33/402

紫蘇たらこスパゲティ

異世界キッチンが開店してからしばらく。

客足も着実に増えていて、食事時には賑わいも見せる。

アレッシオも立派な戦力となり、しっかりと働いてくれている。

そんな今日も噂を聞いた客がやってきたようで。

「この辺りか？噂で聞いた料理屋は」

「なんでも美味い魚が食えるって聞いたが」

「ここは内陸なのに魚なんか食えるもんなのか？」

「お、ここみたいだな、入ってみるか」

彼の名はダイス、港町の漁師で今回は仕事で来ていた。

魚料理が食べられるとの話を聞いてやってきたようだ。

「二重扉にベル、一応清潔には気を使ってるんだな」

「中は暖かいな、魚を扱うのにか？」

「音楽も流れててキカイもたくさんある、金持ちがやってるのか？」

「いらっしゃいませ！何名様ですか！」

「ん？ああ、一人だ」

「かしこまりました、おタバコはお吸いになられますか」

「パイプなら吸わないぜ」

「かしこまりました、では禁煙席にご案内します」

「給仕か、元気ないい子だな」

そうして席に案内される。

そこで一通りの説明を聞く。

説明は問題なく理解したようで特に困る事はなさそうだ。

由菜は一旦奥に下がっていく。

「そういえば水は自分で取りに行くのか、取りに行かないとな」

「ここにグラスを押し当てて…これだけで飲み水が出るのか、どうなってんだ」

「あと氷だな、それにしてもこんなに氷を用意出来るとは凄いな」

「さて、注文を決めないとな」

「何にするかな、にしてもコメに麺に肉に魚に野菜、甘味もあるのか」

「魚を食おうと思ってたが、せっかくだし冒険してみるか」

「海の幸で魚以外に何かあるかね、訊いた方が早いか、確かこのベルで…」

ベルを鳴らして店員を呼ぶ。

少ししてアレッシオが出てくる。

「お待たせしました、ご注文はお決まりですか」

「魚以外の海の幸を使った料理って何かあるか」

「魚以外ですか？そうですね、ではたらこスパゲティなどいかがでしょう」

「たら…なんだそれ？」

「魚の卵です、それを使った麺料理ですね」

「魚の卵って、そんなものを食うのか？」

「はい、人気メニューですよ」

「ならそれを頼む、あと甘味でこいつとセットドリンクも頼めるか」

「かしこまりました、デザートは食後でよろしいですか」

「ああ、そうしてくれ」

「あとたらこスパゲティは紫蘇たらこスパゲティになりますがよろしいですか」

「しそ？なんだそれ」

「ハーブの一種です」

「分かった、それでいい」

「かしこまりました、それではオーダーを復唱させていただきます」

「紫蘇たらこスパゲティに食後にゴマ団子、ドリンクバーです！」

「オーダー！紫蘇たらこスパゲティに食後にゴマ団子、ドリンクバーです！」

「喜んで！」

「では少々お待ちください」

「料理人は奥なのか、まあ当然か」

「さて、飲み物を選びに行くかな」

そうしてドリンクバーに飲み物を取りに行く。

一通り見てから選んだのはサイダーだった。

炭酸水は元々好きなようで、よく飲むらしい。

とはいえサイダーは初経験のようで。

「こいつは美味しいな、今までの炭酸水とは違う」

「それにしても炭酸水まで置いてるのか、大したもんだな」

「これはいつも飲んでる炭酸水とは違うみたいだが、どうなってるんだ」

「炭酸水だけでもこんな美味いなんて、凄いなここは」

それから少ししてアレッシオが料理を運んでくる。

バターのいい香りとたらこの美味しそうな匂いが食欲をそそる。

「お待たせしました、紫蘇たらこスパゲティです」

「こいつがそれなのか、上に乗ってるのがしそってやつか」

「はい、小さな粒がたらこになります」

「分かった」

「デザートが必要な時はお呼びください、それでは」

「さて、それじゃ食べてみるか」

たらこスパゲティは日本発祥の和風スパゲティだ。

