御伽噺
オディプスが観測室を去った後、ミクルは椅子に座り本を開く。
『序章、勇者誕生』
『第一章、勇者と魔女』
「…………」
ミクルは『魔陣の鍵』を手に取る。
黒く、細い丸いに蜘蛛の巣のような形の鍵。
この一章で鍵は五つに分かれて、勇者はそれを追い、冒険を始めるのだ。
これは勇者の視点で描かれる話。
しかしミクルの村に伝わっていた話は、魔女の視点の話だった。
それがなんとなく、胸を苦しく、重くさせた。
魔女は……魔女はいい魔女だったではないか。
みんなが彼女に頼りすぎたから、魔女はそれが辛くなってしまったのだ。
だから隠れて、人を近付けたくなくなって塔の中にモンスターを呼び出した。
それは確かに、やりすぎだったかもしれないけれど……。
「…………どうして……話合わなかったんだろう……」
『序章、勇者誕生』
勇者は天啓を受け、神より賜った剣を携え旅に出る。
『第一章、勇者と魔女』
とある町の側に魔女が棲み付き、モンスターを呼び出して町の人を困らせている。
そんな噂を聞き、勇者は魔女を退治しに向かう。
しかし、後一歩のところで魔女は地下へと逃げ込み自らを封じた。
そして、その封印を解く鍵を世界中に転送して隠す。
勇者は魔女を倒す為に、新たな旅を始める。
『第三章、山の神』
勇者は魔女の鍵を探し、様々な人々に聞き込みをする。
町や行商人。
彼らの話から、飛び去った鍵は五つ。
一つは北西のゲティルト山。
一つは北賢者の森。
一つは東北の精霊の湖。
一つは世界中央の海中。
一つは南東の闇の洞窟。
まず、勇者は北西にある島、ゲティルト山を目指した。
そこで山を支配するグリフィンと戦い勝利。
一つ目の鍵を手に入れるのであった。
『第四章、賢者の森』
勇者は引き続き魔女の鍵を探す。
次に向かったのは北の島にある賢者が棲むという森。
深い森を抜けた先に掘っ建て小屋があり、そこで地下へ続く扉を発見する。
勇者は地下へと降り、賢者と対面し、鍵を得るのだが、その時に賢者に修行と試練を与えられた。
ひと回り強くなった勇者の旅は、まだ続く。
『第五章、精霊の湖』
東北の島に来た勇者。
その中央にある湖には精霊が住んでおり、事情を話すと精霊は鍵のありかを教える代わりに一つ願いを聞いてほしいと交換条件を提示してきた。
勇者は精霊に頼まれ、森の中から一輪の花を手折って持ってゆく。
精霊はその花を見て涙を流し、勇者に魔女の鍵と加護を与えたのだった。
勇者は次の鍵を探しに旅立つ。
『第六章、海中神殿』
勇者は鍵を求めて中央の海を渡る。
その航海中、女の歌声が響く。
船を止めると、海の中から顔を出したセイレーンが勇者に懇願した。
この海の底に強い力を持つ鍵が落ちてきて、家に帰れなくなってしまったのでなんとかしてほしい、と。
彼女の頼みに応え、彼女に力を借りて海中へと向かい鍵を回収する勇者。
船に戻ると、セイレーンは勇者に強く感謝してどんな怪我も癒すというセイレーンの血を勇者に差し出す。
それをありがたく貰い受け、勇者は次の鍵を探しに旅立つ。
『第七章、闇の洞窟』
勇者は鍵を求めて南東の島に上陸した。
途端にモンスターに襲われ、その発生源を調べると深い洞窟にたどり着く。
洞窟に溜まった邪悪な気配を取り込んだ鍵が、モンスターを生み出していたのだ。
勇者は最深部へと進み、モンスターと化した鍵に苦戦を強いられながらもなんとか退治に成功し、最後の鍵を入手。
いよいよ勇者は自らを封じた魔女の元へと戻るのであった。
『第八章、魔女の呪い』
魔女が地下へと逃れた封印を、鍵の力で解いた勇者は遂に再び対決の時を迎えた。
最初に戦った時よりも、はるかに成長した勇者に追い詰められていく魔女。
いよいよという時に、魔女は勇者に懇願する。
『あなたが強いのは分かりました。もう悪い事は致しません。森の奥に引きこもり、出てきません。だから命は助けてください』
しかし勇者は、それが魔女の嘘だと見抜き、その身を神より賜りし剣で引き裂いた。
悲鳴を上げながら魔女は叫ぶ。
