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part.エリン【中編】


「退こう、ミクル。あれはアタシたちだけじゃ無理だよ——」

「貫け。ウィンドアロー」

「…………え?」


 ひゅう、と風が収束していく。

 ミクルが指先をモンスターへ向けると、風が無数の矢となって降り注いだ。

 一瞬でビッグロックゴーレムは大きな石に戻る。

 おそらく、このビッグロックゴーレムは下にあるガーゴイルが『吹き溜り』のような影響を周囲に与えた結果生まれたものだろう。

 バラバラになったビッグロックゴーレムから、魔力はもう感じない。


「……え? え……い、今、なにを……」

「行こう、エリン。まだあと二体いる」

「……倒したの? ミクルがやったの?」

「?」


 首を傾げる。

 大した事はしていない。

 ミクル自身もまさか自分がこの世界トップクラスの魔法使いになっていたなどと思わず、本気で首を傾げていた、

 なにしろ、ミクルの師匠はそんなレベルではないのだ。

 目指す基準が、途方もなく高い。

 だからエリンが驚く理由が分からなかった。

 ミクルの側にいる人は、()()の魔法しかミクルに教えていない。


「ミクルが? どうやったの? だってアンタ魔法しか使えないんじゃ……武器も持ってないし……」

「あ……」


 それを言われてようやく「あ、そういえば」と思い至る。

 この世界では、火を点けるくらいしか魔法に使い道はない。

 魔法は畏怖されるもの。敬遠されるもの。

 攻撃用の魔法さえないと言っても良い。

 しかも、ロックゴーレムを倒す程の魔法など——。


「……こわい……? ……いや……?」

「こ、怖いとかじゃ、ないけどさ……た、ただ……びっくりした、っていうか……」


 魔女、そして、疫病の魔王『クリシドール』。

 その災いは今なお語り継がれて強力な魔法は衰退して消え去った。

 高位の魔法を使える者は異端とされて、忌避される。

 忘れていたわけではない。

 しかし、オディプスは言う。


『魔法は悪ではない。道具に過ぎない。君は剣を、ナイフを、悪だと思うかい? 確かにそれらに比べて魔法は万能過ぎるけれどね。この領域に至れる者は、一握りもいない』


 目を閉じる。

 そのミクルの様子をどう捉えたのか、エリンはミクルの背中を撫でた。


「!」

「怖くないよ……。魔法……なんだね?」

「……うん。あれは魔法。攻撃用の、魔法……一応、初級」

「あれで初級!? ……じゃあ、もっとすごい魔法も、あるの?」

「うん。おれは、まだ、初級の魔法しか、使えない……。それより上は、まだ、教わってない……」

「マジで? ヤバくない?」


 何が?

 と思ったが、物理攻撃の効きにくいロックゴーレムを倒すには、武器に水属性を付加する魔法が必要だ。

 それをいちいち付加して攻撃を繰り返し、ジリジリと長期戦を仕掛ける。

 この世界の、ロックゴーレムとの正しい戦い方。


(忘れてた。あの程度って、思ったけど……武器に属性を付加する魔法しか使えないと数人がかりで何時間も掛けて倒さなきゃいけないんだった)


