part.エリン【後編】
「っ……!」
エリンが息を呑む。
その魔法は——その世界に存在しない魔法。
スライムが跡形もなく一瞬で消えた場所に落ちた魔石を、ミクルは回収する。
『観測所』の動力として使えるし、オディプスは「あまり魔力を無駄使いしたくない」と言って魔石の魔力を好んで使う。
魔石の魔力はすでに『属性』が付けられている事がほとんどなので、それ以外の属性の魔法として使うのなら一度分解しなければならない。
しかし、今のミクルには難しいことではなかった。
なにしろ日々の生活の中でそれを繰り返している。
そうしないと、生活が出来ない場所で過ごしているのだから。
拾った魔石は空間倉庫にポイ、と入れてエリンを振り返る。
「行こう」
「…………。あ、あのさ……い、い、今の、なに?」
「? 普通に……魔法で……」
「……魔法ってあんな事まで出来るんだっけ……?」
「ん……初級魔法を、強化すれば……」
初級魔法の強化……主に使用魔力量と凝縮濃度の調整。
これもまた、日々生活の中で加減を覚えざるを得ない。
そう考えると、オディプスの用意した『観測所』は本当に『魔道士』の修行に向いている。
「…………」
「ミクル?」
「オディプスさんに、会えなかったら……死んでた」
「!」
「きっと、モンスターも、倒せない、弱いままの、おれ、だった……だからほんとに……感謝、してる……」
エリンの中のオディプスは『変態』のようだが、それはきっと方向性が違う。
変態は変態だけど、魔法研究特化型の変態だ。
口下手なミクルにはその辺りを上手く説明出来る気がしない。
なので、エリンの手を取りさらに下へと進む。
次はガーゴイル——『魔女クリシドール』の作った、最後の門番。
「……あの軟弱泣き虫弱虫のミクルが……」
「?」
「別に! ……ただ、ミクルはアタシと同じ後衛で……役立たずだったのにって、思っただけ!」
「……対処法を、知ってた、だけ」
いざ最後の門、最下層にたどり着くと、ワイズにそんな事を言われた。
強くなった、とは違う。
自分は知識で補えた。
ただそれだけだ。
「…………アタシも強くなりたいな」
「?」
「ねえ、ミクルの師匠なら、回復しか使えないアタシも、戦ったり出来るようになる方法とか、知ってる?」
「…………」
どこか躊躇しつつ、ちら、ちらとミクルの方を窺いながら呟くように言うエリン。
そういえば、エリンは治癒魔法しか使えない。
この世界で魔法は身体を強化したり、武器に属性を付与したり、その程度。
しかし治癒魔法は、そもそも使える者が少なくて重宝される。
オディプスも治癒魔法は使える属性によってはとても珍しい、と言っていた。
「…………。手……貸して」
「? なにかするの?」
少し思案した後、ミクルはエリンの手を取る。
そして【鑑定】と【分析】でエリンの魔力の属性を詳しく調べた。
『治癒魔法はいくつかの属性で使う事が出来る』
というオディプスの解説。
その解説には続きがある。
『君にもこれから教えるが、特に高い治癒魔法を使えるのは水属性と光属性。他の世界であれば聖属性、という属性もあったけど……あれば大元が光属性の場合が多い。別物である場合は神力が加わっていたりするね。まあ、この世界にはあまり関係ないけど』
はあ……と、あの時は情けのない声を出したものだが、今となればその意味もだいぶ分かる。
その世界によって、その世界に適した『属性』や『魔法』があるのだ。
そして人も同じ。
その人に適した『属性』と『魔法』がある。
そう考えると、魔法というのは本当に『自然』そのものなのだと思う。
「…………あ、あの、ミ、ミクル? い、いぃぃいつまでに、握ってんのアンタっ。そ、そ、そろそろ離してくんないっ?」
「うん。……エリンは『光属性』と『水属性』の適性がある。でも『光属性』の方が表面化してるし、多分合ってる」
「……光属性……? あ、ああ、なんかガラじゃないんだよね……」
と、本人は言っているが、ミクルは割と似合っていると思っている。
これは個人の感想なので、エリンには伝えていない。
伝えたところではっ倒されそうだと、幼馴染み故に分かっている。
「えっと、あのね……『光属性』にも攻撃魔法、あるよ」
「! え、ほんっ……」
すっ、と口を塞ぐエリン。
すぐ近くに、ガーゴイルがいる。
見つかったら戦闘になるのだ。
「マジ?」
「使い方……教える?」
「う、うん!」
「えっとね、呪文と……」
「う、うんうん……」
オディプスに教わった、この世界の魔法の使い方はシンプル。
杖で魔法陣を描き、呪文を唱えて魔法陣を発動させる。
使うのはほぼ体の中の魔力であり、世界に満ちている魔力に関しては手付かず。
おそらく『魔王』の存在に怯えて、人々が魔法を使わなくなったせいだろう、とオディプスは考えているようだ。
しかし、自然の魔力を使わなくなった事で吹き溜まりが出来やすくなり、エヤミモンスターが生まれやすくなった——。
「……これが攻撃魔法?」
「うん。あんまり強くないけど……光属性の魔法は、同じ光属性魔法と重ねると、相乗効果が発生して……威力、五倍から十倍にも、なる、事ある、って……」
「そ、そんなに?」
コクリ、とうなずく。
呪文と魔法陣、使い方……それらはこの世界に適した魔法として、オディプスが『作り直した』もの。
その時一緒に魔法の作り方も学んだ。
魔法のレシピ——しかし、それはあまりにもこの世界では異質なものだろう。
