閑話・今川焼き
店の方もすっかり有名になり客足もかなり盛んになってきた。
そんな中今までのねぎらいとして何か希望があれば言って欲しいというアヌーク。
そこでイクスラがあるものをアヌークに頼んでいて、それを受け取っていた。
何を受け取っていたのかというと。
「イクスラ、少し構わないかしら」
「奥方様、どうされましたか」
「いつものあれを焼いていただきたいのだけれど」
王妃様がいういつものあれというもの。
それはアヌークからもらったねぎらいの品が関係しているようで。
「それは構いませんよ、姫様共々働く事を認めていただいている事ですし」
「ええ、中身は定番のあんこでお願いね」
「かしこまりました、では少々お待ちを」
「本当は私も様子を見に行きたいのだけど、バレるのは困るものね」
そんな王妃様の希望はイクスラがアヌークからもらったある調理器具で作るもの。
何を要求したのかというと、今川焼きを焼くための焼き器である。
城で同僚のメイド達に何か振る舞える道具を要求した結果がこれという事だ。
それが王妃様にも知られたようで、定期的に要求されている様子。
なお店の営業は夜遅くまでやっているが、スタッフはピーク終了後に退勤する。
閉店間際の店はアヌークと由菜と美紗子の三人だけでも足りるという判断だ。
「お待たせしました、焼けましたよ」
「ありがとう、この丸い形がまたいいのよね」
「中身はあんこ、奥方様の好きな粒あんにしておきましたので」
「それは嬉しいわね、それじゃいただきます」
「それにしても私や姫様が働けているのも奥方様のおかげですね」
「国王も許可は出しているから、私だけの力ではありませんよ」
「それでも最初に言い出してくれたのは奥方様ではありませんか」
「あの子にはあの子の出来る事があると思ったからですよ」
「そうですね、実際店には貴族から平民、他国の人まで様々なお客が来るので」
「実際に働くようになってからあの子が様々な提言もしてくれているもの」
「国としてもそのおかげで他国に関心を持つようになりましたからね」
「政治としての仕事に出る事は少なくても、それを使う事は出来るもの」
「実際そのおかげで外交もかなり上手くいっているようですね」
「ええ、それにより交易なども盛んになって国内の方も盛り上がっているようですから」
「姫様なりに国に貢献しているという事ですか」
「政治とは様々な側面がある、民草の声を聞けるというのはとても大切な事なんですよ」
「そういえば王妃様は中流貴族の出身でしたか」
「ええ、まさか私が見初められるとは思わなかったものです」
「とはいえそれが結果として国にとっても意味のある婚約になったようですね」
「そうですね、少なくとも想像以上という事ではあるようです」
王妃は中流貴族の出身であり、現在の国王に見初められ結婚した。
最初は周囲からの反発も大きかったものの、実績を重ねる事でそれを黙らせてきた。
エトもそれを近くで見てきている以上、性格的にも母親に近い性格に育ったのか。
政治の世界とは複雑怪奇、エトが店で働く事は実質的な外交でもある。
国内の様々な地方だけでなく他国の人間もやってくる店というのはそれだけ意味がある。
だからこそ王妃はエトが店で働く事を許しているのだろう。
「それで、おかわりは必要ですか」
「ええ、今度は白あんをお願い」
「かしこまりました、では少々お待ちを」
「あの子もお店で働くようになっていろいろ変わった、成長したものですよね」
王妃なりにエトの変化にもしっかりと気づいている。
それは価値観の変化だけでなく、人格的にも成熟してきているという事。
直接それに触れるという事の大きな意味。
王位継承権が低いという事は、国としても自由を与えられるという事である。
「どうぞ、白あんです」
「ありがとう、うん、やっぱりあんこはいいわね」
「それにしてもまさか王妃様がハマってしまわれるとは」
「あら、美味しいんだから仕方ないじゃない」
「それにしても意外となんとでもなるものみたいですね」
「そうね、お店で使っている食材はあなたでも知らないものもあるのでしょう」
「はい、とはいえ代用出来るものはいくらでもあるので、なんとでもなりますよ」
「そういえば今民衆の間では鶏肉が流行っていると聞いたのだけれど」
「はい、鶏肉は栄養価なども優れている肉だそうですよ」
「でも鶏肉といえば貧民ですら積極的に食べない不人気な肉の代名詞でしたよね」
「店のオーナーがその辺を教えたという事のようですよ」
「なるほど、ですが食文化が豊かになるというのは結果として国力にも繋がりますしね」
「王妃様はその辺は特に動かないのですね」
「豊かな食文化というのは立派な武器、その武器を得る事を否定はしませんよ」
「なるほど、食文化は武器ですか」
「それに今は高価な砂糖やスパイスが手に入りやすくなるという事は意味もありますしね」
「王妃様なりにその辺は考えているのですね」
「だからこれからもエトの事をお任せしますよ」
「はい、仰せのままに」
「それにしてもこんな美味しいお菓子があるなんて、知りませんでしたよ」
「幸い王宮なら砂糖なども手に入りますからね」
「王族はいいものを食べている、食費がかかりすぎると言われても仕方ないですが」
「その辺は国としても上手くやっていくしかないですよ」
「そうですね、エトが拾ってくる声をしっかりと聞く事も大切ですから」
メイドの同僚に振る舞うものにすっかりハマってしまった王妃様。
とはいえ王妃なりにエトを信じているし、心配しているし、愛しているのだろう。
それは政治の世界という難解で複雑怪奇な世界に生きる人間の考えでもある。




