朝定食~和食~
異世界キッチンもホール担当が三人になり回転効率もよくなった。
特に昼時や夕時は様々な人が訪れる。
席は多めに作ってあるが、満席になる事も時間帯によっては出始めた。
とはいえそれでも評判はすっかり広まったのか、きちんと客も待ってくれるようだ。
「この辺りでしょうか、噂の料理屋というのは」
「聞いた話では時間帯によってメニューが変わり、朝限定のメニューがあると」
「せっかくなので朝から贅沢というのもしてみますか」
「おや、ここですね、入ってみましょう」
彼の名はミケル、普段は商工会の海運会に所属する海運の元締めだ。
今日は仕事が休みらしく、外で朝食を取ろうと考えここの話を思い出したらしい。
「二重扉にベル、清潔には気を使っているんですね」
「中は涼しいですね、音楽も流れていて珍しいキカイも見受けられる」
「やはり聞いていた話の通りのようです」
「いらっしゃいませ!何名様ですか!」
「一人ですよ」
「かしこまりました、今はモーニングの時間帯ですが、よろしいですか」
「ええ、構いません」
「かしこまりました、おタバコはお吸いになられますか」
「いえ、吸いません」
「かしこまりました、では禁煙席にご案内します」
「朝から元気ですね、若いとは素晴らしいです」
そうして席に案内される。
そこで一通りの説明を受ける。
説明は理解してくれた様子。
アレッシオは一旦奥に下がり他の注文を受けに行く。
「そういえば水はセルフと言っていましたね、取りに行かねば」
「ここにグラスを押し当てて…これだけで飲み水が出るとは便利ですね」
「あとは手拭きと氷、それにしてもこういう設備を用意出来るのは大したものですね」
「朝だけに客はそんなに多くないようですね、さて、注文を決めますか」
「モーニングと言っていましたね、朝専用のメニューですか」
「ふむ、単品とセットメニュー…せっかくですし、セットでいただきますか」
「パンは普段から食べていますし、ここはコメにしますか、あと甘味ですね」
「確かこのボタンで」
ボタンを鳴らして店員を呼ぶ。
少ししてリーザが出てくる。
「お待たせしました、ご注文はお決まりですか」
「ええ、これと甘味でこれ、あとセットドリンクを」
「えっと、和定食は生卵と納豆が選べますが、どちらになさいますか」
「生卵?卵を生で食べるというのですか」
「はい、あ、でもここの卵は安全だって言ってましたから、他の人も最初はそうでした」
「なるほど、では納豆というのはなんですか?」
「えっと、腐った豆?みたいです、でもきちんと食べられますし、健康にもいいと」
「これは冒険ですね…では納豆でお願い出来ますか」
「かしこまりました、デザートは食後でよろしいですか」
「ええ、構いませんよ」
「かしこまりました、ではオーダーを復唱させていただきます」
「朝定食の和食と黒糖ゼリー、ドリンクバーです!」
「オーダー!朝定食の和食と黒糖ゼリー、ドリンクバーです!」
「喜んで!」
「では少々お待ちください」
「シェフは奥ですか、まあそうですよね」
「さて、飲み物を選びに行きますか」
そうしてドリンクバーに飲み物を選びに行く。
一通り見てから選んだのはキャロットジュースだった。
こっちの世界でもジュースはあるが、珍しいものもある様子。
特に甘い野菜ジュースは珍しいようだ。
「ん、これは美味しいですね、これはにんじんでしょうか」
「にんじんのジュースなのにこんなに甘いんですか」
「でも野菜嫌いの子供にも飲ませられるのでは…」
「聞けたら聞いてみますか」
そうしていると和食の朝定食が運ばれてくる。
白ご飯に焼き魚、焼き海苔に納豆に味噌汁、そんなポピュラーな和食だ。
「お待たせしました、和食の朝定食になります」
「どうも」
「えっと、納豆はよく混ぜてからこちらのタレをかけてください、あとお好みでからしも」
「それとご飯の上に乗せて食べるのがおすすめだそうですよ」
