ミックスセット
宅配サービスも順調に滑り出した異世界キッチン。
子供の誕生日や仕事の現場などでも好評を得ている。
そんな今日も宅配の依頼は舞い込む。
ソアレもどこか楽しそうに働いている。
「今回届けるのはどこなの」
「九番街のシェルミーさんの家ですね」
「注文されたのってミックスセットよね、子供でもいるのかしら」
「だと思いますけど」
今回届けるものはミックスセット、要するに盛り合わせだ。
ハンバーグやポテト、ソーセージなどのパーティープレートのようなものになる。
「でもパーティープレートみたいなのっていいわよね」
「エトさんはこういうのって憧れたりするんですか」
「姫は上は兄上だし、お父様もお母様も忙しい人だから」
「仮にも姫様ですからね」
「そうなのよね、だから家族揃っての食事なんてほとんど経験ないし」
「王族も大変なんですね」
「食事も毒味が終わったあとの冷めた食事が多いもの」
「確かに毒を盛られる恐れはありますからね」
「そこでイクスラなんだけどね、今は温かいご飯が食べられて嬉しいわよ」
「王族だからこその悩み、それは平民なんかよりもずっと深いんですね」
王族には王族の悩みがある。
それはエトだけでなく、その家族も経験している事。
毒を盛られていないか確認したあとの食事。
温かい食事に飢えていたというのはソアレにも分かる。
だからこそキッチンハウスでのまかないがエトには何よりも美味しいのだろう。
上は男ばかりであり、エトは第一王女でありながら五番目の子供だ。
お転婆な性格になったのも寂しさの裏返しなのかもしれない。
ソアレは知らない世界をその話から垣間見ていた。
「そういえばソアレの家って裕福ってわけじゃないんでしょ」
「はい、裕福ではないですけど生活は出来てる感じです」
「ふーん、姫は平民の暮らしなんてよく分からないから」
「でも意外と平民的なものとか好きですよね」
「城で食べる高級な料理も美味しいのよ、でも美味しいけど何か違うのよね」
「何か違う、というのは?」
「うーん、言いにくいんだけど、言うなら味が少し足りない、かしら」
「味が足りないですか?」
「そう、アヌークも言ってたけど調味料は人類の叡智なんだなって感じてるわ」
「確かにソースとかはあるのとないのとでは結構違いますよね」
「そうなのよ、特に野菜に関しては苦手だったからドレッシングの偉大さも知ったし」
「私に言えた事でもないですけど、大人になると味覚が変わるそうですよ」
「そうなの?だとしたら姫も大人になったら苦手なものを食べられたりするかしら」
「それは私にはなんとも」
「そろそろ九番街ね、行くわよ」
「あ、焦らなくても大丈夫ですよ」
エトなりの好き嫌いなどに関する悩みはあるのだろう。
野菜が苦手という事もあり、ドレッシングの偉大さを知ったという。
他にも揚げ物にはソースの有無で美味しさが変わってくる事なども。
それは高級な食材が当たり前だったエトには新鮮な経験だったのか。
どこか味が足りないというその言葉は、味覚はまだ子供なのだろうと感じさせる。
高級食材が不味いというわけではなく、あくまでも味覚の問題なのだろうと。
「ここみたいね」
「すみませーん、キッチンハウスの宅配です!」
「ああ、お待ちしていました」
「シェルミーさんで間違いないわよね」
「はい、間違いなく」
「こちらご注文のミックスセットになります」
「これが…これなら息子も喜んでくれますね」
「誕生日か何かかしら」
「ええ、息子の10歳の誕生日なんです」
「それはおめでとうございます、あと代金は銀貨一枚と銅貨一枚、青銅貨二枚になります」
「あ、はい、これで」
「ちょうどいただきます」
「器は紙なので可燃ごみで処分してください、一応行政区分に従ってください」
「分かりました」
「それではまたのご利用をお待ちしています」
「失礼します」
「これでこの値段なら安いものだな、息子も喜んでくれるな」
「リーナも買い物を終えて帰ってきたら誕生日パーティーだ」
ミックスセット、それは子供が好きそうな食べ物のミックスプレート。
宅配のメニューにそれを入れた理由は言うまでもなくだろう。
子供のいる家庭でも頼みやすい値段設定にはしてある。
宅配の目的はあくまでも数を捌く事。
なのでこういったものが出るのは嬉しい限りだ。
一人暮らしから工事現場までその注文は幅広く対応するのだから。
「おーい、サムー、こっちに来なさい」
「はーい」
「お誕生日おめでとう、お母さんからプレゼントよ」
「ありがとう、でも無理にしてくれなくても…」
「大切な息子の誕生日だ、祝うのは当然だろ」
「うん、ありがとう、お父さん、お母さん」
「お父さんがご馳走を用意してくれたのよ、みんなで食べましょう」
「うわ、凄い、こんな美味しそうなの本当にいいの」
「もちろんだ、さあ、食べよう」
「うん」
「新しいサービス、こういう時ぐらい奮発しなきゃね」
その頃のエト達は帰路の途中で飲み物を飲んでいた。
宅配サービスは料理が苦手な人にも嬉しいものなのだろう。
「ふぅ、でも子供にはやっぱりああいう料理の方がウケるのかしら」
「子供の場合味覚からして野菜が苦手で肉が好きみたいな感じはあるそうですよ」
「ふーん、でもなんとなく分かるかも」
「大人になると味覚が変わるというのも嘘ではないんでしょうね」
その足でそのまま店に帰還する。
少し休んでそのまま店の仕事に戻る事に。
「戻りマシタね」
「はい、少し休んで仕事に戻ります」
「エトサンもお疲れ様デス」
「大した事じゃないわ、きっちり働くのが姫の流儀よ」
「では休憩が終わり次第頼みマスね」
エトの思わぬ話を聞いたソアレ。
それは王族だからこその悩みや環境なのだろう。
王族やお金持ちにはそうした悩みもあるものなのだと。




