合流【後編】
「ミクル……!」
「なんだテメェ、どこから出てきやがった?」
「その女どもの仲間か? じゃあ一緒に売り飛ばしてやるよ……ヒヒヒッ!」
「…………」
売り飛ばす。
四人はとても可愛い。
なので、フラフラしていればこういう輩に狙われるのは当然と言えよう。
しかし、四人はそれ程か弱いわけではない。
自分の身は自分で守れるし、卑劣な真似でもなければこんな事にはならないはすだ。
なら、こいつらはその卑劣な真似をしたのだろう。
オディプスには「そのうち対人戦も勉強がてらやってごらん」と微笑まれてはいたが、こんなに早くその機会が来るとは思わなかった。
ふう、と息を吐く。
男たちは無視をされていると思ったのか余裕の笑みを怒りに変える。
「おい! 無視してんじゃねえぞ!」
「……よせ!」
「あん? なんすかセンセェ。ガキ相手にまさかビビって──」
「一人マシな人がいるんですね……」
「アァ!?」
しかし恐らくリーダーはこの先頭の、ハゲた男。
『瞬歩』で間合いに一気に入り、男がミクルを見失っている間に『解体』を行う。
なぜ、ミクルの大切な幼馴染みたちがこんな事になっているのかを調べる。
それと同時に敵全員の戦意を、削ぐ。
「あ……?」
時間が止まったかのように、広場は静まり返った。
人間が一人、皮と、骨と、肉と、臓器と、血液に分解される瞬間。
夜に見ても衝撃的だったのだ。
それを真昼間、多くの人間の目の前で行う。
「──ッッッ!!」
人の声にならない悲鳴。
口を開けたままどしゃりと尻餅をつく者。
脅しには十分。
「………………なるほど。もう、いいです……」
事情は『見た』。
男たちは町に入ってきたワイズたちを見て、捕らえて自分たちが楽しむ奴隷にしようとしていたようだ。
そしてこいつらはこの町のみならず、この島に集まったならず者の集団。
いわゆる賊。
冒険者も滅多に来ない島ゆえに、各町の人たちは怒らせないよう、言いなりになっていた。
外からそれほど多く人が来るわけではないので、耐えればそれなりにやっていけていたのだろう。
だが、迷惑な事に変わりはない。
「お、おかしら、がっ!」
「ひ、ひいいいいいいっ!」
「ぎゃああぁ!」
「ぶっ!」
ようやく事態を把握した数名が、悲鳴を上げて逃げようとする。
それを広場に張った結界で阻む。
賊のリーダーを元に戻し、転がす。
一人だけミクルの『実力』を推し量った老人がいた。
彼はすでに膝をついて、ミクルへ頭を下げている。
他の者は結界に捕まり、逃げようと見えない壁を殴っていた。
その姿はどいつも半狂乱。
実に滑稽に見えた。
「ミ、ミクルが人を殺しちゃったぁぁぁっ!」
「いやぁぁぁっ!」
「うそ! うそよ! ミクルはそんな子じゃないわ! なんで! こんなの嘘よおおぉっ!」
「……殺してない……もう、元に戻した……」
後ろの方も半狂乱になっているが、四人には後で説明すればいい。
分かってくれる、きっと。多分。
「い、命だけは……」
「人を殺す度胸は、おれ、ないです……」
老人が土下座で頭を下げるので丁重にその要望には返答をしておいた。
しかし老人が頭を上げる事はない。
そんなに怯えさせるつもりはなかったが、初見でアレは確かに恐ろしかった。
気を失う者がいるのも無理はない衝撃映像だろう。
だが、ミクルは本当に人を殺す度胸はない。
『解体魔法』は一種の鑑定魔法なので、見た目はとんでもない事にはなっているが、本来の使い方としてはこれで悪いところを見つけ、治療に活かす魔法なのだそうだ。
当然元に戻るまでがこの魔法の一式の流れ。
「……でも……」
そう、この魔法は脅しだ。
見た目はとても恐ろしい。
ミクルも初めて見た時は腰を抜かした。
ただの賊相手ならばこの見目の恐ろしい魔法で脅すだけで、相手の戦意を粉微塵に出来る。
この作戦はオディプスに事前に授けられていた。
対人戦でもっとも気をつけるべきは「やりすぎない事」。
魔法で強化した体は、モンスターと戦う時にその真価を発揮する。
この世界の人間にとって魔法とはそういうもの。
だが、ミクルがオディプスに教わった魔法はこの世界の普通を越えた。
この世界の基準で、もはや『魔王』の領域。
足元に魔力を集め、魔法陣を展開する。
この者たちは、賊だ。
この島の人たちを困らせ続けた。
リーダーらしき男の記憶を見た限り、五年以上好き放題暴れまわっている。
結界に足止めされていた者たちも、足下に光り輝く魔法陣が広がってくると、喉を引きつらせて泣き始めた。
その涙が、地面を僅かに──抉る。
「ひぐぅあ!」
「ぎっ!」
「くげっ!」
四人と自分以外の結界内にいる者を対象として、重力を加算。
体感体重を倍に。
たったそれだけだが、賊たちは顔を恐怖に染め上げた。
唯一あの老人だけは耐えて顔を持ち上げるが、焦りに恐怖が強くなっている。
「悪い事を……しておいて、おれの、幼馴染たちを騙して、ひどい事……しようとしておいて……反省もせずに、逃げようっていうのは、どう、かと、思う……」
「っ……!」
「この町以外の人たちにも、ずいぶん、無理な事してきたんで、しょ。見たよ」
働きもせず、魔物が増えれば町にたかり、暴力で言いなりにして……。
真面目に働く人たちを虐げる。
それは、力があればなんでも自由に出来ると勘違いしているのならば──その力でもって分からせるしかない。
「真面目に働いてくれるなら……許すけど……どうする?」
「は、働きます……もう二度と、この町にも、他の町の者にも、迷惑はかけぬと誓います! 仲間たちにも誓わせる……お許しを!」
「…………」
魔法陣を、消す。
魔法の解除。
この老人は、未だ気絶しているリーダーの男の相談役的な立場。
この男の言う事なら、今の脅しも相まって聞き入れるだろう。
(あーあ……)
横目に失禁したり泡を噴いて気絶する者を見付けた。
こんなに気が小さくて、よく賊なんてやっていられるものだと思う。
それとも、オディプスの言うように「やりすぎ」たのだろうか?