 ぼり、と頭をかく。

 そして、話題を変える事にした。


「あ……えっと、その、そう、いえば……村……おれ、一度、帰った……」

「村? ……ううん、帰ってない。ミクルは帰ったの? ……村長たち、心配……してた?」

「うん、すっごく。……手紙も、出してないの?」

「てっ! 手紙! そ、その手があった!」

「…………」


 本気で驚いているエリン。

 この様子だと、他の三人も村になんの連絡も指定なさそうだ。

 優等生で村長の娘であるユエンズさえ、手紙で連絡する事を忘れているのかもしれない。


「! 今、連絡、しておく?」

「え? でも便箋もペンも持ってないし……?」

「繋げ。縁絡鏡」


 ロックゴーレムがいなくなった場所に手を伸ばす。

 指先に魔力を集め、簡易にした魔法陣を描く。

 それが広い場所へ移動して、水面を打つ波紋のように広がる。

 白い光の後、故郷の村が映し出された。


「え!?」

「村長」

『ん? なんだこりゃ……ん!? ミクル!? エリン!?』

「え、えええええええ!」


 これは『縁絡鏡(えんらくきょう)』という一方通行の魔法。

 相手が魔法を使えない場合に使用する。

 オディプスとなら『思伝(テレパス)』を使う。

 これは口を開かず、頭の中の思考の一部を魔力で共有する魔法だ。

 また、相手の姿も見る事が出来し、こちらの姿を相手に見せる事も出来る。

 エリンの無事を知らせるのには手っ取り早いと思った。


「ななななななにこれ、ミクルーー!」

「うぇえぇ……!?」

『リ、エリン! エリンなの!?』

「そ、村長! おばさん!」


 襟を掴まれガクガク揺さぶられる。

 そうこうしている間にエリンの親代わりである村長が、ユエンズの母を呼んできた。

 村長夫婦はエリンの元気な姿に涙を浮かべる。

 エリンも、そんな村長夫妻の姿にミクルを揺さぶるのをやめて向き直った。


「あ、あの……連絡しないで、遠くまで来てて、ごめんなさい……」

『いいのよ、いいの! 無事なのね? エリン! 怪我は? 病気は? 他の三人は?』

「え、えっと、今別行動になってて……。ミクルが魔法で……これ魔法?」

『ああ、やっぱりミクルの魔法だったのね! ええ、ええ、ミクルはすごいわ! うちの村に結界を張って、モンスターが入ってこれなくしてくれたの。そう、この魔法もやっぱりミクルなのね』

「!」

『そうかそうか、元気か……ユエンズ……ワイズたちも一緒じゃないのか』

「う、うん、今はぐれてて」

『事情はミクルから聞いているが……他の三人も元気か?』

「うん……村長……三人ともいつも通りだよ」

『今どこにいるの——』


 一歩下がって、エリンが村長夫妻と話す姿を眺めていると……不思議な感覚になる。

 なんだか、村に帰ったような……そんな気分に。



「——という感じ。……この頭の中の声を、消したいの。わけ分からないし……普通にキモいから。……その、信じて、くれる?」

「…………」


 エリンの話を改めてまとめると、ミクルがオディプスに攫われる前にエリンたちは偽勇者に遺跡に連れて行かれた。

 その遺跡でエリンは勇者の声を聞き、その通りにしたら偽勇者の罠から抜け出し返り討ちにする事が出来た。

 なので、エリンの聞く『勇者の声』の通り『魔神の鍵』を集め、天空に現れた『暗黒城』に赴き、魔王を倒す……らしい。


(……ん?)


 ミクルはそれを聞いて首を傾げた。

 あの城は、確かに『疫病の魔王』の城だろう。

 だが、『疫病の魔王』と『魔女クリシドール』は同一人物。

 彼女自身がそう言っていた。


(? どういうこと……だろ? 混乱してきた)


『魔女クリシドール』は『魔陣の鍵』を揃えて、自分の死体を使い『疫病を治めろ』と言ったが……そういえばあの天空の『城』については特に言っていなかったように思う。

 あれが『魔女クリシドールの城』?

 彼女の住処は村の近くの塔ではないのか?

 ではあの城はなんだ?

 あそこから吹き出すエヤミモンスターたちは?


「…………」


 天空に現れた逆さまの『暗黒城』、そして……エリンの聞く『勇者の声』とは——本当に、なんだ?


(無関係、ではない。でも、噛み合わない。魔女の言葉を信じても、勇者の言葉を信じても……なんだろう、これ……変……)


 オディプスは『魔陣の鍵』を集めて『魔女クリシドール』の遺体を弔うと言っていた。

 ミクルもその考えには賛成である。

 彼女のあの悲しげな眼差しを思い返すと、もう休ませてあげたい。

 だが、エリンたちが聞いた話……『勇者の声』は、エリンを通して聞いたそれは『魔陣の鍵』を用いて城に赴き、魔王を倒せ——。


(『魔陣の鍵』を集めた先に『魔女クリシドール』の遺体がある。……『魔女クリシドール』は『魔王』……。勇者の話も……間違いでは、ない?)


