焼きうどん
異世界キッチンの開店からしばらく。
客足も順調に伸び始め盛況な賑わいを見せている。
そんな今日は開店前の時間に少しあったようで。
とはいえ開店時間は変わらないようだが。
「由菜サン、これを」
「うん、秋フェアの食材だね」
「それと切れそうになっていた調味料デス」
「はーい」
そんな朝の食材の搬入。
調味料や季節限定メニューに使う食材はその都度入荷するのだ。
「終わったよ、あとは開店前の掃除かな」
「デスネ、パパっと終わらせてしまいマスカ」
「それじゃとりあえず掃除してくるね」
「ハイ、キッチンは私が掃除しておきマス」
そうして由菜は席の掃除に、アヌークは厨房の掃除をする事に。
掃除を始めてからしばらく、アヌークが異変に気づく。
食材が少し減っているのだ。
閉店後に残った食材の確認は必ずしている。
つまり閉店後に何者かが侵入したのか。
それとも窃盗にでも遭ったか。
とりあえず警戒しつつ厨房の中を見渡す。
すると隅の方の食材を乗せている棚の陰に人影を見つける。
「誰デスカ?」
「ん…うわあっ!?」
「泥棒サンデス?」
「えっと、ご、ごめんなさいッ!!」
「フム、身なりからして貧しそうな感じはしまセンネ」
「お、お姉さんなんなの」
「この店のオーナー兼シェフデスヨ」
「お、オーナー…僕を憲兵に突き出すの?」
「事情を聞いてからデス」
「う、うん…えっと…」
棚の陰にいたのは金髪の男の子。
身なりを見る限り貧しいという感じはしない。
だが裕福そうにも見えないので、中流家庭の人だと感じる。
とりあえずは事情を聞く事に。
悪質なら憲兵に突き出すが、どうやら初犯のようだ。
それもあってか今回だけは不問にする事にした。
「つまりここの設備を見て盗もうとした、デスネ」
「う、うん…」
「それは結構デスガ、設備だけ盗んでも使い物になりマセンよ」
「へっ?そうなの?」
「ハイ、ここの設備は電気やガス、他にもいろいろデス」
「そうだったのか…」
「アヌークー、掃除終わったよー、ってなんか増えてる」
「うわっ、誰?」
「私?ここの従業員の由菜だよ」
「は、はぁ」
「それでお腹空いているんデスヨネ」
「うっ、ごめんなさい」
「なら何か食べマス?開店前なので大したものは出せマセンが」
「いいの?」
「ハイ、とりあえず厨房の掃除を終わらせるので少し待っていてクダサイ」
「なら私が面倒見てるよ」
「では頼みマス」
「よ、よろしく…」
そうしてアヌークは厨房の掃除を一気に終わらせる。
きちんと点検をした後、その少年の朝ご飯を作ってあげる事に。
「そういえば名前を聞いていまセンデシタ、お名前を聞いてもいいデスカ」
「あ、えっと、アレッシオ、アレッシオ・タランティーノだよ」
「分かりマシタ、よろしく頼みマス」
「それで何を作るの」
「焼きうどんデス」
「焼きうどん?」
「美味しいよ」
「う、うん」
そんなわけで三人分の焼きうどんを手早く作る。
その手付きはやはりプロの料理人であるアヌークのそれである。
そもそもアヌークはスタミナおばけでもある。
料理長を経験していた事もあり、体力には相当な自信がある。
それこそ下手なスポーツ選手顔負けの体力とスタミナだ。
それぐらいの体力がないと料理人は務まらない。
プロの料理人はそれこそ力と体力が凄くないと始まらないのだ。
なぜプロの料理人は男が多いのか。
それはそんな力仕事の多さと体力の高さが求められるからだ。
別に女性でもなれないという事は決してない。
ただ力仕事や体力面でも男性の方が有利な職業であるのも確かだ。
アヌークは下手な男顔負けの体力とスタミナを持っている。
腕力では鍛えた男性には劣るものの、寸胴鍋程度なら簡単に持ち上がる。
プロの料理人には料理関係のスキルや才能の他にも求められるものは多いのだ。
「出来マシタ、特製焼きうどんデス」