彼もよく「やりすぎ」てしまうらしい。
ミクルもオディプスの「やりすぎ」は見ていたつもりだが、いざ自分で試すとなるほど、なかなかに難しいもののようだ。
土下座したままの老人の、今にも死にそうな顔色。
ふう、とまた息を吐き出す。
「ミクル……? だよね?」
ワイズの恐る恐ると言った声に振り返る。
まるでワイズにしがみつくように、リズとユエンズ、エリンもミクルを伺うように見ていた。
その瞳にはどこか怯えも含まれている。
「……武器……預けたんだって?」
「「「「ギクっ!」」」」
あの男の記憶から遡ると、ワイズたちはこの町に来てすぐに男たちに騙された。
いい武器屋があり、手入れすると見違えるようになるから預けた方がいい。
まとめて預けると割引される。
更に、宿屋の割引もしてもらえる。
などなど……。
まあ、上手い話には裏がある。
そうして武器を手入れに預けたワイズたちは、宿屋でゆっくり疲れを取ろうとしていた。
宿屋の中なら武器がなくても安全だろう、と。
だが先回りして乱暴しようとしていた輩──こいつらの仲間だ──がおり、広場まで逃げてきた……が、事の顛末。
ミクルが来なければ町の者たちもどうする事も出来ず、こいつらの穴蔵に連れて行かれていただろう。
まったく、新しい島や町に来て浮かれすぎである。
「……取りに、いこ……」
「! ……うん」
手を差し出す。
その手を最初に掴むのはワイズ。
すぐにミクルより前に出て、ミクルが引っ張られる形になってしまう。
「あ、お姉ちゃんずるーい! ……ミクル、ワタシたちの事助けに来てくれたんだね!」
「うっ」
ゴスっ、と背中に飛び付いてきたのはリズ。
相変わらず勢いだけはいい。
「そ、そんな事よりミクル、無事だったのね! ちゃんとご飯食べてた!? あの変な人は!?」
変な人……恐らくオディプスの事と思われる。
それよりもまずミクルの食生活を気にしてくる辺り、いつものユエンズだ。
……さり気なく、左側の手を掴まれる。
「あ、あとさ、宿屋に荷物置きっぱなし。武器屋から武器取り戻したら、宿屋にも寄ってくんない?」
「う、うん」
エリンが右側に回り込んでくる。
決して弱くない、ところを見せたつもりなのだが、死屍累々と化した賊たちの間を歩くのになぜかミクルは幼馴染たちに守られるように囲まれてしまった。
そこからは詰問タイム。
今までどうしていたのか、ご飯はちゃんと栄養のあるものを食べているのだろうな、お風呂入ってるか、ちゃんと寝てるから……等、主に生活面の事を根掘り葉掘り聞き出される。
「ミクルはお腹壊しやすいんだから、夜に水飲みすぎてないでしょうね?」
「ねえねえ! 修行ってどんな事するの? ちゃんと休めてる?」
「熱とか出してない? 魔法使うと副作用があるとか聞いたけど、大丈夫?」
「ほんとほんと。さっきはカッコつけちゃってさ。無理してるのバレバレなんだよね」
「うっ」
エリンにほっぺを突かれる。
リズにも、背中を小突かれた。
恐らく、軟弱なミクルが行うには大層な真似をしおった、と思われている。
ミクル自身もそう思う。
彼女たちなりの「確認行為」だったのかもしれない、と思えば我慢は容易い。
年下のリズでさえミクルを『弟扱い』したがる。
このいじりは、きっとその一環。
「でも、この島にミクルが来たって事はやっぱりこの島に『魔陣の鍵』があるんだね?」
武器屋の前に着くと、ワイズに真面目な顔で聞かれる。
ようやくもぎゅもぎゅといじり倒される時間は終わりらしい。
「……うん」
胸に下げた『魔陣の鍵』を取り出す。
島の中心方向を指していた。
リズがミクルのお腹へと両手を回してくる。
「ね、ねっ! 今回はミクルも一緒に行くんでしょ? うーれっしーい!」
「……………………」
「な、なんで落ち込むのよ?」
ワイズとエリンが武器屋から武器を引き取る間、盛大に……落ち込んだ。
心配そうなユエンズの言葉も右から左。
事態も収拾した。
そろそろ、来る。
『準備が出来たよ、少年』