「分かりました、ありがとうございます」
「あとこちらの焼き海苔もご飯と一緒に食べるといいそうです」
「分かりました、ではやってみます」
「デザートが必要な時はお呼びください、それでは」
「さて、いただきますか」
和食の朝定食、一般的な日本の朝の食卓に近いメニューだ。
白ご飯に焼き魚、魚は塩鮭でそこに生卵と納豆が選べる。
あとは焼き海苔と味噌汁、味噌汁の具は豆腐とわかめと油揚げだ。
こちらの世界の人には生卵も納豆も驚かれるのは言うまでもない。
とはいえ慣れた人曰く、朝はこれに限ると言い始めるらしい。
ちなみにナットウキナーゼは熱に弱いが、白ご飯なら平気らしい。
ナットウキナーゼの力が弱くなるのは50度という温度らしく、白ご飯はそれ未満だとか。
なので加熱調理に納豆を使うとナットウキナーゼの力は弱くなってしまう。
納豆は栄養素の高さがとても素晴らしいスーパーフードでもある。
とはいえ日本人でも好みは分かれるし、外国人、ましてや異世界では当然賛否はある。
だが異世界でも好きな人は好きなのが納豆だ。
やはり好みは人によるのだろう。
「納豆はよく混ぜて、タレをかける、からしは香辛料ですよね、では混ぜてみますか」
「そしてこれをコメに乗せて…ではいただいてみましょう」
「ん、これは…確かに豆は腐っているのですが、それなのに美味しいですね」
「コメと一緒に食べると、凄く美味しいもの…腐った豆といいますが、立派な食品です」
「こっちの海苔というのもコメとよく合いますね、納豆もあって実に美味しい」
「この魚は焼いてあるみたいですね、塩加減もよくて実に食べやすいです」
「味噌汁というのも、実に飲みやすく具もとても美味しい、これはいいスープですね」
「和食というのも最初は驚きましたが、こんなに美味しいものだとは…」
そうしているうちに和定食を完食する。
あとはデザートを頼む事に。
「お待たせしました、デザートですか」
「ええ、頼みます」
「かしこまりました、器はお下げしますね、少々お待ちください」
器を下げてリーザは奥に下がる。
それから少しして黒糖ゼリーが運ばれてくる。
「お待たせしました、黒糖ゼリーになります」
「どうも」
「こちらは伝票です、会計の際にお持ちください、それでは」
「さて、いただきますか」
黒糖ゼリー、黒糖を使ったシンプルなゼリーだ。
クラッシュタイプなので食後でも食べやすい。
「ん、これは美味しいですね、いい甘さです」
「それに砕いてあるので食べやすい、食後でもこれならスルリと入りますね」
そうしているうちに黒糖ゼリーも完食する。
あとは飲み物を飲み干し会計を済ませる事に。
「支払いをお願いします」
「はい、和食の朝定食と黒糖ゼリー、ドリンクバーで銅貨八枚になります」
「ではこれで」
「銀貨一枚いただきます、お釣りの銅貨二枚です」
「確かに」
「満足していただけマシタか」
「あなたがシェフですか」
「ハイ、シェフ兼オーナーのアヌークといいマス」
「あの、あの甘いにんじんのジュースはどうやって作っているんですか」
「キャロットジュースデスか?あれはにんじんと簡単な香料しか使っていまセンよ」
「にんじんだけであんなに甘いというのですか…」
「ハイ、野菜というのは品種改良でいくらでも美味しく出来マス」
「なるほど、では納豆というのは腐っているのになぜあんなに美味しいのですか」
「あれは正しくは発酵というものデス、意図的に腐らせている作り方なのデス」
「意図的に腐らせる…つまり体に害が出ない腐らせ方だと」
「そんなところデスね」
「分かりました、ありがとうございます」
「教えられる事なら聞いてもらえると嬉しいデスし」
「では私はそろそろ帰ります、また来ますね」
「やっぱり納豆はそういう反応だよね」
「好きになる人もいるのデスがね」
そうしてミケルは帰っていった。
生卵と納豆に対する反応はみんな最初はそうなのだ。
それでも好きになる人は好きになるものである。




