カルビ丼
宅配やテイクアウトも結構な数が出ている様子の異世界キッチン。
その一方でフェアメニューも多くが宅配やテイクアウトに対応している。
電子レンジが必要になる可能性が強い汁物はそれらには非対応でもある。
汁物は主にラーメン系のメニューやスープ系、冬だと鍋物などが該当するようだ。
「今回の届け先ってどこかしら」
「14番街のスタンリーさんの家ですね」
「14番街ね、ならさっさと届けちゃいましょ」
「はい、行きましょう」
今回の届け先は14番街。
王都全域をカバーすると遠くに届けるのは当然時間がかかる。
「それで今回の注文って何かしら」
「カルビ丼ですね」
「カルビ丼って確か牛の肉よね」
「はい、牛肉では一番ポピュラーな部位だとは言ってましたよ」
「つまりよく食べられてる部位の肉って事よね」
「ええ、同じ肉でも部位によって希少価値や食べる目的が変わるらしいですし」
「ふーん、でも一頭の牛や豚から肉を取るとなると同じ量は取れないものね」
「カルビなんかは一頭の牛から結構たくさん取れるからこそポピュラーなんでしょうし」
「姫もお肉は好きだけど、いいお肉って相応に高いものね」
「アヌークさんが言うには肉にはランクがあって、高い肉は脂身が多いとか」
「そうなの?」
「霜降り肉なんて言われてるらしくて、それだけ脂身が多い傾向になるらしいです」
「姫は脂身の多い肉ってあまり好きじゃないのよね」
「どちらかと言うと赤身とかスジ肉みたいな方が好きという事ですか?」
「そういうわけじゃないんだけど、脂身が多すぎると肉を食べてる感じがしないのよ」
「そういう理由なんですね」
「お店で食べるお肉なんかは柔らかくて凄いと思うのは確かだけどね」
「つまり肉を食べてると感じられるぐらいのお肉が好きなんですね」
「そういう事ね、だから脂身が多い肉はそこまで好きじゃないのよ」
「高級な肉が苦手とかじゃなくて、肉を食べているという実感が欲しいんでしょうか」
「肉は好きなんだけど脂身が多いと肉じゃなくて脂を食べてる気分になるのよね」
「アヌークさんも、高級な肉は確かに美味しいけど肉の美味しさは別と言ってましたね」
「安いゴムみたいな肉も高級な脂身だらけの肉もなんか違うというか」
「肉の話はバランスが大切なんでしょうね」
「こっちよね」
「あ、はい、行きますよ」
エトが言う美味しいと感じる肉。
それはランクで言うところの真ん中ぐらいのランクの肉なのだろう。
ゴムみたいな肉も脂身が多すぎる肉も肉という感じはしないという事か。
そうした赤身と脂身のバランスをエトは分かっているという事でもある。
高い肉が不味いというわけでもなく、安い肉が美味しいというのもまた違う。
肉を食べていると感じられる肉が美味しい肉なのだろうと。
「アヌークは肉の美味しさって分かってる人なのかしら」
「肉とは違うんですが、大トロより中トロの方が好きみたいには言ってましたね」
「トロって確かマグロっていう魚の身の事よね」
「はい、価値としては大トロですが味としては中トロの方が好みなのだとか」
「そういうのを聞くと脂が多ければ美味しいというわけでもないのかしらねぇ」
「味覚は人それぞれですからね、大トロの方が美味しいと感じる人も当然いますから」
「結局は肉でもマグロでも高級だからそれが美味しいっていうのは違うのかしらね」
「だと思います、好みは人によって違うのは当然ですからね」
「高級なものは確かに美味しいとは思うけど、好みはまた別よね」
「アヌークさんが言うには高級なものは安心や安全を買うんだと言ってましたね」
「ふーん、でもそれは間違ってないと思うわよ」
「安かろう悪かろう、高いものがいいものとは限らないが、いいものは相応に高いだと」
「素晴らしい言葉ね、それを言った人は表彰ものだわ」
「エトさんはそれを分かってそうですしね」
「それより行くわよ」
「こっちですね」
そのまま14番街に入っていく。
スタンリーさんの家はすぐそこだ。
「ここみたいね」
「すみませーん!キッチンハウスの宅配です!」
「はい!」
「お待たせしました」
「はい、では代金として先に銅貨一枚いただきます」
「これで」
「ちょうどいただきます、ではこちらがご注文のカルビ丼になります」
「どうも」
「容器は行政区分に従って可燃ごみでお願いします」
「分かりました」
「ではまたのご利用をお待ちしています、それでは」
「さて、温かいうちにいただきますか」
カルビ丼、要するにカルビの牛丼だ。
特製のタレに漬け込んだカルビを焼き上げてライスに乗せた丼。
カルビのタレがライスに染み込みそれもまた美味しい。
柔らかく焼き上げられたカルビは子供でも食べやすい柔らかさだ。
大人はもちろん子供も好きになる味に仕上げてある。
タレに漬けて焼いたカルビはその香りがまず食欲をそそるのだ。
「ふむ、これは美味しいですね、肉がとても柔らかい」
「肉にもソースで味がついていて、それがライスに染みてまた美味しい」
「ライスと一緒に食べるとまた美味しさが増しますね」
「それにこのライスも甘みがあって実に食べやすい」
「ソースが染み込んだライスと肉の美味しさは別格ですね」
「これが銅貨一枚とはまた凄いものです」
その頃のエト達は帰り際に休憩していた。
温かい麦茶は冬には美味しいものである。
「温かい麦茶も美味しいものね」
「体の中から暖まりますからね」
「麦茶って温かくても美味しいなんて凄いものね」
「お茶の可能性というものですよね」
飲み物を飲んだらそのまま帰路につく。
帰ったらまた仕事である。
「ただいま戻ったわよ」
「お帰り、はい、温かいおしぼり」
「ありがとうございます」
「外は思っているよりは寒くないみたいデスね」
「ええ、まあ防寒着はあった方がいいけどね」
「なら寒さはそれぐらいって事でいいかな」
「はい、まあ突然寒くなる事はありますが」
「とりあえずはそのままでよさそうデスね」
寒さは寒すぎない程度の寒さである。
ただ気候は言うまでもなく突然変わるもの。
天気予報というものがない世界の気候は読みにくいのだ。




