三番目の鍵【前編】
次の『魔陣の鍵』がある場所は『賢者の森』と呼ばれる森のある北の小大陸。
オディプスと共に、降り立つ。
「…………人の気配はないな。この島に人は住んでいないのか」
「? しま?」
「ん……そうか、君たちの世界は移動手段が少ないのだったな。こういう小さな大陸に満たない場所は『島』と呼ぶんだよ」
「しま……」
小大陸ではなく『島』というらしい。
その島は八割が森林。
この森林のどこかに、次の鍵がある。
本来であればとても探し出せるものではないだろう。
だが、ミクルの手の中には『魔陣の鍵』がある。
すでに『魔陣の鍵』は、森の中央部を指し示していた。
「モンスターを始末しながら進もう。この森の中はだいぶ多い」
「はい」
探知しただけでも数千近いモンスターがいる。
なぜこんなに多いのか。
大型ではないからだ。
小型のモンスターが、各所に潜んでいる。
「……そうだ、こういう時の中範囲から広範囲魔法だな。よし、少年! 中級の魔法を一つ教えよう」
「! はい」
ようやくだ。
ようやく中級の魔法を教えてもらえる。
駆け寄って、魔法陣を描いていくオディプスの手元を見た。
魔力が指先に集まり、それがすらすらと様々な文字を書く。
人の記憶を『解体』して吸収した彼は、この世界の文字を覚えてしまった。
かくもたやすく書いているその文字は、この世界の文字だ。
だからミクルにも読めるし、書ける。
魔法には、範囲を記すものや範囲内の威力の度合い、詠唱における魔力の収集量の増加などが加わっていた。
「中級は当然の事ながら初級の魔法よりも魔力量が増える。その量は平均二倍から三倍と考えていい」
「二倍から、三倍……」
「そう、これまで君が使ってきた魔法の二倍から三倍量の魔力を集めなければならない。周囲の魔力は空気のように集めれば濃度が下がり、より遠くから収集しなければならない。中級から上級の魔法の詠唱が長くなったり、おいそれと連続して使えないのには主にそういう『遠くまでたくさん集めなければならない』という問題があるからだ。とはいえ、その問題はこの世界だと存外容易く解消出来る。なぜだか分かるかね?」
「ん……魔石です」
「正解だ。魔力の塊……いわば物質化した魔力である魔石。これを用いれば、この世界では上級の魔法も使い放題だろう。しかし、では次の問題が浮上するな。それはなんだと思う?」
「魔石の、入手方法……」
「そう、エヤミモンスターを倒さなければ手に入らない。更に言うと、倒したモンスターの属性に染まりきっているから、魔石の属性により使える魔法が限定される。もちろん、一度魔力という形に戻したものならば『無属性』に変化させて新たな属性に変質させる事は可能だが、それをやるとなると結局時間がかかる」
うん、と頷く。
オディプスはエヤミモンスターも難なく倒し、魔石を集めまくっている。
それは『観測所』の維持に必要。
もちろん、消費されても最近は周辺から再び回収する魔法陣が組み上がっている。
半永久的に、あの『観測所』はあのままあの場所に浮き続けられるだろう。
そして、その事を知った時に思った。
(多分、あの城も……。……けど、それなら……あのモンスターたちは……。それに、それほどの魔法を組み上げられる人……多分、クリシドール……。あの魔城は、クリシドールのものだった……と、思う……)
『魔王クリシドール』。
彼女はモンスターを人工的に作り出せる魔女。
つまり城も、今も城から溢れるモンスターも彼女の力。
塔の中で彼女の姿を見て、話を聞いていなければ、誰もが『魔王クリシドール』が復活し、モンスターを世界に放っていると考えるだろう。
「…………魔石は、どうやれば生まれるんでしょうか……?」
「良い質問だ。実はこの世界の魔石を作るのは意外と簡単でね」
「? 作ったんですか?」
「作ってみたよ。君にもすぐ作れる。『観測所』での生活はその為のものでもあったしね」
「! ……分かりました。事前に作っておけばいい……」
「その通り!」
考えるべきは、今後の事。
クリシドールの遺体を、弔う。
きっとそれでこの事態は治るはずだ。
——勇者。
ただその存在がいやにちらつく。
「さて、魔石作りは後でも良いが、中級魔法の方は完成した。使ってみせるから少し離れたところで見ていなさい」
「はい」
言われた通り、少々離れた場所に立つ。
オディプスの手元の魔法陣が、その指先に動いて広がっていく。
(大きい……)
吸収を目的とした魔法陣の巨大化。
それが固定されると、魔力の収集が始まる。
詠唱に関してはゆっくり回転する魔法陣の縁に言葉が浮かんでいく。
それを、見て覚える。
長いので一度では覚えられなさそうだ。
(煌めきの、大地に……見えぬ者よ、駆せ、参じて……乞い願う事も、なく。……空より降り注ぐ、あたたかな風と星の光の瞬きに……その身を任せて……)
わざわざゆっくり魔力を集めてくれている。
あれはオディプスの技術だ、魔力を集める量をも調整する、なんて事は、ミクルにはまだ真似すら出来ないだろう。
そして、程良く魔力が集まると凝縮、固定される。
その凝縮率もすごければ、凝縮する速度も凄まじい。
感覚的ではあるものの、ミクルが今着ている上着が、一瞬で人差し指サイズになったような……そんな凝縮の仕方をするのだ。
当然その濃度もまた凄まじく、初級の魔法が千発叩き込まれてもあの塊には弾かれるだろう。
(……あんなものが、中級……。じゃあ、上級は、もっと? あれよりも……?)