エリンには難しいだろうか、と見てみると、エリンはぶつぶつ呪文を覚えるのに必死だ。
「試してみよう。おれ、手伝う、から……」
「……あはは……ガーゴイル相手に魔法の実験なんて……なんかすごい事になったなぁ」
「大丈夫」
「!」
「エリンなら、出来る」
瞳が輝く。
ミクルは彼女の紫色の瞳を真っ直ぐ見つめて言い切った。
オディプスよりも濃い、美しい紫色。
この世界では忌むべき色。
でも、ミクルには様々な可能性を与えてくれる色だ。
「うん……」
「結界を張る。あちらからの攻撃は、通さない……こっちの攻撃だけ、通す結界」
「そんな事出来るの?」
「うん。これも、『光属性』の魔法……あんまり、おれは『光属性』……得意じゃないけど……使えないわけじゃ、ない、から……」
「…………。分かった。出来るだけ早めに倒さないとダメなんだね?」
「うん。でも、落ち着いて……。集中、しないと、魔法は発動、しないから」
「う、うん。とにかくやってみる」
頷いて、ミクルはオディプスに教わった彼の世界の魔法を使う。
指先に魔力を集め、凝縮して固定する。
それで魔法陣を描き、魔力を更に集めていく。
魔法陣に集める魔力は魔法用の魔力。
この魔法はまだ覚えていない上、さして得意ではない『光属性』なので、集中を高め、より多くの魔力を集めるために呪文を口にする。
範囲、高さ、強度、条件を加えていく。
「光の壁よ、星の力強き瞬きの如く……他を拒む圧倒的な距離、圧倒的な優しさ、圧倒的な絶対を、我に齎さん。セイヴァー・ウォール!」
こちらとガーゴイルを隔てる白い半透明な壁……。
構築された直後、ちらりとエリンに視線で合図を送る。
エリンもミクルの合図に頷いて返す。
「いくよ……ひ、光よ、朝と昼、夕になるまで人を照らし、慈しむ光よ。束ね、束なり、束となりて、その突き刺さるほどの眩さで、我が敵を貫け!」
十分すぎる。
ミクルが客観的に見ても、エリンの魔法は初めてとは思えないほど完璧に仕上げられていた。
魔力量、魔法陣の形成、そして魔法として昇華する過程まで。
『光属性』との相性もあるだろう。
だがそれだけではなく、エリンの魔道士としての才能もまた、それを助けている。
協力な光の槍が束ねられ、塊となってガーゴイルに飛んでいく。
自分の活動範囲に『何か』が入ってきた、と感じたガーゴイルが動き始めた時にはもう遅い。
『GUAAAAAAA!!』
エリンの放った魔法がガーゴイルを貫く。
顔から胴、腕、翼まで。
その身の全てを砕き尽くす。
「は、はぁ……はぁっ……た、た、倒した……?」
「ちょっと魔力多すぎたけど……うん、あのくらい……。でも、小物、の、モンスター倒す時、は……減らした方がいい、よ」
「…………。……うん……」
へた、と座り込んだエリンに手を差し出しながら言う。
エリンはかなり安堵したように微笑んだ。
彼女を立たせ、ガーゴイルが守っていた『先』へと行く。
目の前には巨大な鉄の門。
そこを潜ると、これまでにない広さの空間と中央にダイヤ型の宙に浮いた石碑。
石碑の側に、二つ目の『魔陣の鍵』がある。
「行こう」
「うん……」
エリンの聞く、勇者の声。
矛盾は晴れない。
だが今は……ともかく『魔陣の鍵』を集めて『魔女クリシドール』の遺体を弔う。
エリンと頷き合い、手を繋いでミクルは輝く門の中へと飛び込んだ。
そこにあったのは草原。
巨大なドーム状の場所は、草木で埋め尽くされ、その中央に台があった。
小箱が回転しながら浮かぶ。
近づいてみると、中にミクルの持つ『魔陣の鍵』と同じデザインの鍵があった。
「……ミクルが持って行って」
「!? でも……」
「魔法を教えてもらったお礼だよ。あ、いや、そのー、ほらえーと、か、か、借りとか作りっぱなしにしてたくないっつーか……」
「エリン……」
彼女の方を、向く。
エリンは唇を尖らせて、目を泳がせている。
その頰は、明らかにいつもより赤みが強い。
そして、少しだけ考え込んだ後……真っ直ぐにミクルを見た。
「アタシ……もう少し、強くなる」
「エリン……」
「せっかく魔法、教わったし……本当はもっと色々、アタシでも使える魔法、ミクルは知ってるんでしょ?」
「う、うん。でも、防御系が多い……よ、おれが、使えるの……。治癒魔法は、苦手……」
「そうなんだ……ミクルでも治癒魔法は、苦手なんだ?」
「うん、なんか、難しい……理屈は分かるけど、攻撃魔法と違って、魔力の構成がなんでか上手くいかなくて……。小さな傷なら、治せるように、なったんだけど……」
「ふ、ふーん?」
そうなのだ。
だから、とエリンを見る。
「エリンの方が、やっぱり、すごい、よ」
「っ」
かぁ、とまた赤くなるエリン。
あまり見ないエリンの表情。
短い髪のもみあげを、指先でくるくるといじる。
「と、と、と、とにかく……今回は、その、アタシほとんど役に立たなかったから……ミクルが鍵を持ってて。そ、それじゃあ、アタシ、あそこから上に戻る……! の、登り階段だから、多分戻れると思うし!」
え? エ、エリン!?」
行ってしまった。
ほとんど言い逃げだ。
呆気に取られつつ、しかし、彼女らしいとも思う。
頰をかく。
少しだけ、珍しいエリンをたくさん見た……ような気がする。
「…………」
手を握り締め、顔を上げる。
そして小箱に手を伸ばした。
箱が開く。
二つ目の『魔陣の鍵』を手に入れた。
残りの『魔陣の鍵は』——後三つ。








