴気が充満してエヤミモンスターと化すのはつまり……今世界に時折現れる『吹き溜り』は全て人為的に作り出されていたという事。
(作る割には毒素を、分解出来ない、のか。……勇者を名乗る人……)
ズズズ、とスモークゴーレムが目の前まで迫る。
『吹き溜り』を全てミクルが吸収したので、もうこれ以上強くなる事はない。
そして、今のミクルの体内には四つの『吹き溜り』が合体した『吹き溜り』がある。
「ミクル!」
「大丈夫。ありが、とう……」
体の強化。全身を魔力でコーティング。
浮遊による、大地摩擦を無効化。
スモークゴーレムは元々魔力の気体。
体重などない為、ミクルが飛び上がって頭部分を掴み、天井へ放り投げれば簡単に吹っ飛ぶ。
これで四人に攻撃が当たる事はない。
すぐにくるりと体勢を立て直すスモークゴーレムの周囲に、風の拘束魔法を発動する。
(周辺の空気を固定。的を固定。周辺の魔力拡散を防止。風属性付加、的中率上昇、微調整、自動演算開始)
魔法陣を三つ、作り出す。
重ね合わせ、組み込み、一つにして体内から取り出した魔力を流し込み凝縮していく。
使うのは初級魔法。
ただ、通常とは桁違いに強化したもの。
魔力の量、凝縮した濃度、それに耐え得る魔法陣の構築。
「呑み込み、砕け。ストーム・ランス!」
極大の竜巻きがスモークゴーレムを丸呑みした。
バキバキと、気体とは思えない音を立てて竜巻の中を回っていく。
竜巻きを、指先を曲げて絞り上げた。
スモークゴーレムもまたその身を絞り上げられ、縮んでゆく。
「うわ、うそ、なに、あれ……」
「ユエンズの矢より、大きい竜巻き……」
「すごい」
「ミクル……」
スモークゴーレムの赤棒が砕ける。
同時にスモークゴーレムもまた消え散った。
最後の下に続く階段への扉が開く。
ゆっくり、竜巻も治まった。
地面に降り立つと、ワイズとリズがミクルに駆け寄る。
称賛の声と、笑顔。
嬉しいと思いながらも、心の片隅に影が落ちていた。
(魔女王クリシドール……早く……弔って、あげないと……)