ゾッとする。
オディプスの魔法の才能は元より、その能力も。
初級の二倍から三倍の魔力を必要とする魔法の、その上……上級。
一体——どれほどの……。
「余すとこなく、食らい尽くせ……『グラトニィーグ』」
キュ、と甲高い音がした後、凝縮された魔力の塊が魔法陣と共に一体化して一瞬で島を覆う程に広がった。
もちろん、ミクルの足下にも。
しかし、それは『モンスター』を食らう魔法だ。
(……『土属性』)
大地、そして樹木なども『土属性』に含まれる。
魔力の塊である『モンスター』だけを探知し、魔法陣の光が天高く……木々を飲み込む程高く昇った。
小型のモンスターは、この魔法が届く範囲で全てあの光に食われただろう。
ふむ、と魔法の構造を自分なりに解析していく。
ベースの魔力は『土属性』。
それは土地柄、相性が良いからだろう。
だがあの魔法、『モンスター』を指定して食らっている。
その事から、探索系の魔法も組み込まれていたはずだ。
探索系魔法も『土属性』と相性がいい。
だが、より精密に精査するとなると『風属性』も入っている方が良いだろう。
「…………少年、ある程度理解は出来たかい?」「多分……」
「よろしい。まあ、今日は実践せずとも良い。ただこの魔法は覚えていて損はないだろう。この世界ともとても相性が良いはずだ。ほら」
「!」
空から何かが落ちてくる。
見上げていたオディプスの手の中に、吸い込まれるように落ちてきたのは大きな魔石だ。
色は黄色がかった茶色。
『土属性』の魔石である。
「どうやら木の葉や土、木の上などにかなりの数がいたようだね。全部まとめて吸収したら、そこそこ良いものが採れた」
もはやオディプスにとってモンスターは採取の対象らしい。
薄らそんな気はしていたが、ついに「採れた」って言っちゃった。
ぼんやりそんな事を思いつつ、魔石を覗き込む。
なるほど、と一人で納得する。
「……もう少ししたら、試してみても、良い、ですか……」
「良いよ。試してみたまえ」
これだけで『何を』というのが伝わる程度には、ミクルとオディプスには信頼関係のようなものが出来ている。
少なくともミクルにはそれを感じられた。
オディプスは口数が多いわけではない。
魔法に関しては別だが、それはミクルも同じ。
多分、ミクルも彼と同じ……好きな事には多弁になるタイプだったのだろう。
ミクルにとってオディプスは信頼の出来る……いいや、もはや信頼を寄せる『師』そのもの。
幼馴染たち……彼女たちと一緒にいる時とはまるで違うのだ。
絶対的な力。才能。
圧倒的な実力。底知れない知識量。
それなのに、恐ろしいと思えない。
——安心感。心地よさ。
今ミクルが感じるのは、それだけだ。
「道もスッキリした事だし、進もうか。島の反対側の掃除は任せるよ」
「はい」
掃除ついでの『魔石』の採取。
採取というか、これは『生成』だが。
ふんわりと浮かぶオディプス。
その後を追うように、ミクルも浮遊を使って浮き上がった。
浮遊、そして、飛行。
地面から数十センチを維持し、森の中をすいすいと進む。
簡単に見えて存外難しい。
速度、浮く距離、移動に際してのバランス。
重力系も『土属性』の魔法だ、この土地と相性はいいだろう。
(あ、そうか……木……も、『土属性』の一部の扱い、だから……事前に木の位置を【探索】で把握して、自動で避けるように……組み込む……)
浮遊、飛行……に、更に探索、自動で回避、を付加。
指で軽く魔法陣を付け加えると、あとは楽だった。
オディプスの後ろを付いて行けば良い。
(相変わらず……いじわる……)








