酸辣湯麺
春もだいぶ過ぎ夏は確実に近くに来ている季節。
春のフェアメニューも今月いっぱいで予定が進む。
夏のフェアメニューは主に冷製メニューや汗をかくような料理を考える。
フェアメニューは基本的には三ヶ月のスパンで切り替わっていくのだ。
「また来てしまった、すっかり常連だな」
「ここの料理はどれも美味しく、そして安い」
「それだけでもまさに革命なのだがな」
「さて、行くか」
彼の名はグランス、先代の国王に仕えていた元宮廷料理人だ。
今は第一線を退き、料理を研究しているのだという。
「この扉のシステムは面白いものだな」
「中は涼しいな、最近は少し暑くなってきたからか」
「いらっしゃいませ!何名様ですか!」
「一人だ」
「かしこまりました、おタバコはお吸いになられますか」
「いや、吸わないな」
「かしこまりました、では禁煙席にご案内しますね」
「若者が働けるというのはいいものだな」
そうして席に案内される。
説明は理解しているのでスムーズに進む。
簡単に説明を受けそのまま次へ。
タブレットの使い方も理解している様子。
「タブレットの使い方は分かりますね」
「ああ、問題ない」
「分かりました、では何かあればお呼びください」
「先に水だな」
そうしてアレッシオは一旦下がり別の料理を運びに行く。
グランスは先に水を取りに行く事に。
「ここの水は無料で飲めるというのは大したものだな」
「あとは氷と手拭き、使い捨てというのは清潔にするという意味ではいいのか」
「さて、注文を決めてしまうか」
「春のフェアメニューもいいが私はやはりこれだな」
「これとこれとこれで確定だ」
「このタブレットというキカイは面白いものだな」
そうしてグランスはドリンクバーに飲み物を取りに行く。
迷わずに手を伸ばしたのはカモミールティーだった。
お茶が多様に揃う中で人の好みも様々である。
グランスはカモミールティーを特に気に入っている様子。
「ふぅ、このカモミールティーというのはやはりいい」
「味もいいが、何より香りがいい」
「この香りは花の香りという事らしいが」
「カモミールという花を使ったお茶というのは不思議なものだな」
そうしていると酸辣湯麺が運ばれてくる。
酸味と辛味が効いた独特な味のするラーメンだ。
「お待たせしました、酸辣湯麺になります」
「すまない」
「デザートが必要な時はお呼びください、それでは」
「さて、いただくとするか」
酸辣湯麺、酸味と辛味が効いたスープのラーメンだ。
発祥となるのは中国の西部の方であると言われている。
その地方では古くから酸味の効いた料理を食べる風習があったという。
そこで生まれたものが酸辣湯であり、それが日本に入ってきたと言われている。
ちなみに酸辣湯麺はスーラータンとサンラータンという二つの呼び方がある。
同じ漢字を使うが読み方が二つあるのは中国語の発音が難しいからと言われる。
なのでどっちの名前で呼んでも同じ料理なのである。
酸辣湯は中国西部で古くから食べられていたものが元となった食べ物だ。
なお酸辣湯麺という麺が入るものは日本発祥だと言われている。
酸辣湯は年間を通して食べられている料理でもある。
「うむ、やはりこの味はいいものだ、酸っぱいのに辛いこの味だ」
「野菜や細かくした肉がまたよく、麺もいい具合に弾力があるのがいい」
「具材はきのこ類や野菜、あとは肉など様々だしな」
「そして何よりもこの不思議なとろみが美味しさの理由なのかもしれんな」
「他にも卵と思われるものが入っている事で辛味を抑えてくれている」
「酸っぱさと辛さのバランスが絶妙なのがいいのだ」
「最初に食べた時は衝撃を受けたが、今はこの味にも慣れたもの」
「酸辣湯麺とは全くの未知の世界だからな」
そうしているうちに酸辣湯麺を完食する。
続いてデザートを頼む事に。
「お待たせしました、デザートですか」
「ああ、頼む」
「かしこまりました、では器はお下げしますね、少々お待ちください」
それから少しして愛玉子が運ばれてくる。
冷たいゼリーに甘いシロップを加えた食後でも食べやすいデザートだ。
「お待たせしました、愛玉子になります」
「すまない」
「こちらは伝票です、会計の際にお持ちください、それでは」
「さて、いただくか」
愛玉子、本来は植物の名前でもありそれを使ったゼリーだ。
甘いシロップなどに入れて食べるのが一般的な食べ方である。
「うむ、やはりこの味だな、甘くそして食べやすい」
「愛玉子というのはシンプルにして定番の味だ」
「このシンプルな味がなよりも美味しいのだ」
そうしているうちに愛玉子を完食する。
飲み物を飲み干し会計を済ませる事に。
「支払いを頼む」
「はい、酸辣湯麺と愛玉子とドリンクバーですね」
「全部で銀貨一枚になります」
「これで頼む」
「ちょうどいただきます」
「満足していただけているようデスね」
「これはシェフの方」
「酸辣湯麺がお気に入りなのデスか?」
「ああ、あの味はまさにはじめての味だった」
「それですっかり常連デスね」
「あの味はなんなのだ?」
「あれはある国の一地方で食べられているスープが元となった料理デスね」
「つまり郷土料理のようなものか」
「ハイ、その国では地域によって様々な味が存在するのデスよ」
「つまりその地域では酸っぱい料理が好まれていたのか」
「そういう事デス、習慣のようなものデスね」
「酸っぱいものを食べる習慣か」
「ハイ、なのでそこから生まれた料理とも言えマスね」
「世界は広いと思い知らされるな」
「料理はよく作るのデスか?」
「ああ、今でもよく作っているよ」
「料理がお好きなのデスね」
「人生と言ってもいいかもしれないな」
「人生、そういう生き方は素晴らしいと思いマス」
「それでも知らない味があるというのはここで思い知ったさ」
「ならもっと食べに来てクダサイね」
「ああ、ではそろそろ失礼する、また食べに来るぞ」
「料理は人生なんだね」
「そういう人もいるものデス」
そうしてグランスは満足して帰っていった。
酸辣湯麺に魅了された男の熱意には再び火が灯る。
料理人の魂は燃え上がるのだ。