『魔陣の鍵』の示す先。

 あの、天空の城だとしたならば……。


「…………」


 行く事自体は無理ではない。

 今のミクルならば。

 だが、なぜかエリンたちを導く『勇者』に良い感情を持つ事が出来ない。

『魔女クリシドール』のあの表情、声、空気……あれを見た後では、とても。


『そうか……。ああ、信じるよ。お前は嘘をつくような子じゃないからな』

「……! 村長……」

『エリン……。大変な事に、なっていたのね……。分かったわ。でも、どうか無事に戻ってくるのよ?』

『無理するなよ!?』

『そうよ、無理だと思ったら逃げてね! ワイズとリズにも伝えて。ミクルも、五人で! 五人で無事に戻ってくるのよ! 待ってるから……』

「……おばさん……。……うん、帰るよ……必ず、五人で帰る……!」

「…………」


 うん、と頷く。

 ただ『魔女クリシドール』の遺体を弔うだけだ。

 オディプスに教わった魔法で、モンスターは容易く倒せる。

 もちろん、油断は禁物だが……。

 今のところ中級魔法が必要なモンスターと遭遇した事がない。

 それに、中級魔法は洞窟の中では使えないだろう。

 もっと言えばオディプスに『手に負えないと思ったら無理せず連絡しなさい』と言われている。



「……ありがとう、ミクル」

「ん」


『縁絡鏡』を閉じる。

 感情表現はミクルも苦手だが、エリンもかなり苦手な部類。

 そんなエリンでさえ、久しぶりの村長夫妻との会話は喜ばしかったようだ。

 とてもささやかな笑顔。

 でも、エリンにとっては精一杯喜んでいる姿。


「なんだか、少し元気出た。……アタシ、帰ってもいいんだね……」

「うん……」

「……行こうか。さっさと片付けて……村に帰ろう」

「……うん、さんせい……」


 ゆっくり歩き出す二人。

『禁忌の紫』……人はそう呼んで、紫色の瞳を恐れる。

 赤ん坊のエリンは紫の瞳と分かると捨てられた。

 そんなエリンを、村長が引き取って育てたのだ。

 瞳が紫でなんだ。

 そんな昔の言い伝え、怖くもなんともない。

 命は命だ——。

 自分の娘、ユエンズと遜色ない愛情を注がれて、それでも血の繋がりがない事を心のどこかで悲しく思っていたエリン。

 村長夫妻は「帰っておいで」と涙を浮かべて言ってくれた。

 エリンにとってそれがどれほど大きかったのか……早くに両親を亡くしたミクルにもよく分かる。

 肩が触れそうなほど近くを歩く。

 エリンは、昔からミクルと寄り添ってくれる——ぬくもりのような女の子。


「……?」


 やはり彼女の側は、とても、落ち着く。

 それなのにほんの少し緊張していた。

 なぜだろう?

 首を傾げる。

 今のミクルにとってモンスターなど恐るるに足らない。

 では、この緊張感は……なんだろう、と。





「結構降ってきたね」

「ん……そろそろ二匹目の、モンスター……」

「! あれ?」

「うん」


 スライムだった。

 道を降った先にある広まった場にいたのは全く動かないスライム。

 茶色くて、ぷよぷよと揺れる程度で全く微動だにしない。


「スライムか……しかも大きいね」

「うん、でも……」


 鑑定眼でモンスターを調べる。

【土属性】、【物理耐性】、【溶解能力】……。

 手を差し出し、指先に魔力を集め、魔法陣を展開し、構成を整えていく。

『土属性』の弱点は『風属性』。

 だが、ロックゴーレムよりも巨大で軟体のスライムにはただの風魔法だけではダメだ。

 飛び散らせれば増殖する事もある。

 だから——。


(魔力変化、付与『風属性』、真空、空間固定、切り抜き、ずらす、断絶一時固定、酸素増、爆発、ダメージ倍、魔法ダメージ増、魔法使用後の解除……)


 魔法陣に詰める効果。

 マナの量、凝縮具合、範囲、初級の魔法を中級の魔法のレベルまで『強化』する。


『魔法とは道具だ。その可能性は人と同じく無限に広がる』


 オディプスが時折口にする言葉。

 初級の魔法は、誰でも使えるものだ。

 だが、では弱いのかと言われるとそうではない。

 むしろ、効果範囲が広くなり、逆にこういう場所では使いづらいだろう。


「真空の箱にて流れて出ずる欲望を消失せよ、ヴァキューム・ウォール!」


 カッ、と目を見開いたスライム。

 しかし、気付いた時にはもう遅い。

 すでに魔法は発動しており、スライムをギュオ、と吸収でもしたかのように消し飛ばした。

 空中からころん、と魔石が地面に落ちる。

 上手く強化出来たようだ。


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