『おのれ、おのれ! 許さない! か弱い女を神の剣で切り裂くのが貴様の正義か! ならば私は貴様と世界に呪いを贈ろう! 我が死体を用いて、世界を蝕む病を!』
魔女の死体は空へと登り、霧散した。
勇者は魔女の呪いを解く為、魔女の死体を焼き尽くしに旅立つ。
『第九章、魔王誕生』
魔女の死体はあの闇の洞窟に集まり、病を司るモンスターの王……魔王として再誕を果たした。
もはや人の形すら失い、魔女の呪いと魔力、闇の洞窟が溜め込んだ邪悪な気配を孕み、魔王はその島を城として空へと浮かす。
そうして勇者を待ち構えながら、周辺に疫病を振りまいた。
瞬く間に拡がる疫病に、勇者も罹ってしまう。
しかし勇者はセイレーンの血を飲み干し、病を克服。
精霊の加護に反応したセイレーンの血の効果は、勇者を不老不死にした。
病に苦しむ人々の為、勇者は天空の闇の城を目指す。
『最終章、決着』
賢者に授けられた空を渡る魔法で、勇者は空の城へとたどり着く。
そして、魔王との戦闘を開始した。
これまでにない激闘の末、勇者は魔王を自らの全てを懸け、更に神の剣の力を借りて封印する。
しかし魔王は最後の瞬間に五つの鍵を世界に散らす。
『その鍵は魔女の呪い。お前の正義の代償。この鍵はいつか貴様を殺すだろう。さあ、世界よ踊れ。運命は必ず巡ってくるだろう』
動けなくなった勇者と魔王は空に封じられた城で今も戦い続けている。
そして、魔王が世界に散らした鍵はその封印を解くのだろう。
次の勇者は君かもしれない──。
完。
────パタン。
本を閉じる。
溜息が出た。
「相変わらず、つまんない……」
よくこんなつまらない物語を世に出せたな、と机に突っ伏す。
村の男子たちは「何章のここのシーンが」などで盛り上がるのだが、ミクルにはどうしても好きになれない。
魔女が可哀想だからだ。
こればかりは感性の問題なのだろう。
ミクルには理解出来ない。
なぜ勇者が魔女の話を嘘だと決め付けたのか。
見抜いた、とあるが、そもそもなぜ勇者は『魔女を退治する事にした』のかが分からない。
物語の冒頭部分にはなるが、勇者は『噂』しか聞いていないのだ。
魔女や町の人に確認を取っていない。
本当に魔女がモンスターで町の人を困らせたのか?
勇者は噂だけで、魔女というだけで、彼女を殺そうとしたのだ。
ミクルにはそれがずっと理解出来ない。
エリンもそうやって……『禁忌の紫』だからという理由だけで捨てられ、やっていない罪を「こいつがやった」と男子たちの悪戯の犯人にされてきた。
それを見てきたのだ。
騙される大人はいなかったけれど、外から時折薬を売りにくる旅人の反応や、魔王が題材にされた物語などの情報から村の一部の子どもたちはエリンを迫害してきた。
大人がどんなに守っても、だ。
その姿が、この魔女と重なる。
本当に?
本当に魔女はモンスターで町の人を困らせていたのか?
これの作者が生きているのなら教えて欲しいくらいだった。
「あ……魔法の、本……」
背もたれに思い切り背を預け、背伸びをしていたら後ろの本棚が見えた。
ほぼ壁一面を埋め尽くす程の本棚は、魔法に関する本ばかり。
席を立ち、本棚に近付く。
「すごい……」
上の方は文字が分からないが、下の方はこの世界の文字だ。
一冊手に取って開いてみる。
初心者用。
右側は中級者用だろう。
初心者用の本を数冊重ねてテーブルに戻る。
物語を読むのは好きだ。
ただ、村にあるのは勇者の物語や女の子向けの恋愛物語ばかり。
だから自然とワイズたちと同じ絵本を読んだ。
何度も何度も。
魔道書は『魔王』の事もあり、村には一冊しかない。
その一冊で何とか覚えた、生活に使う魔法。
だが、ここに載っているのはそれよりも戦いに使う魔法ばかりだ。
「よし……」
ワイズたちと違う方法で『魔王』と『勇者』について調べる。
本当は彼女たちと行きたいけれど、自分の魔法のレベルを思うと圧倒的に足手まとい。
ならば自分のレベルを上げるしかない。
そう思う事にして、黙々と時間を忘れて読みふけった。