「うわ、いい匂いがする」
「流石アヌークだね、やっぱり安心出来るよ」
「ではいただいてしまいマスカ」
「うん、いただきます」
「神の恵みに感謝して、ここにその恵みを食す事をお許しください」
「それは宗教か何かデスカ?」
「あ、えっと、神様を信じてるっていうだけで」
「そうデスカ、なら構いまセン」
「ほら、食べるよ」
今回の朝食は野菜たっぷり焼きうどんと中華スープ、あとはサラダだ。
なお焼きうどんに使っているうどんは讃岐ではなく稲庭うどんを使っている。
ここでは冷たいうどんと温かいうどんで使ううどんの種類が違う。
冷たいうどんには水沢うどんを、温かいうどんには稲庭うどんを使うのだ。
それはアヌークがその味に惚れ込み現地の工場から直接仕入れている。
讃岐にしなかったのはアヌークなりのこだわりでもある。
冷たいうどんとして食べる水沢うどん、温かいうどんとして食べる稲庭うどん。
どちらも讃岐うどんに負けない絶品うどんだ。
そんなアヌークなりのこだわりもある焼きうどん。
それは当然美味しいわけで。
「美味しい…凄く美味しい!」
「それは何よりデス」
「やっぱりアヌークの料理って美味しいよね、流石はプロだよ」
「それはそうとアレッシオサン、よければうちで働いてみる気はありマセンか」
「へっ?いいの?」
「ハイ、最近は客足も増えたので従業員の増員が欲しかったのデス」
「でも出来るかな」
「そこは由菜サンが手取り足取りお教えしマス」
「何でも教えてあげるよ」
「…それじゃよろしくお願いします」
「決まりデスネ、では早速今日から働いてもらいマス」
「今日から!?」
「お給料も出しマスヨ、日給で銀貨10枚でどうデス?」
「銀貨10枚!?そんなにもらえるの!?」
「安かったデスカ?」
「いや、安いどころか普通に高いよ!」
「では下げマス?」
「銀貨10枚でお願いします」
「素直でよろしいデスネ」
「男性従業員用の制服もこういう事を想定して用意済みデス、食べたら指導を頼みマス」
「おっけ、任せておいて」
「なんかとんでもない事に…でもこれで少しは家に楽をさせてあげられるかな」
「では開店まで時間も押しマス、早く食べてクダサイ」
「あ、うん」
そうして稲庭うどんの焼きうどんをきちんと完食する。
アレッシオは好き嫌いはないのか、野菜もキチンと食べていた。
食後はアレッシオは休憩室のシャワーで体を流し、制服に着替える。
そして由菜から指導を受ける事に。
「さて、それじゃいろいろ教えてあげるね」
「よ、よろしく」
「由菜サン、頼みマシタよ」
「任せて、先輩としてしっかり教えるから」
「ごくっ」
そうして由菜の指導が始まる。
アレッシオも飲み込みは早いのか、どんどん覚えていく。
そうして開店まであと1時間ぐらいになる。
とりあえず席にメニューなどを並べる事に。
「アレッシオー、そっちはー」
「あ、はい!終わりました!」
「覚えるのが早いデスネ、立派なものデス」
「あ、えっと、ありがとうございます、許してもらった上に雇ってくれて」
「あくまでも初犯だからデスヨ、常習犯なら憲兵デス」
「あ、うん…」
「それに食べてしまった食材はあれぐらいならなんとでもなりマス」
「うっ、ごめんなさい」
「謝れるというのは立派な事デスヨ、当たり前を当たり前に出来る事は凄いのデス」
「そういうものかな」
「そういうものだよ、だからもうやったら駄目だよ」
「は、はいっ!」
「さて、開店までもう少しかな」
「やる事は終わりマシタ、アレッシオサンの初陣デスネ」
「や、やってみます」
「それじゃ今日も働こうかな」
「ハイ、美味しい料理を作りマスカ」
そうして早朝の思わぬトラブルはあったものの開店は間に合った。
新たな店員のアレッシオ君は今後はここで働く事に。
可愛い男の子の店員は人気も出そうである。