『……了解です。ワイズたちが死ぬようなものは、作ってないですよね?』
『おや、なかなか物分かりがいいね? ……まあ、それは君と彼女たち次第』
『むう……』
案の定、『思伝』という魔法で連絡が来た。
再会を喜ぶ傍ら、不安は的中。
テンションは駄々下がり。
「……次の、『魔陣の鍵』……湖の底に、ある」
「え!」
「ええー! 湖の底ぉ!? そんなのどうやって取りに行くのー!? アタシ泳げないよー!? ……み、みんなは?」
「湖の底だなんて……ワ、ワタシ泳げない……」
「あ、あたしも……」
「あははは、私も無理ー! ……え、マジでどうするの……」
しーん。
その場で静まり返るワイズたち。
しかし、ミクルには取っておきの策がある。
策というか、強制的な修行の場。
「オディプスさんが、鍵までの道を、作ってくれてる……残り二つとも」
「え! じゃあ行けばいいの? ん? 道を作ってる? ……取ってきてくれるわけじゃないの……?」
最初は嬉しそうにパァ! と笑顔になるワイズ。
だが、そこはさすがに賢い。
しっかり重要な部分を聞き漏らさなかった。
「それじゃ、おれらの修行に、ならない、から」
「どういう事なの? ……まさか……」
怪訝なユエンズ。
リズとエリンは、落ち込むミクルの姿で大体理解し始めている。
「……道は作ってくれた。でも、安全な道とは言ってない……」
「最低じゃん……」
ミクルから離れながら、聞いた事のないような低い声でリズが呟く。
本当に、頭痛がする。
半笑いのワイズ。
無表情になるユエンズと元々無表情のエリンも心なしか不機嫌そう。
「ワイズたちに、強くなってもらわないと、って、言ってた」
「私たちに?」
「うん……」
「……そういえばそんな事、最初から言っていたわね。どうしてなのかしら?」
首を傾げるユエンズ。
四人はそれぞれ顔を見合わせた。
だが、ミクルも……オディプスが案じている事を薄々分かり始めている。
『勇者の声』『魔女』『魔王クリシドール』『魔陣の鍵』『魔女の遺体』『疫病』『空の暗黒城』『暗黒城から湧き出るエヤミモンスター』……。
自身の『遺体』を『勇者』の前に差し出し『疫病』の受け皿として使えという『魔女』。
疫病は『魔王クリシドール』のもたらす災いのはず。
それをなぜ、『勇者』が?
全ての順番が違うのだとしたら──?
(……気持ち悪い)
考えようとすればするほどその感覚が強くなる。
まだ子どもだから?
いや、大人のオディプスでさえ「不快」と言い放った。
やはり普通の感覚ならばそれはとても気持ちが悪いのだろう。
それを彼女たちに語って聞かせるのはとても、憚られる。
それと同時に強く、深く、不快感がミクルの中をぐちゃぐちゃにしていく。
それは『勇者の声』。
エリンの体に何をしたのか知らないが、『魔女』にミクルの想像通りの事を働いた者の関係するなにかが関わっている。
(不快……)
心の底から早く追い出したい。
エリンに、触れて欲しくない。
だからこそ、もし、『それ』と戦う事になった時、恐らくミクルは一人で『それ』と戦えないだろう。
彼女たちの協力が必要となる。
特に、エリンの。
オディプスはあの時点でそれを──察していた。
(強く……なりたい。もっと。おれだけで、なんとか出来たら……いい、けど……)
少なくともミクルや、オディプスであっても不可能な事がある。
だから、その為に彼女たちに力をつけてもらいたい。
理屈は分かる。
理解も出来る。
心が納得出来ない。
しかし、他に方法はないのだろう。
ならば彼女たちが強くなるように、第四の『魔陣の鍵』を取りに行く道中、教えられる事を教え込む。
(もっと想像しよう。考えよう……。いろんな可能性。ワイズと、リズと、ユエンズと、エリン……守りたい。守られてばかりは……嫌だ……)
そしてきっと彼女たちは、「守られるだけなんて嫌だ」と口を揃えて言うだろう。
オディプスはそこまで分かった上で、今回の『試練』を課すのだろうか?








