33 自然の子
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さて、5時間目の体育は、いつも通り2組と合同だ。
ちなみに体操服のデザインは小中高で共通しているので、羽田さんも同じのを着ている。
で、2組のこぶしちゃんと久遠さんは、羽田さんの顔を見て、声を上げた。
「あ、あの時のお姉さん!?」
「オー、あなたがさくらのお姉ちゃんですか?
そっくりですネ」
「……じゃないね。
日本語をちゃんと喋れてる……」
「うん、転校生の羽田胡詠美さんだよ。
この前、羽田さんのお母さんが、こぶしちゃんに助けられた……って」
「ママがお世話になり、アリガトウゴザイマシター」
「えっ!? あれ母親なの!?
お姉さんじゃなくて!?」
「若くね……?
高校生か大学生かと……」
こぶしちゃんと久遠さんがそんなことを言ってるけど、それを聞くと羽田さんのお母さんがどんな人なのか、ちょっと気になるな……。
まあ、うちのお母さんも、たまに「お姉さん?」とは言われるけれど、さすがに20代には見えるし、そこまで若作りとは言えない。
そんな訳で、羽田さんとこぶしちゃん達も、割とすぐ仲良くなれたようだ。
──そう思っていたんだけどなぁ……。
今日は100m走をした。
私のタイムは、25秒を軽く超える。
一方、こぶしちゃんや久遠さんは、10秒を切りそうな勢いだ。
……なんでこの娘達、オリンピックの候補選手になっていないんだろうな……。
ん? 小学生には参加資格ってあったっけ……?
よく分かんない……。
しかし羽田さんは、そんなこぶしちゃん達よりも更に速い。
えええええぇぇぇ……!?
身体能力でこぶしちゃんに勝てる人、初めて見た……。
いや、羽田さんは年上だから、私達よりは身体能力が発達しているのは当然なのかもしれないけれど、だからといってこぶしちゃん達の人外の壁を破られるとは思わないよ……。
「バカな……あたしが負けるなんて……!」
あ、こぶしちゃんがショックを受けている。
なんだかんだで、その身体能力にプライドを持っていたのか。
「……こんなことじゃあ、いざという時にさくらを守れない……」
ああ、そっちね……。
でも、マジで羽田さん凄くない?
「野生の世界ではノロノロと走っていたら、肉食獣に食べられてしまいますからネ」
うわぁ……、凄く深刻な理由があった。
両親が動物学者だとは聞いたけれど、その研究に付き合った所為で、結構危ない目にも遭ってきたのだろうか……。
「くっ……このままでは終われない!
綺美のおばさん!
あたしと転校生で勝負をさせてっ!!」
「おばさん言うな。
……先生ね。
まあ……羽田さんはまだ運動力測定をしていないから、他の希望者と一緒にやってみるのもいいかもしれないわね。
それ以外の生徒は、ハンドボールでもやってもらいましょうか
ねえ、壬山先生?」
「……ああ、まあいいんじゃないですか?」
あ、2組の先生も同意した。
まさかお母さん、2組の先生の弱みも握っているんじゃないよね……。
ともかくそんな訳で、羽田さんとこぶしちゃんの、身体能力を競う勝負が始まった。
……私はハンドボールとかもやりたくないし、見学でいいかな?
え、駄目?
ぐぬぅ……。
で、羽田さんとこぶしちゃんの勝負だが……。
「うわ……お姉ちゃん、全然勝てないじゃん……。
すっご……!」
さくらちゃんの言う通り、こぶしちゃんは握力でなんとか僅差の勝利を獲得した以外は、連敗続きだった。
ちなみに勝負事が好きな丹治易さんも参加していたけど、惨敗だったことは言うまでもない。
「これ……こよみんが運動会の前に転校していれば、1組が入っていた紅組が優勝していたんじゃ……」
「いや……小学生の中に14才って、反則じゃない?」
あと、私というハンデを抱えているから、プラスマイナス0だと思う……。
というか、羽田さんの身体能力なら、あらゆる競技で世界記録も狙えるのでは……。
恐るべし、大自然の中で鍛えられた力……。
でもまてよ……?
環境であれだけの身体能力が身につくのなら、今まで羽田さんが住んでいた国からは、オリンピックで金メダルをとれるような人ばかりなるはずでは……?
やっぱり、羽田さん自身が異常なだけなんじゃ……。
「うう……うううぅぅぅぅ!」
わっ、こぶしちゃんが悔し泣きを始めた。
いつも強者の風格を漂わせていた彼女が泣いているところなんて、初めて見た……。
「……あれが鉄拳?」
「あれ? ちょっと可愛い……?」
お、他の子達から思わぬ反応が……。
こぶしちゃんが弱っているところを見せたことで、「百合ヶ島小の鉄拳」という異名のイメージが、ちょっと払拭されたのかもしれない。
「お姉ちゃんも、ああやって少し気を張るのをやめればいいんだけどねぇ」
さくらちゃんが、慈しむような視線を向けて微笑んでいた。
さくらちゃんは普段脳天気だけど、たまに物凄く大人に見えることがある。
まさか、真の実力を隠しているタイプ……?
あ、羽田さんがこぶしちゃんにハンカチを手渡して、慰めている。
やっぱり年上のお姉さんなんだね。
「あなたは既に凄いヨ。
私と同い年になった頃には、きっと私は勝てなくなっていると思うネ」
「う、うん……。
あたし、もっと頑張って、あんたに勝つよ!」
いや、これ以上強くなってどうする!?
やはりまだまだ、「鉄拳」の異名のイメージを払拭する日は遠いのかもしれない。
……って、あれ?
羽田さんが汗をかいて、体操服が透け……?
「ちょっ、ちょっ、おかぁ……じゃなくて先生っ!
羽田さん、ブラジャーをしていないんじゃっ!?」
私は慌ててお母さんに報告する。
するとお母さんは、羽田さんの方を見て──、
「うわ……っ、エッロ……」
「おい……!」
なに「良い物を見た」って顔をしているのさ!?
でも私のツッコミで、正気に返ったお母さんは、
「あ、ああ、海外だとノーブラな文化なところも、あるというからねぇ……。
これは親御さんも巻き込んで、ちゃんと指導しなきゃ……!」
すぐにタオルを持って、羽田さんの胸を隠しに行った。
……うん、これ、女子しかいないクラスだったから良かったようなものの、男子がいたら大変なことになっていたよ……。
こうして羽田さんの転校初日は、無事には終わらなかったのだった……。