アレンジとして紫蘇を乗せるのはそんな珍しくない。

紫蘇の味はたらこスパゲティにもとてもよく合う。

栄養価にも優れる紫蘇は和風のハーブとして様々な料理に使われる。

原産はヒマラヤやビルマ、中国の中南部と言われる。

古名をイヌエといいイヌは似て非なるものという意味、エはエゴマを差している。

エゴマに似ているが似て非なるものという意味になると考えられているらしい。

種類は大別に赤紫蘇と青紫蘇に分別され、シワの多いものはチリメンシソと呼ばれる。

また種子からはシソ油が採れる。

最近は健康食品としても注目されている。

ただし酸化が早いため消費は早めに、という事らしい。

ちなみにスチロール製の容器が溶ける事があるらしいので、協会からは注意が出ている。

「こいつは美味しいな…バターの甘みとたらこは塩か？の味がしっかりマッチしてる」

「この紫蘇ってやつは少し辛味もあるけど凄く美味い、ハーブなのに」

「香りは少し独特で鼻に来るけど、それでも美味いな」

「魚の卵ってこんなに美味かったんだな、はじめて知ったぜ」

「食えるものは限られそうだけど、魚の卵か、知り合いに話したら驚くかもな」

「この味はなかなかにハマりそうだ、実に美味い」

「この紫蘇ってやつはハーブだから陸のもんだけど、どこかで手に入らないかね」

「ここの飯はマジで美味いんだな、来て正解だったぜ」

そうしているうちにあっという間に紫蘇たらこスパゲティを完食してしまう。

デザートを頼むべくベルを鳴らす。

「お待たせしました、デザートですか」

「ああ、頼む」

「かしこまりました、ではお皿はお下げしますね、少々お待ちください」

それから少しして由菜がゴマ団子を運んでくる。

ゴマをまぶして油で揚げた揚げ団子である。

「お待たせしました、ゴマ団子です」

「すまないな」

「こちらは伝票です、会計の際にお持ちください、それでは」

「さて、食うかな」

ゴマ団子、ここのデザートでは珍しい温かいデザートだ。

ちなみにアップルパイなどもホットで出していたりする。

「熱いけど、美味いなこれ」

「中に入ってるのはなんだ？甘い練り物か？」

「それにしても団子を油で揚げるなんてな」

「ん、こいつは美味しい、クセになりそうだ」

そうしているうちにゴマ団子も完食してしまう。

飲み物を飲み干して会計を済ませる事に。

「すまん、支払いを頼みたいんだが」

「はい、紫蘇たらこスパゲティとゴマ団子、ドリンクバーで銀貨一枚になります」

「ならこれで頼む」

「ちょうどいただきます」

「満足していただけマシタか」

「あんたが料理人か」

「ハイ、オーナー兼シェフのアヌークといいマス」

「美味しかったぜ、にしても魚の卵なんて食えるものなんだな」

「一応塩などに漬けてから使っていマス、生では危険なのデス」

「なるほど、綺麗にしてからって事だな」

「ハイ、魚卵は様々な料理に使われマスので」

「でも塩に漬ければいいのか？」

「塩というか塩水デス、殺菌の方法としてはよく使われマス」

「食べるためにはいろいろやるんだな」

「それも先人の知恵デス」

「言ってくれるじゃねぇの」

「そうやって食文化を開拓したのデス」

「あとあの紫蘇ってやつはどうやって栽培するんだ」

「そんな難しくはないデス、でも虫に食われる可能性もあるので要注意デスネ」

「そう考えると少し注意しないとならないか」

「紫蘇の栽培自体はそんな難しくないデスガ、何事も経験デスネ」

「分かった、それじゃ俺は仕事に戻るよ、機会があればまた来るぜ」

「魚を扱う仕事の人なのかな」

「そうだと思いマス」

こうしてダイスは仕事に戻っていった。

知り合いに魚の卵を食べたと話したら驚かれたのは言うまでもない。

紫蘇もたらこもこっちの世界ではまだ珍しいもののようだと感じるのだった。